02.舞い降りた奇跡

突然現れたその二人を、旅団たちは驚きの表情で見つめていた。

「なんだい?こいつらは……」
「……侵入者ね」
「おいおい、誰も気付かなかったのかよ」

ここはあの悪名高い幻影旅団のアジト。
留守中ならともかく、これだけのメンバーに気付かれずに侵入してくるなんて、かなりの使い手だろう。
しかし、この二人がそうだとは思えない。
絶どころか垂れ流しのオーラ、動きにくそうな靴と服装……。
誰かが攻撃したわけじゃないのに、気付いたら倒れていたこと。
文字通り突然現れたという事実は、神憑り的なものを感じさせた。

「奇跡、か……」

団長、クロロ・ルシルフルの呟きを誰かが否定しようとするが、的確な言葉は生まれなかった。

「奇跡か何か知らないけど、怪しいことに変わりないね」
「たしかに。団長、一応目が覚める前に捕らえておこうか」
「……そうだな」

冷静なフェイタンとマチにクロロも同意する。
が、そのタイミングを見計らったかのように小さなうめき声が聞こえた。

「ん……うーん、あれ?此処は……?」

カレンのお目覚めだ。
ノブナガは舌打ちをしたが、すぐに大した支障がないことに気付いた。
既にフェイタンが少女の背後に回り、その首筋に刃を当てていたからだ。

「お前ら、何者ね」

冷たい感触に当然、カレンは小さな悲鳴を上げた。
突然の出来事。混乱。
けれど、カレンはこの部屋にいるすべての人物に見覚えがあることに気付いた。
さっきまで自分が読んでいた……そして今も鞄の中に入っているであろう漫画の登場人物(敵役)たちにとても似ていたのだ。

困惑する中でカレンは声を絞り出してやっと、ここはどこですか、と聞いた。

「此処は俺たちのアジトだ」

アジト……その言葉で、カレンの中に芽生えていた可能性が繋がった。
嘘だ、と思った。思いたかった。けれど葛藤している暇さえなかった。

「ささとワタシの質問に答えるね」
「何者と言われましても……。カレンはカレン、こっちはテンちゃん、です」

テンの名前を口にした途端、カレンは急に泣きたくなった。
こんな状況に一人で対応しなくてはいけないのだから当然だ。
それからあの光が破裂した瞬間、咄嗟に庇ってくれたテンが心配になった。
どこか怪我をしてないだろうか?
――しかし旅団たちはそんなことに構わない。

「どうやって此処に入ってきたんだい?」
「わかり、……ません。だって、カレンたちは、カレンが理科室に忘れ物したのを、テンちゃんが付き合ってくれて……」
「理科室?忘れ物?」
「はい、あの、なんか爆発……?に、巻き込まれたところまでは覚えているんですけど、それのせいでしょうか……?」

うっすらと目に涙を浮かべ始めたカレン。
数人が観念したような溜息を吐いた。
カレンの言葉は、侵入者の言い訳とは程遠いものがあった。

「信じられないけど、まあ、つまりはあの宝石のせいだよね」

シャルナークが言う。

「宝石……?」

カレンはわけがわからない。

「奇跡が起こるといういわくつきのな」
「奇跡……」

つまり奇跡が起こったとでもいいたいんだろうか。

「さっき団長が落としてから、どこに消えたんだろう」
「団長が落とすから悪いね」
「なッ……!」

話がまとまったところで、カレンはおずおずと聞いた。

「あの、つまりカレンたちはその宝石のせいで、瞬間移動とか(異世界トリップとか)しちゃったってことでしょうか……?」
「充分にありえるが……それも一つのきっかけかもしれない。そっちでは爆発があったんだろう?」
「はい」

そしてカレンは考え込むようにして黙ってしまった。
余談だが、このときカレンは別に何かを悲観していたのではなく、改めてこの世界に来たという事実を噛み締めていた。

(だってHUNTER×HUNTERだよ!? なんで蜘蛛さんなのかわかんないけど、まあ面白そうだし……! 何よりも、キルア君がいる世界!!!! これって凄いよね!?)

カレンは見かけに反して図太かった。

「それで団長、これからどうする気だい?」
「こいつらか? とりあえず……」
「あ、待って下さい。テンちゃんも起こしますから」

そういって、カレンは視線でフェイタンの拘束を離れ、テンの身体を揺すぶり始めた。

「テンちゃん、テンちゃん、起きてー! 大変だよぉ!!」
「んー……ロザンナ、それでも……永遠に愛してる、う」
「もう、ロザンナだって辛い恋をしてるんからね!」

寝ぼけているテンに、カレンもまたどうでもいい反応を返す。

「ロザンナ……恋人か?」
「ええ、テンちゃんの恋人(役)だったんですけど、結局……。
もう、テンちゃん、起きてったら 起・き・て!」

テンが怪我をしているかもしれない、なんて考えは彼方に飛んでいってしまったようだ。
カレンはテンの腕を引っ張って無理矢理立ち上がらせた。

「テンちゃんおはよー!」
「んー……」

テンはボーっとしたまま、ふらついている。

「……大丈夫かい?」
「はい。テンちゃんは人並み外れて低血圧なだけですから」
「……」
「おい、起きやがれ」

ふらふらと近くに寄ってきたテンをノブナガが軽く足蹴にした。けっこう痛そうだ。

「て、なにすんだよ」

キレたテンは覚醒もしないまま思い切りノブナガを殴る。
寸前のところで避けたが、ノブナガもキレてしまった。

「ちょっと、何してんの?」

団員たちにはノブナガが加減を忘れていることがわかった。
一般人に当たればたたでは済まない攻撃だが、そんなことも忘れているらしい。
しかし……

「避けた!?」

ノブナガ本人さえも目を見張った。今の攻撃は一般人が簡単に避けられるようなものではなかった。
それなのに、どうして?
テンが念を使えないことは一目見ればすぐにわかる。

「そこまでだ」

更に次の攻撃に入ろうとした二人を見て、クロロが制止する。
そしてカレンがテンに駆け寄った。

「テンちゃん!吃驚したよ、大丈夫?」
「カレン、今のなんだ? なあ、っていうかなんだこれ……俺の身体、湯気みたいなの出てないか?」
「ええ!?さっきので精孔が開いちゃったの?」

その発言に驚いたのは旅団サイドだ。

「カレン、あんた念を知ってるのかい?」
「え、あ……ちょっと待って下さい。テンちゃん、自然体になってオーラが巡るイメージ、できる?」
「わかんないけど、……やってみる」

テンは漫画で見たように余計な力を抜いて自然に立った。
すると、それまで垂れ流しだったオーラがテンの身体にぴったりと纏わりつく。
それを見ていた旅団たちは感嘆した。

「へえ、結構才能あるんじゃない?」
「ってことは、出来てるってことですか?纏!!」
「それどころか、たった今精孔が開いたことを疑いたくなるな」

よかった〜 とカレンはその場にへたり込んだ。
テンは疑問符を浮かべながらカレンを見ている。

「カレン、これってどういうことだ?」
「テンちゃんは念の才能があるってことだよ」
「念って、あの念?」
「そう、あの念」

テンもHUNTER×HUNTERを知っているので、念という言葉はすぐにピンときた。
そして、周囲を見渡して、此処がどこなのかようやく理解を始めた。

「それはいいけど、改めて聞かせてもらえるかな? 君たちが何者かってこと」

カレンは折角解けた旅団の警戒が元に戻っていることに気付いた。
当然だ。「一般人」は念を知らない。
念を知っている人は、念能力者もしくは修行中の身だから、たった今突然目覚めたというのはとてもおかしい。
カレンは覚悟を決めた。

「念は、伝説として知っていました」
「伝説?」
「はい。使える人はいなかったんですけど、知識として知っている人は結構いました」

さすがに漫画だなんていわないほうがいい……と思った。
それを言ってしまうと、登場人物の話までしなくてはいけなくなるからだ。

「念が伝説化、ね。ありえない話じゃないけど、君たちは念という言葉も纏という言葉も知ってたし、ちょっと詳しすぎるんじゃない?」
「詳しいけど、誰も使える人はいなかったし、迷信だと思っていたから誰も使おうとしませんでした」
「そのわりにはさっき反応が早かったけど……」
「それは、」

咄嗟の嘘なんだから、こうも質問攻めにされると困ってしまう。
すると、それを見ていたテンが助け舟を出した。

「溢れるオーラが湯気みたいだなんて、俺が伝説と同じ表現をしたからさ」
「ふーん、じゃあ君たちがどこの国から来たのか同時に言ってみて」

同時、というのは即席の嘘を言わせないためだろう。
二人はちゃんと口をそろえて日本です(/だ)と言った。

「ニホン……? 聞いたことないけど、どうする? 団長」
「あの、小さな島国なので知らないのも無理はないかと……」
「だそうだ。別にいいんじゃないか?」

適当なクロロの答えを、団員たちは睨みつける。
しかしクロロは知らん顔をしていた。

「別にって、なにがいいんだ」
「パクが今度来たときに調べてもらえばいいだろう」
「でも、暫く来れないって言ってたじゃない。それまでどうする気さ」
「此処に置いておけばいい」

クロロを除くその場にいた全員が目を丸くした。

「は? なにいってんの?」
「冗談じゃないね。こいつら怪しいことだらけよ。何考えてるか」
「団長、あたしも反対だよ。こいつらが何の役に立つっていうんだい?」

反論ばかりの周囲を見回してクロロは言った。

「何かの役に立つかもしれないだろう」
「そんな適当な……」
「俺はこいつらに興味を持ったんだ。見かけは一般人だが、ノブナガの拳を避け、目の前で纏を習得した。鍛えれば伸びるかもしれない。あの宝石の代わりに現れたというのもあるがな」
「結局団長は奇跡を信じてたってオチ?」
「うわ……」

団員たちの会話を聞きながら、テンはカレンを見た。
二人はこれからどうしようか、と視線で悩んでから、決断を下した。

「あの、カレン、掃除とか洗濯とか料理とか、雑用もします。だから此処に置いて下さい。お願いします」
「俺も、念を覚えてあんたたちの役に立つようにするよ。……此処に置いて下さい」

此処がHUNTER×HUNTERの世界だとすると、他に生きていく術がない。その思いが強かった。
けれど、二人が興味を持っていたのも確かな事実。

例え此処が血塗れた場所だとしても……。

「明日から手の空いている者はテンを鍛えてくれ。二人に雑用をいくら押し付けても構わない」
「それって、」
「お前たちは今日から蜘蛛だ。……ノーナンバーだがな」

二人は歓声を上げた。
けれどカレンは、知らないはずのこと、
『蜘蛛』『ノーナンバー』についても抜かりなく質問した。
クロロは後々説明すると答えた。

団員たちの反応は、

「団長命令なら仕方ないか」
「そうだね。歓迎するよ」
「他の奴らにも伝えとくか」
「……下手なマネしたら即殺すね」

最後の発言は少々物騒だったが、
二人はこれで幻影旅団の仲間になった。


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