11.動き出した二人の時間

二人の対局は再び白熱し、そして終局を迎えた。
結果だけを言えば、勝ったのは佐為だったけれど、進藤さんは晴れ晴れとした顔をしていた。

「本当に強くなりました。千年の時を永らえても、六年の月日はこんなにも長いのですね」

佐為の言ったことを私が繰り返して、進藤さんに伝える。
すると進藤さんは頷いた後、さっきまでの神妙な雰囲気を吹き飛ばして、
嬉々として、佐為がいなくなってから起こった出来事を一つ一つ語った。
それは私にわかる話だったり、わからない話だったりした。
けれど"私"は冷めてしまった食事に手をつけながら、機械的に佐為の言葉を繰り返した。
進藤さんも食べながら話す。

「塔矢先生はな、ずっと佐為と対局したがってたぜ」

海外での活躍は週刊碁にも載っていた。
「私も、望むところです」と佐為が言う。
進藤さんは嬉しそうに聞いた。

「やっと叶えられるんだな。今度会ったときに予定を聞いてみる。いつがいい?」
「もちろんいつでも」

そう言ったのは佐為だったけれど、それから私の意見として声色を変えて付け加えた。

「けれどいくらかの猶予があった方がいいでしょう」
「なんで?」
「佐為の六年の空白を少しでも埋めるためです。
塔矢行洋氏はずっと高みを目指してきたのでしょうから、ハンデがあります。
それは佐為本人が決めることなのでしょうけど……」

そう言いながら佐為の顔を窺うと、「一ヵ月後でお願いします」と答えられた。
『ハンデ』というのはあまり好ましくないけれど、
望んでいた対局が現実的に相談されているのだから、その感動のほうが大きいと見た。
頷いて、進藤さんの告げると、彼も「わかった」と言った。


しばらく会話が続くと、進藤さんは急にこんなことを言い出した。

「そういえばその『進藤さん』っていうの、なんか堅苦しいよな」
「そうですか?」

首を傾げる。
そりゃあ、漫画を読んでいたときは"ヒカル"と普通に呼び捨てにしていたけれど、
今は私の方が年下だし、初対面だからそんなわけにはいかないと思っていた。
ちなみに私は、どんなに仲が良い先輩に対しても一応の敬語は崩さない人間だった。

「古戸さん、佐為にも敬語使ってんの?」
「いや、違いますけど……」

そういえば、佐為の方が進藤さんより年上なわけだから、
佐為に平気でタメ口を利いているというのも変な話だった。
作中で"ヒカル"が"佐為"にタメ口だったから、それが自然な気がしていたのだ。
すると佐為が、

「玲奈は私の『主』なのですから、敬語を使う必要はないのではないですか?」

と言った。
そういえばジン君がそんなことを言っていたと思い出す。

「そうかもしれない」
「え?」
「……こっちの話です。じゃあ"ヒカルさん"でどうですか」
「ああ、でも敬語は崩さないんだな」
「年上にタメ口って違和感があるんですよね。佐為は例外ですけど」
「まあどっちでもいいや」
「私のことは"玲奈"でお願いします。名前で呼ばれた方が嬉しいです」

なんとなく微笑んでみる。
教師に愛想良く振舞っていた頃の笑みに似ていると一人で勝手に思った。

名前で呼んでほしい理由は、
今となっては私の存在を知って、名前を呼んでくれるのはジン君と佐為だけだからだ。
そんな含みを知る由もないヒカルさんは、「わかった、玲奈な」と容易く応えた。

その日は連絡先を交換して別れた。


家に帰って熱いシャワーを浴びる。
佐為はまたリビングに広げられた週刊碁を読んでいるところだ。
私がどこにいるかに関係なく、この家の中なら自由に移動できるようだ。

今日は大きな前進を果たした。
新たな出会いと、明日からの日々を思うと胸が躍る。
早く休んで明日の始動に備えよう、と思った。


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