37.ヤケル想い

ここに来てから、変わらない日常。
起きて組み手して、自分の動きの研究のために試合を観戦し、帰ってきて念の修行をして、再び組み手して。
ずっと同じことの繰り返しで、テンの中で時間軸の概念がなくなっていた。
今日もこの後組み手か、その前に誰の試合を見るか。そんなことを考えて、ロビーを歩いていた。

『おおっーと!惜しいっ!ゴン選手、わずかに及ばず再び190階から180階にダウン!』

そんな放送を聞き、テンは視線をロビー中央のテレビに視線を向ける。
ついでに、ヒソカの言葉を思い出す。

『そういや、ゴン達ここに着いたみたいだよv』

その時は、気の抜けた返事で聞き流していたが、薄れかけた原作の記憶を引っ張り出し、二人の戦歴を思い出す。
無敗で200階に辿り着いて、ヒソカに邪魔され数時間で簡単な纏を覚えて……。
しかし、今の放送からは『ダウン』と『再び』。テンが気づかない間にゴン達は何度か負けているのだろう。
原作が変わってる……?ああ、でも俺達が居ることで原作はあってないようなものか。
負けてる割になんか念の基礎覚えているみたいだし。きっとカレンが何かしたのだろう。
と、悩むどころか簡単に解決し、テンは今日の夜ご飯について考え始めた。



「うん……、今日の夜ご飯は天空闘技場の売店で適当に買う予定だったんだけどな……」
「口に合わなかったかい?」

小さく零した言葉を聞きつけたのか、向かいの席に座ったヒソカは不思議そうに首を傾げる。
天空闘技場付近には似合わないオシャレなレストラン。店内に飾られた一品一品も高そうな物が置いてある。
勿論、元いた世界でもこんな店に入ったことはない。そもそも、近くを歩いた記憶すらない。
どうしてこの場に自分が居るのだろうと、ヒソカの問いに答えないまま考えてしまう。

「早く食べないと冷めて美味しくなくなるよ◆」
「えっ、ああ……」

ヒソカにそう言われ、試しに食べてみるも、味がわからない。美味しい、はずなんだろうが、よくわからない。

「つーかさ……なんで俺こんなところでお前と食事してんの……」
「おや、今日一緒に夜ご飯食べようって言って了承したのは君だろ?」
「いや、それはそうなんだけどさ……」

そう言って、もう一口。やっぱり味がわからない。これは美味しいのかな。美味しいんだよな、きっと。
訳のわからない言い聞かせがテンの中で行われる。ふと視線を上げれば、ワイン片手にテンを見つめるヒソカ。

「……何」
「いや、ただ見てるだけだよv」
「食べにくいから見るな。冷めたら美味しくなくなるんだろ?お前も食べろよ」

テンの言葉に何故か肩をすくめて、目の前の料理を食べ始めるヒソカ。二人の間の会話が切れ、店内のBGMだけが響く。

「……そういや、ゴン達、また180階に下がったみたいだな」
「そうだね◆でも、彼らがどういうきっかけで知ったかわからないけど、念の方は着々と身につけているみたいだねv」
「ああ、確かに……。でも、ゴン達の側にカレンがいるんだ。彼らに念の存在がバレるのは適当だと思うけどな」

テンの言葉にヒソカが喉を小さく鳴らす。今の言葉に喉を鳴らす要素がどこにあったのか、テンはわからないと視線をヒソカに向ける。

「彼女が彼らに念を教えるのかい?師匠になるには力不足だと思うんだけど◆」
「……念自体の修行にはまた別に師匠がついているんだろう。別に、カレンが彼らに技術を教える必要はない」
「まぁ、見た所、彼女もゴン達と一緒に修行してるみたいだよv」

ヒソカの言葉に目を見開くテン。ヒソカは変わらずの笑みを浮かべている。テンは一瞬何かを言おうと口を開きかけるが、声に出さず黙る。

「……ヒソカから見て、あいつらが200階に辿り着くのはいつ頃だと思う?」
「さぁ、まだ未熟だから完璧に念を習得してからなら、数年後じゃないかな◇まぁ、完璧になるまであの子達が待ってると思わないから早くて数日以内じゃないかい?」

ヒソカの言葉に短く言葉を返し、考え込むテン。その様子に、ヒソカは目を細める。

「もしかして、200階に上がってきたあの子達と戦おうと思ってるのかい?止めときなよ、練習にはならない◆」
「……何を勘違いしてるかわからないけど、ゴン達とそんなに力量に差が開いているとは思わないし、あいつらと戦うつもりもない。むしろ、戦うのはお前だろ」
「……まぁね、でもそれは確定じゃない。あのままのゴンと戦う気は全くないよ◇200階で一勝……これは最低条件だ◆ちなみに、」

ヒソカは言葉を切り、無言でテンを見つめる。テンはようやくヒソカの纏ったオーラに混ざったある種嫌なモノに気づき、小さく身体を震わせる。
それに、更に目を細めるヒソカ。

「君とならいつでも戦れるよvそこそこ、力が付いてきている◇今のゴン達よりは確実に強いよ◇ボクが保証するv」
「……嫌な保証だな。まぁ、折角、天空闘技場に来てるんだ。一度くらい200階で戦っておきたいよな」
「絶対嫌がるかと思ったのに……◆まぁ、その気なら一回分は残しておこうかなv」

誰もお前ととは言ってないのにという言葉をテンは呑み込み、代わりに肩をすくめる。ヒソカもグラスに残った飲み物を飲み干し、グラスを空にする。

「さて、食事も終わったし、帰って組み手か?」
「……うん、まぁ、君にそんな展開を求めてたわけじゃないんだけど、ね……◆会話の時点でダメだったのかな◇」

食事が終わり、帰る準備をしながらテンが口を開けば、ヒソカが何かを頭を抱えながらぶつぶつ言っている。勿論、テンには聞こえていない。テンは訝しげにヒソカを睨む。
ヒソカはいつも通りの表情を浮かべながら、何でもないよと答え、二人は店を出た。



「おい、ヒソカ。そろそろ組み手に付き合って……あれ、いつもならメイク落としてるのになんでそのままなんだ?」
「おや、君は見てないのかい?ついさっき、ゴン達が190階クリアしてね、歓迎の意味を込めて出迎えてあげようかとv」

ヒソカの笑顔に、眉をひそめつつ、ため息を零すテン。しかし、すぐに普段の表情に戻し、テンは部屋を出ていくヒソカの後についていく。

「君も来るのかい?」
「俺はカレンの出迎えだ。最初に言ったろ? カレンに会えるかもしれないから、天空闘技場に来たんだ」
「……ああ、そんなことも言ってたね◆」

少し考え、今思い出したかのように返答するヒソカ。と同時に、200階へのエレベーターが到着する。
横から受付嬢が出てきて、彼らに説明を始める。それを目の前に見ながらも、気が引き締まったオーラを感じ、短期間にこんな風になるなんてとテンは思わず小さいため息を零す。
ヒソカは受付嬢の説明がまだ終わっていないのに、すっと姿を見せた。つられテンも彼らの前に姿を見せる。

「テンちゃん!」
「ヒソカ?」
「なんでお前がここに?」

姿を見た、三人が声を上げる。二人が驚きで声を上げた中、カレンはテン達がいることに気づいていたのか驚いた様子はない。

「カレン、久しぶり」
「久しぶり。この前のお仕事、どうだった?」

横でヒソカ達が喋るの無視し、テンはテンでカレンと喋り始める。

「あぁあのときさー……」

他愛もない、二人でやっている仕事。こんな所が大変だった、あんな所の雇い主が。
本当に何の当たり障りのない、お互いのプライベートには一切踏み込まない会話を交わす。
本当は、大丈夫だった?や無理してない?とかそういうことを聞きたいけれど、聞くことはできなかった。
カレン達と別れ、自室に戻る際、ヒソカとの間に会話が起こらず、沈黙が続いた。

「お望みの、彼女との再会はどうだったんだい?」
「元気そうで何よりだよ。そういや、今日の組み手の時間、短くなったなー。まぁ、一応欠かさずやってるから今日ぐらいはいいよな。たまには、ゆっくりするのも」

ヒソカの問いに簡単に答え、話題を換えるテンにヒソカは小さくため息をつく。テンは訝しげに視線を上げた。

「そんなになるなら、会わなきゃいいのに◆君はあの子の保護者じゃないだろ?」
「……当たり前だろ。カレンはもう俺が守る必要もないし、……むしろ俺の役目じゃなくなったし」

ヒソカのその言葉に饒舌だったテンは大人しくなり、先ほどの声量の半分ほどの声で話し始める。

「本当、君は馬鹿だね◆」
「うるさい、今日は組み手もなしだ。俺は寝る!」

ヒソカの言葉に、ヒソカの部屋の前を通り過ぎ、自分の部屋に戻ろうとするテン。ヒソカは呆れた表情のまま、ため息を零す。
が、すぐに何かを思いついたのか普段の笑みを浮かべる。

「ねぇ、久々に一緒に寝ないかい?」

ヒソカの突然の思いつきに、テンは驚き、足を止めて振り返る。

「はぁ?個室が与えられてるのになんでそんなことをしなきゃ――」
「ボクに何をされても受け入れるか、素直にボクの部屋で一緒に寝るか◇どっちがいい?」

ヒソカの言葉にテンは苦々しい表情を浮かべる。無視して部屋に帰る選択肢もあるだろう。しかし、危険を伴うそれができるか否かと聞かれれば、答えは決まっている。

「……本当、お前は嫌な奴だ」
「褒め言葉でいいのかな?そうと決まれば、どうぞv」

扉を限界まで開き、彼女を招く。テンは少し戸惑いつつ、ため息をつき部屋の中へ一歩踏み出す。と同時に、頭に置かれた手。
目を見開き、ヒソカを見上げて何かを言う前に、ヒソカが口を開いた。

「別に、武術だけじゃなくてもボクを頼ってもイイだよv」
「何を、言って……」
「組み手を今日休むなら、明日朝早くやるからね◆シャワー浴びるなら浴びてとっとと寝るんだよ◇」

テンの問いかけに答えられることはなく、ヒソカの手は離れ、ヒソカはすでにソファに腰かけていた。
思わず、テンは今起きた出来事を確かめるように、自分の頭に手を伸ばした。
彼女にはヒソカの言葉の意味が理解できなかったが、心は暖かく、軽くなっていた。


次の日、戦闘準備期間の残りを確認しようと、受付に向かえば、見覚えのある男性。長い髪にマントのような服装。と、隣にヒソカ。
テンは二人が去ってから確認するかと考えるも、ヒソカに気づかれ手招きされる。嫌な予感しかしない。

「……ヒソカ、その子は?」
「君の対戦相手v」

嫌な予感通りだった。ヒソカの言葉に頭を抱えるテンに対し、カストロは反論の声を上げる。

「なっ、貴様逃げるのか!」
「逃げるなんて、人聞きの悪いことを言わないでくれよ◆君の力量テストだよ◇この子に負ける程度なら、ボクが戦う必要はない◆」

両肩に手を置かれ、逃げることのできないテンは二人の言い争いを間で聞く。ふと、ヒソカの指が僅かに上がり、テンは凝をする。
そこに浮き上がる念字。
『この階で実力を測る初戦には丁度いい相手だろv』
だから話を合わせろと言うことだろう。思わず、大きくため息が零れ、言い争う二人の視線を集める。真っ直ぐカストロを見つめる。

「俺じゃ、不満か?」
「君が不満か、そうじゃないの問題じゃない。私はヒソカと戦うためにいるんだ。君と戦っては、このフロアでヒソカと戦うことができない」

彼の言葉からすると、彼はすでに9勝を上げているのだろう。少し悩んで口を開く。

「……10勝してフロアマスターとやらになってからじゃ遅いのか?」
「どうして君は自分が負ける前提で話しているんだい……◆」

しかし、案にはヒソカからの言葉が返ってくる。驚きながら振り返り、ヒソカを見上げる。

「いや、だって、俺に負けたら戦わないんだろ?戦いたいって言ってるんだ。例えそれが命落とす戦いになってもやらしてやればいいだろ?」
「なっ、命を落とすだと?君は私とヒソカの戦いで私が負けると言うのか!」

ヒソカの言葉に答えたと思えば、目の前のカストロがテンの言葉が気に障ったのか、声を荒げて反論する。テンは不思議そうに、カストロを見る。

「ヒソカに勝つために今、試合を申し込むのか?今までの試合を見てたけど、今程度の力でヒソカに挑んでもあんたが怪我するだけだぞ?」
「なっ、今までの試合は準備体操だ!全力ではない!」
「なら、尚更だろう。自分の能力を驕って、本気で戦わないなんて能力の欠点とか考えたことあるのか?自分の能力を欠点含めて知らない奴が自分より強い奴と戦って勝てると思うなよ」

テンの言葉にカストロは言葉を失い、ヒソカは笑みを堪え切れないのか、喉を鳴らして笑っている。テンはちらっとヒソカを睨み、大きくため息を零す。

「大人しく俺と戦え。あんたがヒソカと戦う能力の実験体にでも使えばいい。完璧だと思っているなら使わなくてもいいけど、それで負けても文句は言えないからな」
「……いいだろう、君に勝ってヒソカを闘技場に引きずり出してやる」

カストロはそれだけを言い、背中を向けて帰ってしまう。テンは姿が見えなくなってからもう一度ため息を零し、肩の手を払いのける。

「挑発上手いね◇」
「挑発じゃない、俺の考えたことを言っただけだよ。……お姉さん、俺の戦闘準備期間ってあとどれくらいですか?」

ヒソカの言葉を簡単に流し、受付に身を出す。今までの流れを見ていたお姉さんは我に返り、今渡された紙を見る。

「えっと、今試合の申し込みをされたので……」
「はっ?」
「ああ、ごめんごめん◇間違えて君が名前だけ書いてたやつ出してたみたい◆」

お姉さんの言葉に疑問を持てば、横からヒソカが謝罪する気ゼロの声で謝ってくる。思わず、変な声が出てヒソカを睨む。しかし、ヒソカは笑ったままである。

「お前、何勝手に申し込んでんだよ!さっきのヒソカと戦うって言うままの流れだったらどうするつもりだったんだよ!」
「関係なく君と彼が戦ってたよ◇だって、君の名前で出してるんだしv君の戦闘準備期間はあとちょっとで切れそうだったし、せっかくなら雑魚よりそこそこの能力者と戦いたいだろ◇」
「だからって、俺にも選ぶ権利はあるんだよ!」

ヒソカの物言いに、テンは声を荒げて、怒鳴るもヒソカはどこ吹く風。笑顔のまま受け流す。

「いいだろ?それともボクと戦いたかった?」
「お前となんてルールありでもごめんだよ!」

テンは最後にそう怒鳴り、さっき来た道を隠しきれない殺気を出しながら帰って行く。ヒソカはその様子を愉快そうに喉を鳴らして見つめていた。



「さぁ、本日、大注目の試合です!破竹の勢いで勝ち上がってまいりましたテン選手がようやく登場!200階に上がってくる前から度々ヒソカ選手との姿を目撃されております!果たしてその実力は!対するカストロ選手は9勝1敗と、ヒソカ選手に負けてから負けなし9連勝!フロアマスターに王手!テン選手に勝てば、ヒソカと戦えるとのこと!リベンジのためテン選手に勝てるのか!」

実況の声が響き、闘技場の舞台でテンは軽く身体をほぐしながら、ため息をつく。
実況の内容に言葉が足りないとツッコミたいがきっと届くことはないだろう。目の前をちらっと見れば、真剣なカストロ。
本気で来るか否かは戦いが始まるまではわからない。慎重に、冷静に見極めながら戦わなければならない。
漫画で見たカストロの能力と自分の能力を再確認しながら、戦闘態勢に入る。

「始め!」

審判の声と共に、カストロが地面を蹴って、距離を詰める。念を纏った手刀を身を反らし、僅かな動きで避ける。
痛みに小さく呻くも、ダウンすることなく、空中で身体を一回転させ着地する。

「クリーンヒット!」
「おおっーと!カストロ選手の素早い手刀を避けることができず、テン選手先制ポイントを奪われました!」

右の頬をさすり、立ち上がる。確かに避けたはずの攻撃を受け、テンはカストロが漫画のヒソカ戦と同じように本気を出していることを理解する。
テンが立ち上がると同時に、カストロは再び距離を縮め、手刀で払うよう腕を振るう。それを再び最小限の動きで避け、次に来た衝撃をなんとか防御し耐える。

「なっ!」

カストロから驚きの声が上がる。そして、そのまま距離を開け、信じられないと言った表情でテンを見る。

「今度は素早い動きについていき、テン選手ガード!カストロ選手ポイントをゲットできません!」
「それ初めて見せた能力だよな?それが全力?それとも、加減してるのか?」

テンの言葉に、カストロは苦々しい表情を浮かべ、再び距離を詰めてきた。掴むような手で間を詰める。
ギリギリまで来たところで、テンは逆に防御を構えるも、そこから攻撃は来ることなく、そのままの流れで頬の肉を軽く抉られ、吹っ飛ぶ。
身を翻し、体勢を整えるも、すぐにカストロの追撃により体勢を崩されてしまう。カストロの蹴りが顔に入り、一瞬意識が飛びかける。

「クリーンヒット&ダウン!」
「まさかその程度で試合前などに大口を叩いたわけじゃないだろうな?」
「なんと、カストロ選手の一方的な攻めが続きます!ポイントはこれで4-0!テン選手、倒れたまま動きません!」

喋る人の声を遠くに感じながら、どうやって攻めようかと考えていれば顔にかかる影。審判が不安げな顔をしている。

「や、やれるか……?」
「ああ、考え事してました」

審判の言葉にすぐに起き上がり、ズボンなどの埃を払う。その様子を気に入らないと言った表情で見るカストロ。

「いつまでその態度が続くんだ。いい加減、かかってこい」
「そんな挑発に、簡単に乗るとでも?」
「逃げてばかりの君に挑発の一つでもかければかかってくるのかい?」

カストロの言葉に態度が変わらないテンに、カストロは小さく息を吐く。そのまま、ある技の構えをし、観客が『虎吠拳』と騒ぎたてる。

「そのままの態度で逃げ続けて負けるなら、その程度の使い手までだったということ。実験体にもならない」
「それは申し訳ない。実験体に申し出たのに、役に立たないのは流石に迷惑だな」

テンは一回、呼吸を吐き、カストロを見る。その目は先ほどと違い、真剣な鋭い目だった。その目に、カストロは小さく笑い、地面を蹴り獲物を見つけた虎のように襲いかかる。
真っ直ぐに突っ込んでくるカストロにテンは身を屈め、距離を測る。技がテンに触れる直前に、テンは顔を目がけて足を振り上げる。しかし、直前で目の前から消え、足は空を切る。
しかし、テンは読んでいたのか、そのまま現れた気配の方に振り返り、胸ぐらを掴み、カストロの攻撃が触れる前に彼の頭に頭突きを食らわす。
予想していない攻撃だったのか、虎吠拳の構えが解け、数歩後ろに下がる。けれど、回復を待たずに今度はテンがカストロとの間合いを詰める。
そのまま左手を引くように振り上げるが、カストロはおぼつかない足で運よく避け、服に掠る。更に、その振りかぶった反動でそのまま回し蹴りをカストロの脇に入れる。
カストロが吹っ飛び、倒れる。

「クリーンヒット&ダウン!」

審判のコールと同時に沸き立つ会場。ポイントも4-3と差を縮めたと実況者が興奮気味に叫んでいる。ふと、テンはあの時のこと、蜘蛛達に何でも屋がバレた時のことを思い出す。
あの時は、圧倒的な実力差で負け、隠していたものがバレた。悔しいことに実力がなかったというのも一つだが、強い者と戦う経験値が自分には足りなかった。
きっと、それをヒソカも感じていたのだろう。組み手とは違う、実力者との戦闘。テンは心の中でヒソカに感謝を言って、起き上がるカストロに意識を戻す。

「……あんたって強いよな」
「いきなりどうした?お喋りなど――」
「だから、今からあんたを殺す気でかかる」

一瞬、審判がぎょっとした顔をするが、実況者には聞こえなかったようで、お互いに睨み合いが続きますとか言っている。
身体から殺気も溢れ出し、テンの眼光が鋭くなる。と同時に、テンは地面を蹴った。
カストロは身をよじり、テンの左手を避けるも、テンはそのままカストロの服を掴む。
音を立て、カストロの服が溶けるが、気にすることなくカストロはテンの脇腹目がけ、蹴り上げた。
その蹴り上げを土台にテンは上に飛び上がる。カストロは応戦しようと上を見るが、細い何かが目に入る。

「くっ、なんっ……!」

痛みに目を閉じ、テンから視線を反らす。その隙に、テンはカストロ近くに着地し、彼を足払いする。
隙だらけの場所を攻撃し、あっさりと倒れる相手にまたがり、左手を首に押しつけようとするが、微かに目を開いたカストロは虎吠拳で左腕を狙う。
間一髪で左腕はその技を避け、テンは彼の上から退く。と同時に、会場がざわつき、テンの表情が辛そうに歪む。
闘技場が、テンの右腕から流れる血で赤く染まる。テンは自分の腕を脇に挟み、一度大きく深呼吸をする。

「おい、大丈夫か?」
「これくらいの痛み、我慢できる……」

審判の不安げな言葉とテンの独り言が重なる。テンはそのままカストロに突っ込み、蹴りだけでカストロと応戦する。すぐにカストロは距離を開け、虎吠拳の構えを作る。
それを待ってたと構わず突っ込み、虎吠拳で応戦する前に、まだ血が滴る自分の右腕をテンが振るう。
カストロは予想だにしないその目くらましを防ぐことができず、再び視界が奪われ、隙を作る。テンは目標を失ったカストロの攻撃を避け、そのまま左手でカストロの体を掴む。
肉が焼けるような音が響き、止んだと思えば、カストロの体が震え、テンが彼から離れると同時に彼が倒れる。
審判が駆け寄り声をかけるも返答はない。首に触れ、審判は驚いた表情で数歩下がる。

「しょ、勝者、テン!」

戸惑った声で宣言をし、慌ただしくどこかに連絡している。それを横目に、その闘技場から出ていく。
選手が通るその通路に、ヒソカが立っていた。

「ご苦労様◇」

その言葉と同時に、テンは試合が終わったと気が抜け、意識を失った。


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