10.隔たれた時間を埋めるほどの

「強くなりましたね」と佐為が呟く。
その声が届いていないはずの進藤さんは、弾かれたように顔を上げた。

「なあ、佐為。どうしていなくなった?」

表情が歪む。声を聞こえなくて、
私を見て、佐為に話しかける進藤さんの姿は悲痛と言えた。
長い月日の間ずっと封印されていた思いが溢れる。
けれど自分は情に流されてしまわないように、しゃんと胸を張った。
私は神様になったのだから。

「――まず最初に言っておきます。
私はあなたとも事情が違っていて、すべての真実を語ることは出来ないんです。
今から語ることは半分以上が嘘かもしれません。けれど、どうかすべてを信じてください」

人にすべてを明かしてはいけない。それはジン君との約束だった。
けれど、嘘を吐く罪悪感を軽減するために敢えて予告をした。
嘘さえもすべて信じろというのは矛盾していて、酷い話だとわかっていたけど、
深く追求しないという、契約に似た前提が必要だった。
感情に呑まれないようにまっすぐに目を見て、数秒の沈黙。それから口が開かれた。

「……わかった。信じる」
「ありがとうございます。佐為は一度成仏しました。役目を終えたからです」
「役目?」

当然のようにその質問が返ってきたけど、
その答えは不確定な上に進藤さんを傷つけるだけのように思ったから、無言で首を振った。
するとさっきの契約が発生する。

「わかった。続けて」
「今になってこうして再び此処に現れたのは、私が呼び寄せたからです」
「呼び寄せた?」
「ネット碁で、塔矢行洋さえも破った正体不明の棋士、saiの噂を聞いて、会ってみたくなったんです。
死亡説が流れていることも知り、知り合いの霊能者に探してもらいました。
それほどの強さを持ち、碁が打てないことはさぞかし無念だろう、有り余る私の時間を貸してあげよう、と思いまして」

私は胡散臭い笑みを浮かべた。
進藤さんは半信半疑で、実際、半分くらいは嘘だった。けれど半分は真実。
知り合いの霊能者をジン君に当てはめると、けっこうそれっぽい。

「ネット碁のsaiは明日復活します。今日はそのことをお知らせに来たんです」

好きなだけ打たせてあげようと思う。
表には出て行けないけど、ネット碁でその名を世界に轟かせればいい。

「俺は、どうすればいい? 出来ることないか?」

要求ばかりで理不尽だと自覚さえある話を、辛抱強く聞き、
出来ることをやるべきことを探そうとする姿勢に、尊敬さえ抱いた。

「ありますよ。私は表舞台に出るつもりはありません。
だから、佐為はどうしても碁盤を前にして打つ機会が少なくなってしまうと思うんです。
またこうして直接対局しましょう。……と、私が言うのはおかしいかもしれませんが」

なんとも中途半端な立場だなぁと思ってみる。
偉そうに振舞おうと思えば、いくらでもそうできるのだけど、いろんなものを取り残してしまいそうだ。
言い繕うように言うと、二人は否定してくれた。

「そんなことありません! 私は碁を打つことが至福の喜びなのです」
「そんなことないさ。少なくとも俺は、また佐為と対局できることが嬉しい」

そう言って、進藤さんは止まっていた対局に再開の一手を放った。

「なあ、佐為。俺は少しは強くなっただろうか」
「もちろんです」

その言葉を快く繰り返した。
すると佐為は続けて嬉しそうに感想を語り、最後に次の一手を指し示した。


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