06.推移

シャルは街を歩きながら、カレンにこの辺の道や店について細かい説明をしていた。
一通り話し終えてから、シャルが呟く。

「それにしても気に食わないな……」
「なにがですか?」
「テンの系統だよ!! 特質系はともかく、変化系には見えないよ」
「特質系はともかくって、またテンちゃんに怒られちゃいますね。
……あれ? 変化系に見えないって、何を見るんですか?」

勿論原作を知っているカレンは勿論知っていたが、怪しまれないように知らないフリをするのを忘れない。

「ああ、ヒソカって奴が言ってるオーラの系統分析で、変化系は“気紛れで嘘つき”なんだ。気紛れかどうかは知らないけど、嘘つきって感じじゃないだろ? 短絡的だし。間違ってるのかな」
「うーん……。嘘つきって言うか、テンちゃんは千の仮面を持つ女の子なんで……」
「千の仮面?」

聞きなれない言葉にシャルは首を傾げる。
カレンは補足した。

「演劇部なんです。テンちゃん、演技が大好きで得意なんです」
「演劇? え、ちょっと待って。気になってたんだけどさ、テンの恋人の“ロザンナ”って誰のこと?」
「え?ロザンナは、ウェルズ卿(テンちゃん)に永遠の愛を誓ったけれど、ドーパミン卿というもっと好きな人が出来て、思い苦しみ、ついにそのことを打ち明けたらウェルズ卿が自ら命を絶ってしまい、やっとウェルズ卿の愛の深さを知ったという悲劇のヒロインですよ。ちなみに最後にはやっぱり死んでしまいます」
「……つまり演劇?」
「はい。……カレンそう言いませんでしたか?」

可愛くとぼけられても困る。
天然か? 計算か? と思いながらシャルは溜息を付いた。

「言ってないよ。おかしいと思ってたんだ。テンは女だってこの前わかったからね。まあ『そういう文化』の国もあるから、皆聞くタイミングを逃してたと思うんだけど。……聞いてよかったな。まだ他の団員は知らないんでしょ?」
「知らないと思います。誤解は解いておいた方がいいですね。だってあの日はテンちゃんは半分寝てて意識なかったから覚えてないと思うし」
「え? 解かなくていいよ(勿体無い)」
「はい?」

あれ、今幻聴が……。とカレンは瞬きをして見つめる。
何か黒いものを背負ったシャルナークがそこで笑っていた。
シャルは構わず話題を変えた。

「それにしても、カレンも念覚えればいいのに」
「無理ですよー。テンちゃんは凄いから大丈夫でしたけど、普通は死ぬ確立の方が高いんですよね?」
「そうだけど、多分カレンも才能あるよ」
「"多分"じゃ駄目ですよ……」
「じゃあ高確率で。少なくとも銃の才能は保証するよ。もう狙い定まってきたんだろ?」
「まあ、大体は……」

シャルは満足げに笑った。

「俺、カレンこそ操作系だと思うんだよね。理屈屋でマイペース」
「そうですか?」
「うん、ちなみに俺も操作系ね。念が使えるようになれば便利だと思うよ」
「んー……そこまでいわれるとちょっと憧れちゃいますけど」
「でしょ? やっぱり開けようよ、精孔」
「開けようよって、それしか選択肢はないんですか!?」
「それしかって、ゆっくり起こしたいってこと? 別にいいけど、うちにゆっくり起こした奴なんでいるのかな。一人で全部やるのはさすがにきついでしょ? 皆常識外れで無茶苦茶だからなあ……」

それこそ無茶苦茶な理屈に、カレンは呆れ、その中に確実に貴方も含まれていますよ、と心の中で呟く。
(ああ、もしかしてテンちゃんもかな……)

「わかりました、ちょっと考えさせて下さい。……先に用事を済ませちゃいましょう。シャルさんは本屋に行きたいんでしたよね?」
「うん。『普通の本屋』じゃないけどね。カレンは銃弾以外に欲しいものはないの?」
「欲しい物、ですか?」

鞄一つと着の身着のままこの世界に放り出されたのだ。
今までの生活と比べれば、足りないものなんていくらでもある。
けれど侵入者扱いのわりには旅団の人たちは皆親切で、敢えて我侭を言って買ってもらうほど即急に必要な物はあまり思い浮かばなかった。

「この前行った買い物では調理用具と食材しか買ってないし、殆ど外に出てないだろ? 服とか、いらない? あの部屋使ってなかったから家具も殆どないし」
「服は一応マチさんが持ってきてくれたので大丈夫です。たしかに色々と欲しいものはありますけど、別に今日じゃなくてもいいので……」

語尾を濁すカレン。
シャルはカレンが自分に遠慮していることに気付いた。
そして提案する。

「じゃあ とりあえず武器屋に行って『本屋』に行って、時間が余ったら他に必要そうな物色々揃えよう」
「いいんですか?」
「いいよ。多分俺本屋は長く付き合わせることになると思うし」
「わかりました。でもカレンも(こっちの世界の)本に興味あるんで大丈夫ですよ」
「わかった。じゃあ行こうか」

そして時は過ぎ、空が赤く染まった頃に二人はアジトの扉を開いた。

「ただ今帰りました〜!!」
「お帰りカレン、遅かったな。……って、その凄い荷物どうしたんだ?」
「シャルさんに色々買い物付き合ってもらっちゃった。ごめんね、今からご飯作るから!!」
「色々って……シャル、何を買ってきだんだ?」
「ただいま団長。えーっと、銃弾と技術書と食材と、カレンの服とケータイとパソコンと、二人の部屋のベッド二つにカーテン、この辺は配達にしてもらったんだけど、それから……」
「シャル、お前……」

クロロは誰の金だと思ってるんだと視線で訴える。
シャルは全部で数百万にもならないから大丈夫と微笑んだ。
テンやカレンはそんなやり取りを無視して話を進める。

「カレン、ケータイ買ったのか? いいな」
「テンちゃんも欲しいだろうなと思ったんだけど、服もケータイもやっぱり自分で選んだほうがいいでしょ?」
「ああ、俺も今度買って来るよ。特訓の合間にな」
「テンちゃん、水見式の次は何してたの?」
「系統別の訓練だよ。自分の技考えたりな」
「へえー! いいなあ……。どんな技にするの?」

テンはカレンがことあるごとに念を羨ましがるのが少し気になった。
カレンはHUNTER×HUNTERの漫画が大好きだったのだ。念能力に酷く憧れているはずだ。
リスクが邪魔をするのだろうか?

「いくつか考えてる。……なあカレン、お前も念使いたいんだろ?」
「え? うん。でも、カレンには無理だよ」
「たしかに危険かもしれないけど、カレンなら大丈夫だと思う」
「テンちゃん……」

テンがカレンを説得しようとするけど、そんな思いやる心が全く見えていないかのように、その場にいたノブナガが思い切りカレンの背中を叩いた。

「なんだ、お前まだそんなことで悩んでたのか!?」

と。

そう、叩いた。
前科があるにも関わらず、何も考えずに。

「きゃっ! きゃあああ!!」

カレンは悲鳴を上げる。
最初の悲鳴は背中を叩かれたことに驚いたからだとしても、それ以降のものは異常に取り乱しているようだった。
クロロとシャルナークは凝をする。案の定、カレンの身体からはオーラが溢れていた。

「カレン、最初の日に君がテンに言っていたことだよ。できるだろ? 身体の力を抜いて、オーラが全身を巡るイメージ」
「は、はい……」

カレンは深呼吸をして身体の力を抜いた。
すると、オーラは揺れながらもカレンの身体に纏わりついた。

「そう、できたね」
「よかった……」

カレンは安心して座り込んでしまった。

「なんだ、出来てよかったじゃねえか」
「ちょっと待て。『出来てよかった』? たしか、最初の日に俺の精孔開けたのもアンタだったよな? もしこれでカレンに何かあったらどうする気だ!?」
「でもテン、今回は大丈夫だったんだからもういいじゃない」
「よくない!!」
「テンちゃん、カレンは大丈夫だから……」

カレンはふらふらと立ち上がった。

「念が使えるようになればいいなって思ってたのは本当だから、結果的には有難うございます。……心の準備は出来ていませんでしたけど」
「カレン、よかったね。まだ安定してないみたいだから、暫く纏の練習をしてるといいよ」
「はい、シャルさん。そうします……。あ、ご飯作ってきますね」

カレンは胸に手を当てて呼吸を落ち着けれてから、台所へ向かった。

「それにしてもカレンまで念の才能があるとなると、お前らは……」
「人間だ。失礼な」
「カレンは元々器用みたいだし『才能ある』で片付けられるけど、テンははっきりいって異常だよ……」
「ああ。技が完成する頃には仕事に連れていけるかもしれないな」
「仕事ねぇ……。そういえば俺ら最初の日にいた人たち以外に会ったことないけど?」
「そういえばそうだな、まあ今度の仕事で何人かは顔を合わせるだろう」

テンは俯いて反応しなくなった。
此処での『仕事』がなんなのか思い出したからだ。
彼らは幻影旅団。そして、そのアジトにいる俺の仕事は……。

俺は人を殺すのだろうか。殺せるのだろうか。
全く想像できなかった。

一番はじめに殺さなきゃいけないのは、自分じゃないのか?


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