14.なければこの手で生み出そう

「進藤っ! どういうことだよ!?」

和谷の叫び声が電話を通じてヒカルの耳の鼓膜を震わせた。
思わず耳を塞ぐが、直接会っていたら胸倉を掴まれていそうな勢いだと思った。
今日が手合いの日でなくて良かったと思う一方で、
現状を先延ばしにしても意味がないことくらいわかっている。
実際、今日だけで問い合わせの電話が何件目だと思っている。
人伝えで広がって、関心は増すばかりだろう。

「なんだよ、突然」
「今日の週刊碁にお前がsaiの弟子だって書いてある。見てねえのか?デタラメか?」

見ていないわけではない。
予想以上に大きく強調された記事をしっかりと確認している。
しかし、あくまで冷静に答えた。

「事実なんだからしょうがないだろ」
「お前……っ!」

和谷は続く言葉を捲くし立てようとして、一瞬ためらった。
思い出してみれば、たしかに納得できてしまう部分もあるのだ。
ヒカルは囲碁を覚えて二年でプロになった。
並みの環境と才能では出来ない芸当だ。
saiという最強の師匠が付いていたというなら、それ以上ない環境である。
それに……、

「昔、俺とsaiのチャットの内容を言い当てたのは偶然じゃないってことか」
「そうだよ」

ヒカルは平然と言ったように聞こえた。
その瞬間、和谷の中で何かが繋がって、納得してしまった。
けれどその納得できてしまうことが逆に腹立たしくて、和谷は近くの壁を殴った。

「くそっ、あんときは上手く誤魔化しやがって!
saiの復活を教えてやったのは俺なのに! お前知ってたんだな!? なんで今まで黙ってたんだ?」
「それは言えない。事情があるんだ」
「事情?」

問うような口調で聞いても、「言えないって言ってるだろ」とあしらわれるだけだった。
それでも和谷は食い下がった。

「つーか、なんで今更言い出したんだ? saiが復活したことと関係あんのか?」
「それも週刊碁に書いてある。お前、ちゃんと読んだ?」
「読んでねーよ。直接聞くのが早いと思って」
「……読めよ」

そう言われて、和谷は持っていた記事の詳細に目を通した。
そして言う。

「ふざけんな。お前、事情も正体も『言えない』ばっかりじゃねーか!」
「理由は書いてあるだろ? saiを強いヤツと対局させてやるためだよ」
「はあ?」

そして和谷は記事の最後を見た。
たしかにそのようなことが書いてある。

「ネット碁じゃ対局するまで相手の実力がわかんないだろ?
アイツはアマとでも喜んで打つけど、本当は神の一手を極めたいんだから、それじゃ勿体無い」
「プロになればいいじゃねーか」
「なれるならなってるさ。ネット碁しか打てない」
「何者なんだ?」
「言えないって」

そこから先は聞き出せそうにない。
和谷は沈黙して少し考える。
静かに目を閉じて、過去に衝撃を受けたsaiの強さを思った。

「お前がsaiと、他の棋士の仲介に入るってことか?」
「ああ」
「それってすげー大変だと思うぜ」
「わかってるよ。でもやるんだ」

ヒカルの決意の声に、和谷はなにか感じ取るものがあった。
いつからだっただろうか。
同期であるはずのヤツに、差をつけられたと思うようになったのは。
彼は、二度と対局することも、対局を見ることもできないとsaiへの鍵を握っていた。
ならば、迷うよりも、問うよりも、自分がやるべきことは決まっている。
盤上に身を置く俺たちは、打たなければ何も始まらないのだから。

「俺もプロだ。俺にも権利はあるんだよな?」
「もちろん」
「じゃあ進藤、俺をsaiと対局させてくれ」

当然、ヒカルは快く了承した。


最後に、和谷はこんなことを聞いた。

「そういえばsaiが復活したのってお前があの子と消えた次の日じゃ……」
「……玲奈は関係ない」

それはかなり的を射た質問だったが、もちろん巻き込むわけにはいかない。
和谷は、ヒカルとその幼馴染との仲を疑うような、からかうような口調で、
「じゃあ誰なんだよ?」と聞いた。

『俺も知らない』

そう言いそうになるのを堪えて、知り合いの知り合いだと言った。


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