「進藤っ! どういうことだよ!?」
和谷の叫び声が電話を通じてヒカルの耳の鼓膜を震わせた。
思わず耳を塞ぐが、直接会っていたら胸倉を掴まれていそうな勢いだと思った。
今日が手合いの日でなくて良かったと思う一方で、
現状を先延ばしにしても意味がないことくらいわかっている。
実際、今日だけで問い合わせの電話が何件目だと思っている。
人伝えで広がって、関心は増すばかりだろう。
「なんだよ、突然」
「今日の週刊碁にお前がsaiの弟子だって書いてある。見てねえのか?デタラメか?」
見ていないわけではない。
予想以上に大きく強調された記事をしっかりと確認している。
しかし、あくまで冷静に答えた。
「事実なんだからしょうがないだろ」
「お前……っ!」
和谷は続く言葉を捲くし立てようとして、一瞬ためらった。
思い出してみれば、たしかに納得できてしまう部分もあるのだ。
ヒカルは囲碁を覚えて二年でプロになった。
並みの環境と才能では出来ない芸当だ。
saiという最強の師匠が付いていたというなら、それ以上ない環境である。
それに……、
「昔、俺とsaiのチャットの内容を言い当てたのは偶然じゃないってことか」
「そうだよ」
ヒカルは平然と言ったように聞こえた。
その瞬間、和谷の中で何かが繋がって、納得してしまった。
けれどその納得できてしまうことが逆に腹立たしくて、和谷は近くの壁を殴った。
「くそっ、あんときは上手く誤魔化しやがって!
saiの復活を教えてやったのは俺なのに! お前知ってたんだな!? なんで今まで黙ってたんだ?」
「それは言えない。事情があるんだ」
「事情?」
問うような口調で聞いても、「言えないって言ってるだろ」とあしらわれるだけだった。
それでも和谷は食い下がった。
「つーか、なんで今更言い出したんだ? saiが復活したことと関係あんのか?」
「それも週刊碁に書いてある。お前、ちゃんと読んだ?」
「読んでねーよ。直接聞くのが早いと思って」
「……読めよ」
そう言われて、和谷は持っていた記事の詳細に目を通した。
そして言う。
「ふざけんな。お前、事情も正体も『言えない』ばっかりじゃねーか!」
「理由は書いてあるだろ? saiを強いヤツと対局させてやるためだよ」
「はあ?」
そして和谷は記事の最後を見た。
たしかにそのようなことが書いてある。
「ネット碁じゃ対局するまで相手の実力がわかんないだろ?
アイツはアマとでも喜んで打つけど、本当は神の一手を極めたいんだから、それじゃ勿体無い」
「プロになればいいじゃねーか」
「なれるならなってるさ。ネット碁しか打てない」
「何者なんだ?」
「言えないって」
そこから先は聞き出せそうにない。
和谷は沈黙して少し考える。
静かに目を閉じて、過去に衝撃を受けたsaiの強さを思った。
「お前がsaiと、他の棋士の仲介に入るってことか?」
「ああ」
「それってすげー大変だと思うぜ」
「わかってるよ。でもやるんだ」
ヒカルの決意の声に、和谷はなにか感じ取るものがあった。
いつからだっただろうか。
同期であるはずのヤツに、差をつけられたと思うようになったのは。
彼は、二度と対局することも、対局を見ることもできないとsaiへの鍵を握っていた。
ならば、迷うよりも、問うよりも、自分がやるべきことは決まっている。
盤上に身を置く俺たちは、打たなければ何も始まらないのだから。
「俺もプロだ。俺にも権利はあるんだよな?」
「もちろん」
「じゃあ進藤、俺をsaiと対局させてくれ」
当然、ヒカルは快く了承した。
最後に、和谷はこんなことを聞いた。
「そういえばsaiが復活したのってお前があの子と消えた次の日じゃ……」
「……玲奈は関係ない」
それはかなり的を射た質問だったが、もちろん巻き込むわけにはいかない。
和谷は、ヒカルとその幼馴染との仲を疑うような、からかうような口調で、
「じゃあ誰なんだよ?」と聞いた。
『俺も知らない』
そう言いそうになるのを堪えて、知り合いの知り合いだと言った。