04.其処での生活

「さて、今日はお掃除から頑張ろうかな!」

さすが旅団のアジトだけあって、よく使う場所以外は殆ど埃が積もっていた。
綺麗好きな人間は自分の部屋を掃除するくらいで、
台所も最低限の作業ができるスペースだけが無理矢理あけてあった。
まあ、あの幻影旅団のアジトに清潔感&生活感が溢れるのもとっても嫌だからしかたない。

「カレン〜〜!!」
「あれ? テンちゃんどうしたの?特訓は?」
「悪いんだけど、これ、日本語に写し直してくれない?」

そういってテンが渡した紙には、昨日テンが行った内容より数十倍ハードな、普通にやったら死ぬだろ、という苛めとしか思えない訓練の内容がハンター文字で書かれてい。

「うわあ。そっか、テンちゃんハンター文字読めないよね」
「たしかカレンは読めたよな?」
「うん、読めるけど……これどうしたの?」
「それが……団長ももう少し考えろよな、今日の先生をさ、……」
「だぁれ?」
「……フェイタン……」
「ああ、……ご愁傷様」
「すげー迷惑そうな顔して、この紙渡して終わりだよ。無理なこと書いてあるんだろうけど、絶対ノルマクリアしてやる」
「うん、頑張って! 多分内容見たら驚くだろうけど、これが出来たら人間として凄いけど!!」
「……そんなに?」

ちょっと待ってて、と言ってカレンが写し始めると、テンは準備運動をしながらそれを待っていた。

「はい、テンちゃん」
「ありがとうカレン。……。うわっ」
「頑張って! カレンも今日はお掃除頑張るから!!」
「……まあ大丈夫だろ。昨日も大丈夫だったし。それにしても、文字は読めるようにならなきゃなー」
「うん、じゃあ後で五十音表作るね。ハンターズガイドはないけど、ちゃんと覚えてるから」
「さんきゅ」

二人がそんな会話をしていると、テンの背後から声がかかった。

「あれ、テンまだ行ってなかったの?」
「シャルナークさん!」
「シャルでいいよ。俺も二人のこと呼び捨てにしてるしね」
「じゃあシャルさんで」
「俺はシャルで」
「うん、好きに呼んで。それより、それ何?」

シャルナークはテンが持っている紙を指差した。
少し苦い顔をしてテンが答える。

「今日の予定です」
「読めないけど……これはカンジ(漢字)だよね? これは?」
「かな文字です。あ、元々の文章は此処にありますけど……」
「見せて。……うわ、これ書いたのフェイタン? さすが」
「やっぱりそう思います?」
「うん。でも俺はこっちの方も興味あるかな。わざわざ写しなおしてるってことはテンはハンター文字読めないの?」
「はい。俺たちが使ってたのはこっちですから」
「後で五十音表作るね、って言ってたんです」
「へえ……ねえ、それ俺にも頂戴」
「え? いいですけど……」
「かな文字、覚えたら便利そうだよね」

シャルはそういって意気揚々と去って行った。
カレンが何に使うんだろう? と考えているうちに、テンも、そろそろ行かなきゃ……と言って行ってしまった。
カレンは改めて仕事に取り掛かる。

「ふう……、まずはお掃除?うん、今日中に台所くらいは終わらせたいもんね」

カレンは腕まくりをして、手が荒れないようにビニール手袋をして、作業を始めた。
そして数時間後には、台所はぴかぴかになっていた。

「こんなもんかな? うーん、片付けてみると基本的に物が少ないんだよね。
この人数だし、鍋とかもっと大きいのあった方が絶対便利なのに。
食材も賞味期限切れてるの結構あったしね。昨日は使わなかったけど。
そう考えると……買い物行きたいなぁ……」

テンは連日、特訓のために外に出ているが、カレンはまだアジトから出たことがなかった。
冷蔵庫の食材も見たことのないものが多かったことだし、この世界の空気に触れてみたかったりもした。
しかし、この辺りの地形もわからないし、こちらの世界のお金も持っていない。
加えてHUNTER×HUNTERの世界が日本より物騒であることは間違いない。幻影旅団なんかその代表だ。
うろうろと無防備に一人で歩き回っていいかどうか、さすがに悩みところだ。

「シャルさんに相談してみようかな?」

そう思ったのは、さっき話した限りとても好意的に感じたからだ。
多分部屋にいるだろうと、シャルの部屋の前まで来て、カレンは息を吸ってからノックした。

「失礼します、カレンです」
「入っていいよ」

シャルの部屋は、大量の機械類と難しそうな本、そしてベッドなどがあったが、
それなりに統一感があり、比較的整頓されていた。
パソコンの画面には暗号のような細かい文字が一面に並んでいた。

「どうしたの?」
「あの……調理器具や食材を買いに行きたいんですけど……」
「ああ、いいよ。このカード使って。仕事の経費に使うように団長から預かってるんだ。引き落としは団長だから、好きなだけ使っていいよ。団長が二人を此処に置いてるんだもんね」
「はは……。あの、お店の場所とかわかりますか?」
「西にちょっと行くと大型のデパートがあるし、東には商店街があるはずだよ。
他にも探せばあると思う。待って、今地図書くから」

予想以上の親切な対応に、カレンは感謝を通り越して申し訳なく思った。

「何から何まですみません……」
「大丈夫。俺もさっきカナ文字の五十音表頼んじゃったし、困ったことがあったら何でも言ってよ」
「ありがとうございます。この辺りって治安は悪いんですか?」
「うーん、あんまり感じたことないけど、一般的に言えば悪いかもね。ああ、そっか。そうだね、護身用の武器くらい持った方がいいかも」
「武器、ですか?」
「うん。ナイフとかは扱えなさそうだし……そうだな、これなんかどう?」

シャルは引き出しから黒い小型の銃を取り出した。

「この前改造したばっかりなんだけど、それなりに威力も上がったし、撃ちやすいと思うよ」
「え、でも」

一応銃刀法の下で育ったカレンには躊躇いがあった。
そして、自分に扱えるだろうかと悩んだ。

「いいから一回打ってみなよ。引き金はそこ。……そう、じゃああの壁を狙ってみて」
「……はい」

シャルは強引に銃を渡し、それをカレンは受け取ってしまい、仕方なくゆっくりと引き金を引いた。
本物の弾が飛び出たことに驚いたのと、その反動でカレンは尻餅をついて銃を落としてしまった。

「きゃ! ……あ、すみません」
「大丈夫。初心者なんだし、落ち着いてもう一回やってみなよ。一応連弾もできるようにしてあるんだ」
「わかりました」

今度はカレンはゆっくり狙いを定めた。
そしてパン!という音と同時に飛び出した弾は、真っ直ぐな軌道を描いて壁にぶつかった。壁には弾痕が残る。
その様子が、カレンにはスローモーションのように見えた。
落ち着いてみれば、確かに反動は大したことなかった。

「凄い……。撃てちゃっ、た……」
「うん、結構素質あるんじゃない? 練習すればもっと上手くなるよ。
今のままでも護身用にはなるだろうしね。それあげるから、使いづらいこととかあったら言って」
「はい! ありがとうございます!!」

重みのある銃の硬い感触大切に鞄にしまって、
シャルに何度も礼を言ってからカレンは買い物に出かけた。
警戒していたが、結局何事もなく無事に済ませることが出来た。

*
*
*

辺りは暗くなり、テンはふらふらになってアジトに帰ってきた。
昨日と同じ……昨日以上に美味しそうな夕食の匂いは外まで漂っていた。

「カレン、ただいま〜〜」
「おかえりテンちゃん、どうだった?」
「なんとか終わった〜。って、台所変わってない?」
「え? 掃除と買い物はしたけど……」

テンは磨かれて清潔感溢れる台所に目を疑った。
昨日……否、今日の朝までは、調理するのが精一杯だったはずなのに、使いやすそうになっていた。
鍋などの料理器具だけでなく、冷蔵庫を開けると新鮮な食材が所狭しと並んでいた。

「凄いな。カレン、これ一人で行ってきたのか?」
「うん、でも調理器具だけでいっぱいになっちゃったから、荷物運ぶカート買って、一回アジトに戻ってきちゃった。ちゃんと材料の調理方法もお店で聞いてきたよ」
「へえ……」
「そうだ、テンちゃんこれ頼まれてたハンター文字の五十音表ね。シャルさんにも渡してきてもらえるかな?」
「了解。ありがとな。そろそろ晩飯だろ? 皆に伝えてこようか」
「うん、お願い」

カレンが渡した紙には機械的に五十音が書いてあるだけでなく、
もう一枚の紙には覚え方のメモなども書いてあった。テンはそのことに驚いた。
カレンはカレンで、テンが台所を出て行ってから独り呟いた。

「それにしても、あの紙のメニュー全部終わらせちゃうなんてテンちゃんって本当に凄いなあ……」

ちなみにこの後台所を覗きに来たマチがその変わり様に驚き、
夕食のときにテンの特訓の内容を聞いた団員たちが驚き、それが終わったことに皆が驚いた。
マチが思わず呟く。

「あんたたち、本当にただの一般人かい?」

二人はただ苦笑いを返す。
異世界トリップなんて常識外れのことをしてしまった時点で自分たちは一般人じゃないかもしれない。
団員たちは、何かの役に立つかもしれない、という団長の言葉に納得し始めていた。
そんな様子を、フェイタンは独り憎憎しげに見ていた。

次の日からカレンは、家事の合間を見つけては銃の練習に励むようになった。
テンが日に日に強くなっていることに感化されてだった。
練習用の壁には、無数の弾痕が残ったが、それは段々と数箇所に集中し始めた。
一週間もするとカレンは、部屋の中ならどこからでも壁の狙った部分に当てられるようになった。
しかし、まだ実践的でないことと、練習のために弾を使いすぎたことが心残りだった……。
また、その頃にはアジト内の廊下、広間の隅々がぴかぴかに磨かれていた。

テンは毎日無理難題と思われるメニューを律儀にすべてこなし、確実に力を付けていった。
最初は夜、アジトに戻る頃には疲れきっていたが、最近はそうでもなくなった。
テンに余裕が出来てきたのを感じ取ると、クロロは今度は念の特訓を命じた。
空いている時間にはハンター文字を覚えた。


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