34.今、会いに行く

「ねえ、テン。天空闘技場って知ってるかい?」
「それが?」
「ヨークシンまで大きな仕事入ってないことだし、今から一緒に行かない?いい経験になると思うよ◇」

ヒソカにそう言われて、テンは原作の存在をあらためて実感した。
運命の時は着々と近づいているのだ。
自分はそのとき、大切なものを守れるだろうか。

「……行く」
「おや、素直だね◇」
「カレンに会えるかもしれないから」
「あの子が?天空闘技場で戦えるようには見えなかったけど◆」
「行ってみればわかるさ」

*
*
*

その言葉のとおり、それから約二週間経った頃、カレンはあることに気づいていた。


「あっ……もしかして、そろそろゴン君たちがキルア君に会う時期じゃ……」

機械的な日々を過ごしていたが、すでに試験から一ヶ月以上がとうに経過していたのだ。
原作を思い出せば、主人公組がゾルディックの屋敷を後にする頃だ。
そう思って、カレンはカタカタとキーボードを鳴らして、
パトキア共和国から天空闘技場までの飛行船の乗り込み記録を調べ始めた。
そして、ゴンとキルアが天空闘技場にいることを知った。
時は満ちた。思うことは一つしかない。

「会いたいな」

無意識に呟いた言葉が、すべてだった。約束でもある。会いに行く、と。
でも、そんな約束がなくても、とにかくカレンはキルアに会いたかった。

もう一ヶ月もまともに人と接触していない、不健康な生活を送っていたのだ。
自らに課した枷だとはいえ、未だに夜は人恋しい。
大切な人に会えなかったのだ。なんの潤いもない生活だったと言ってもよかった。
そして、無心で働いた結果、計画以上に成果は出ていたので、
そろそろ自分にご褒美をあげてもいいんじゃないかと思った。

「うん、会いに行こう」

そう決めたカレンの行動は早かった。
まず、その受けていた依頼をすべて片付けた。シャワーを浴びて身だしなみを整えた。
それから飛行船のチケットを予約し、昼食を取り、荷物を纏めた。
緊急の依頼だけを片付けて、一ヶ月間滞在したホテルを出たのである。
空の旅に揺られながら、胸が躍った。大好きな人に思いを馳せて。

なんといっても行動が早かったので、天空闘技場の前についたのはその日の夜だった。
急に訪ねるのは迷惑かな……と思ったが、やっぱりせっかく来たのだから早く会いたいし、驚きは大きいほうがいい。カレンは微笑んだ。

*
*
*

天空闘技場の100階に到達して以来、ゴンとキルアは個室を与えられていた。

ハンター試験が終わり、もう一ヶ月以上経っている。
ここ二ヶ月間でキルアの人生は大きく変わった。
家に縛り付けられていた日々から抜け出して、自由を手に入れたのだ。
もちろんそれは自分ひとりの力だとは思っていない。

家出してきたときはともかく、イルミが目の前に現れたあのとき、絶望しかけた。
望んだものは手に入らないんだと、俺には見合わないんだと思った。
どこに何度逃げても、行く手を阻まれて連れ戻されて、挙句はせっかくできた友達さえも傷つけてしまうんだ、と諦めかけた。だから自ら不合格になって、会場を飛び出した。

けれどカレンは、そんなキルアの腕を躊躇いなく掴んで、名前を呼んだ。

『大好き。大好きだよ。どうか、あなたに救われた人間がいることを知って。自由を求めることを止めないで』

その言葉の真意はまだわからないが、涙で赤く腫らした目を見ながら、キルアは、まだ諦めるべきではないと知った。
少なくとも、こんなにも深く自分を想ってくれる少女がいるのだから。

花のような少女は微笑んでキルアの背中を押して、「会いに行く」と言った。
彼女は今どうしているだろうか。

そんなことをふと思ったある夜、キルアの部屋に備え付けられた電話が鳴った。
今まで使ったことがなかったし、掛かってくるとしたら内線だと思ったので、
なんの用だ?と思いながら、受話器を取った。
すると、懐かしい声が自分の名前を呼んだ。

「キルア君!」
「カレン!?」

予想通りの反応に、カレンは嬉しそうに笑う。
もちろん、嬉しかったのは驚かせられたからだけじゃない。

「うわー、久しぶりだな。どうやって此処に電話してるんだ?」
「カレンの特技を忘れたの?これくらいお手の物だよ」
「すげー!さすがだな」
「っていうのは冗談で、実はこれ内線なんだよね」
「……は?」
「実は天空闘技場の事務室から掛けてたりするんだ!」

ハートマークがつきそうなほど茶目っ気のあるカレンの言葉に、キルアは一瞬呆気に取られた。

「さすがにアポなしで直接部屋に行くのは失礼かと思ったの。
今から会いに行ってもいい?」

そんなふうに言われて、断るわけがない。
キルアは自分の鼓動が速くなっていくのを感じた。

「いいけど……ってつーか、俺が行くから!」
「え、いいの?」
「お前、天空闘技場の中なんて危ない奴らばっかりだろーが!」

そのとおりなのだが、カレンは仮にもハンターなわけであり、
そもそも『危ない奴ら』に余裕で勝ち進んでいる彼らはなんなのだろうと思ってしまう。

「事務室って一階だよな?」
「うん。そうだよ。……じゃあ、待ってるね」


カレンは事務室から出て、廊下で立って待っていたので、
キルアはすぐにその姿を見つけることができた。
目が合うと、だんだんと走る速度を弱め、最後にはゆっくり一歩ずつ近づいていった。

電話で話していたときはただ驚きと感動だけがあったが、
実際に久しぶりに顔を見ると、気恥ずかしさが募った。
彼女はその口で、「大好き」と言った。
家にケジメをつけてきた今こそ、自分も気持ちを伝えるべきかもしれない。
歩み寄りながら、第一声に困っていると、カレンの瞳がうるっと潤んで、キルアに抱きついてきた。

「会いたかった……!」

温かい体温を感じながら、そんな声が耳に届く。華奢な身体が震えていた。

今まで溜めに溜めていた、一ヶ月分の寂しさが急に溢れてきたのである。
旅団やテンとの別れ。陽が昇っては夜になる日々。決して綺麗とはいえない仕事内容。食事を作る気にもなれない。声を発することもなかった。涙が乾くのを待つだけ。途方もない永遠に佇んでいるような気がした。
それでも、その決断が間違っていないことだけを信じて、一人で黙々と歩んできた。

キルアは、詳しい事情を知らなかったが、ただ、傍にいてやれなかったことを悔やんだ。
本当はできるならキルアの方が会いに行くべきだったのだ。
カレンは欲しい言葉をいつでもくれた。
微笑んで見送ってくれた少女は、あの後どんな日々を過ごしたのだろう?

「ごめんな」

泣き虫だとは知っていた。でも、泣き出すのを見るのは初めてだった。
守るべき少女を、キルアはしっかりと抱き返した。腕の中で嗚咽が漏れる。

ふたりはしばらくそうしていた。


泣き止んだカレンは、恥ずかしそうに頬を染めた。

「もう泣かないって決めたのに、格好悪いなあ……」
「かっこよくなんてなくていいだろ」

そう言われて、カレンはやっとハンター試験が終わってからずっと背負っていた肩の荷が下りたような気がした。
泣くことしかできない自分が嫌いだった記憶がある。
でも、今回の涙は『嬉し泣き』だからいいことにする。
この世界に来て、初めて悲しみ以外の理由で流した涙だった。カレンは自然に微笑む。

「泊まるとことか決まってるのか?」
「うん。すぐ近くのホテルだよ。毎日来ちゃう」
「ふーん。じゃあ帰りは送っていけるな」
「本当?」
「ああ、でもまずは俺の部屋行こうぜ。話したいし、ゴンにも会いたいだろ?」
「うん!」

そしてふたりは天空闘技場の宿泊部屋に移動した。
キルアは、結局核心的な台詞を言っていないことに気づいていたが、やっぱりタイミングが掴めなかった。言わなくても伝わっているような気もした。
けれど、これから時間はいくらでもあるだろう。
きっとそのうち言えればいい。

「そういえばさ、またメシ作ってよ」
「……毎日作っちゃうよ」

カレンは妙に力を込めて言った。


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