33.力量

「……ふぅ。久々の仕事だなー。博物館の警備なんて暇だし、何か持ってこうかなー」

テンはカレンからのメールを受け、一人、部屋で準備を始める。そこへ、扉が叩かれる。

「誰だー?」

テンは顔を上げないで問いかける。そこに、無言で扉が開き、シャルが入ってくる。

「あれ?テン、何しているの?」
「……ん?あ、シャル、そっちこそ何の用だ?」

今気づいたといった感じでシャルの方に振り向き、問いかける。

「一ヵ月後の仕事の話なんだけど……。団長に呼んで来いって言われたから来たんだけど」
「え、あー、今回休んでいい?俺、ちょっと修行とか部屋の掃除したいから……」

テンの言葉にシャルはテンの部屋を見回す。何時、盗ってきたのかわからない本や武器が乱雑に置かれている。
確かに……そんなんじゃ、一日そこらじゃ終わらないな……と思い、『わかったよ』と言ってシャルが出ていった。



「ん?シャル、テンはどうした?」
「部屋の掃除するから今回は休むって」

シャルの言葉にクロロは軽く眉を顰め、ため息をつく。

「……まぁ、いい。それじゃあ、今いるメンバーで博物館へ行く」
「博物館の何盗るの?」
「古代遺跡で見つかった王国の宝物だ。シズクがいないのは痛いが決行は一ヵ月後だ」

クロロの言葉にフェイタン、シャルの二人が了解の二文字を返した。



テンは、クロロたちに伝えず、アジトから出て行く。姿ももうテンではなく、レイである。
飛行船もカレンが手配したおかげですんなり乗れた。それに、揺られながら仮眠を取る。
きっと、ついたら警護などでピリピリし、あまり寝れないだろう。なら、一応今のうちに寝ておいた方がいいかもしれない。
そう考え、ぐっすりと眠っていたら搭乗員の方に起こされたことは誰にも言えない……。
着いた場所は、大きな国立博物館で多くの用心棒たちが殺気立っている。気にせずそこへ歩くと大男二人がずいっと立ち塞がる。

「……何か?」

テンは不機嫌さを表すために多少声を低め、睨みながら問いかける。男たちは動じず、

「只今休館中です。一般客の方は立ち入り禁止です」

と言ってくる。それに、表に出さないがイラッとする。確かに、警護でピリピリしていると思うが、人を見かけで判断すること無いと思う。
テンは、態勢を変えないで、舌打ちをする。その行動が相手にとってムカついたらしく相手が殺気立つ。

「……おい、館主呼んで来い。此処の館主は、依頼した相手を返すのか?」
「……何、ふざけた事を言っている?貴様のような奴にルド様が依頼するわけ無いだろう。ルド様の人がいいからと言ってふざけた事を言うな」

相手は目を開き、バカにしたように言葉を返す。それに、一人ぐらい殺しても大丈夫かな……と考えていると、向こうの方から40代半ばの男がやってくる。

「何もめているんですか?」
「ルド様!いえ、ルド様に雇われたとほざく輩が……」

どうやら彼がルド『様』らしい。一見何処にでもいそうな平凡な男だ。ルドは、男から話を聞き、こちらを見る。

「……失礼ですが、名前を伺ってよろしいですか?」
「……レイだ」

ルドの問いに素直に答える。すると、男二人含め、他の用心棒たちも驚き、ざわめく。

「……嘘ではないですね。この方々たちが失礼しました」

とルドはそう言い、頭を下げる。それに、男たちは慌ててルドに頭を上げさせようとする。

「……ルド『様』、貴方が頭を下げることは無いです。下げなければならないのはそこの男たちですから」
テンの言葉に男たちは何か言いたそうだったが返す言葉が無かったのか小さく舌打ちしただけだった。
ルドは頭を上げて、『そうですか……』と呟く。そして、何かを考え始める。それに、小さくため息をつく。
「……それより、ルド『様』、先程私が言った台詞が嘘ではないとおっしゃいましたよね。貴方の能力ですか?」

その問いかけにルドは目を開いて考えるのを止める。

「えっ、あ、はい。私は、人に騙されやすいので……。こういう能力の方が役立つかと……」
「ご返答ありがとうございます。それで、今の事はもういいでしょう」

それに、『えっ』とまた呟くルド。そうくると思っていなかったのか男たちも目を開いている。

「しかし……」
「『しかし……』じゃないです。それより、仕事の説明をお願いします」

今回の依頼主の律儀さにため息をつき、仕事の話へと進める。ルドは、まだ渋っていたが、諦め、

「……わかりました。では、皆さんも講堂の方へお越しください。」

と講堂の方へ歩いていった。用心棒の人々も彼について歩いていった。



「……と言う訳で、皆様よろしくお願いします」

長い説明が終わり、それぞれもらった見取り図を見たり、それぞれの武器を確認したりしている。
テンも見取り図を見て、館内の構図を頭の中に入れていく。
ふと、テンは何か忘れているようなことに気づく。悩むが全然出てこない。

「……諦めるか」

結局、考えるのを止め、今の仕事に集中することにした。



数週間経ち、用心棒の仲間たちとも打ち解けられてきて、冗談を言ったり、雑談したりするようになった。
最初『様』付きだったルドからも『やっぱりあれじゃ割に合わないから呼び捨てにして』と言われ、一応普通にしゃべれるようになった。
彼は、国立博物館の館主をしているが、実際趣味で集めた展示品が国の目に止まり、国立博物館に強制納品させされたかららしい。
契約書をちゃんと読まないで契約するという基本的な騙され方をして……。勿論、それは国ではなく、自分が悪いわけで、訴えることが出来ない。
だけど、それ以前に彼は訴えるどころか怒らずただ苦笑して済ましたらしい。これはもう大らかを通り越して、馬鹿だと思う。
そう思って、彼の『馬鹿だと思うでしょう』という問いかけに素直に頷いたら困った反応されたが……。
ふと、それを思い出しながら今回警護している品を見る。古代遺跡で見つかった王国の宝物というが、一見ただの石ではないか?と思ってしまうモノだった。
けれど、見る人によって価値が代わる高価な代物らしい。俺にとっては、どうしても一瞬大きめの砂岩に見える。
実際、大理石に溶かして埋め込まれた数々の希少な石が飾られていてとても綺麗な石なのだが、遠くから見ると、それが、ただの点々にしか見えないのだからしょうがないと思う。
きっと今レイの姿でなければ暇だと叫んでいるかもしれない。レイは、23〜5時の間警備に当たっている。
それ以外は武器を磨いたり、仮眠をとったりしている。ルドと話す時は男たちに起こされて連れて行かれる。
今は3時……。まだ、2時間も突っ立って警備しなければならない。けれど、2時間後、契約は解約され、自由の身になる。

ふと、何かの音が聞こえる。気のせいかと思ったが、すぐ大きくなってくる。時々、叫び声が混じっている。


「どうした……!」

ルドの付き人が叫んでやってくる。それに、冷静になって振り向かず言う。

「……賊が来ました。貴方方はルドを連れて安全な場所へ行ってください」

一瞬彼が何かを言おうとしたが従った方が懸命と思ったのか無言で去っていく。気配を探ると此方に向かっている三つの気配。どれもこれも強い。
きっと、此処にいる用心棒たち全員集めても一人に立ち向かえれるか……。念のため自分の武器の位置を確認する。
武器は手入れを怠っていないため刃こぼれとかない。引っ掛かって取れないということもなく大丈夫だ。
下準備も大丈夫だ。先制攻撃はしかけられると思う。段々、叫び声が大きくなってくる。この場には自分しかいない。
他の奴らは前線に行ったか逃げたか……。とにかく、障害物はない。入り口は目の前に一つあるだけ。
目を閉じ、神経を集中させ、教わった通りまず精神を落ち着かせる。50メートル、20メートル、5メートル、1メートル……。


「……どうやら後は此処にいる奴だけだ」


テンは目を開けると、そのまま切断されたピアノ線に念を纏わせて投げる。それは、言葉を発した男に勢いよく向かっていく。
が、所詮は一直線で進むピアノ線。あっさりと落とされる。

「……ほぉ。どうやら、他の奴らよりは出来るようだな」

一直線に進んだピアノ線が落とされた時、時間差で投げたおかげなのか一本だけかすった。
そのかすった手を見ながら男は呟く。テンは表情を変えない。メンバーを見ても表情は変わることが無い。

「だけど、所詮は一人ね。あという間に終わりよ」
「うん。あいつの後ろにあるのが古代遺跡で見つかった王国の宝物だよ」

相手のメンバーも表情変えることなく口々に喋っている。それに、一応決まり文句を言っておく。

「……言っておくが、これは渡さん」
「では、どうする?」

テンの言葉に表情を変えずにクロロが問い返してくる。確かに自分一人では一人だけが精一杯かもしれない。
それすら無理かもしれない……。だけど、ここで何もせず引き下がったら『何でも屋ランレイ』の評判に関わる。

「……戦うだけだ」

テンは聞こえない程度に舌打ちをし、武器を構える。目の前にいるフェイタンからもらった武器だ。
テンは地面を蹴ってクロロに向かっていく。クロロは動く様子を見せず、立っている。後ろにいるシャルたちも動かない。
迷わず鎌を振り上げる。クロロは、フラリと軽々と避け、右足をテンに向かって振り上げる。
テンは身を後ろに反らし、かわすが第二撃、第三撃と続いてくる。
テンはやっとの思いでそれを避けながらクロロに教えてもらっていた武術の授業を思い出す。
今のクロロの攻撃は本気でない。むしろ、遊んでいる。あの時と同じだ。
だが、遊んでいても隙は一向に出来ない。むしろ、こっちが押されている。避けるのが精一杯で全く反撃できない。

「どうした?」

クロロは薄く笑みを浮かべ問いかけてくる。その顔からムカつく余裕が感じられる。
だが、テンはその挑発に乗らず、冷静に隙を窺いながらクロロの攻撃を防いでいく。
急にクロロが間を開けて下がる。テンも間を開けて息を整える。

「くくっ、そろそろ限界か?しかし、警護が宝石から目を離すはいけないぞ」

クロロの言葉に即座に宝石の方を見る。

二人が動かなかったのはこのためか!

慌てて振り向いても、宝石に変わったところは無い。それに、クロロの言葉が思い出される。

『人は切羽が詰まっていると初歩的な事も引っ掛かるぞ。覚えておけ』

今現在、テンはその初歩的な事に引っ掛かってしまった。反射のおかげなのか急所が外れたところに攻撃を食らう。

「ゲホッ……!」
「よくあの攻撃を防げたな。だが、それは貴様の命を無駄に永らえさせただけだな」

口の中とお腹から紅いモノが溢れる。肋骨も何本かイったかもしれない。咳と血が止まない。
クロロが冷たい目で見ている。今までこんな風に殺してきたのか……。テンの頭に恐怖が生まれた。

「……ゲホゲホ……」

テンは自分自身の足で立てなくなり、膝をつく。視界も揺らいで焦点が合わない。ナイフに塗られていた毒が、体中に回るこの異物感がとても気持ち悪い。

初めてかもしれない。
此処の世界に来て、こんなに血を流したのは……。蜘蛛の皆に守られ、戦ってきた相手は自分より格下の相手……。
自分より強い相手とは戦うことは無かった。戦う必要もなかった。俺はカレンを守れればそれで良かったんだ。
カレン……、ごめん。『何でも屋ランレイ』の評判下がるかもしれない。俺のせいで……。

そこまで考えると、他にも色々な事が浮かんでくる。現実世界の嫌な過去も出てくる。
胸ぐらを掴まれ、酸素が通らなくなった自分の喉に向かってクロロがベンズナイフを突き刺そうとする。それが、ゆっくりに感じる。
テンは、その映像を最後に目を無意識に閉じ、意識を手放した。身体の感覚も無くなっていった。



久々に用心棒ごときと遊んだ。相手は、一応基礎は出来ているようだったが、やはり未熟だった。
一瞬、念能力を使わないから念が使えないのか?と思えた。シャルたちは、手を出さず、つまらなさそうに見ている。
俺もだんだん飽きてきて、間を開け、一気に殺そうかと切羽詰っている相手に引っ掛けてみた。
奴はあっさり引っ掛かり、気を一瞬こちらから反らす。その大きな隙を見逃す程馬鹿じゃない。
素早く間を詰め、心臓目掛け、ベンズナイフを突き刺そうとする。だが、奴は素早く振り向き、急所を免れる。
だが、ベンズナイフに塗った毒により血を吐き、膝をつく。それを見下し、ナイフを喉に突き刺そうとする。
が、奴の雰囲気が変わった。姿も変わったように見える。……いや、変わっている。

「……テン?」

シャルたちが目を開いて見ている。何故、テンが此処にいる?俺が今まで戦っていた奴は誰だ?
しかし、今そんなこと考えている暇はない。

「……あの時と同じね……」

フェイタンがそんなこと呟いた気がする。が、今それを問いただすことは出来ない。……来る。

ヒュ……

テンを離し、距離を開ける。奴の後ろから飛んでくる氷の刃を避けながら、どうにかするためテンの方を見る。
誰だ……?
テンの笑みを見て、その言葉が浮かぶ。俺の知っているテンはあんな笑みを浮べる奴じゃない。
じゃあ、奴はテンじゃない?けれど、オーラはテンである。

「……フェイタン!奴を止める方法はないのか?」

氷が飛び交う中、聞こえるかどうかわからないままフェイタンに問いかける。案の定、答えは返ってこない。
俺は、小さく舌打ちをし、捨て身覚悟でテンの腹に内臓をぶちまけない様に拳を入れる。
テンは、もう一度血を多く吐き、小さく呻く。そのおかげか氷が止まったが、止まるまでに多少の時間があったためか、脇腹と腕に氷の刃が刺さっている。
それを一瞥してから、テンを見やる。

「……ク、ロ……?」

テンの目はいつものテンの目になる。今の一瞬の目は何だ……?そう思いながらテンに肩を貸し、立たせる。

「テン、説明するよ」

いつの間にか側にいたフェイタンが問いかけてくる。テンは重そうに頭を上げ、フェイタンを見る。

「フェイタン、後にしろ。テンの治療が先だ」
「お宝はどうするの?」
「……っ、ま、待て……。あれは、……渡、せな……」

テンは言い切るに意識を失う。俺はフェイタンとシャルに後を任せ、病院の方へと走っていった。



医者に見せたところ、テンの怪我の状態は、肋骨5本損傷、右の鎖骨を脱臼、毒による一部の臓器の低下、その他小さな傷が数十箇所……出血多量の重症だった。
クロロも氷が刺さって傷ついた腕と脇腹を念で治療された。アジトではシャルが仲間たちに今回のことを連絡し、事態の把握のため集まっていた。
クロロの側でテンが寝ている。息はさっきよりは整っていた。

さっきのは一体なんだ……?さっきの目は一体……?
あの目を見て一瞬でも俺はゾクッとしかけた。あの憎悪しかない目は一体……。

クロロは、テンの過去を知らない。彼女が向けている憎悪は何なのか知らない。

「……ロ、っ、宝石は?」

テンは少しの間だけ目を虚ろにして眺めていたが、今の状況を理解して飛び起きる。

「宝石なら、ついさっきフェイタンが盗ってきた。立てるか?」
「どうして?盗るなと言っただろう!」

テンは傷を気にせず叫ぶ。クロロは死なない程度に殺気を放ち、黙らせる。

「……俺の質問にだけ答えろ。立てるな?」

テンは無言でベッドから立ち上がる。多少ふらついているが、大丈夫だろうと、クロロは、テンを引っ張りながら広間へと行く。
広間に行くと、暇な五人のメンバーが集まっていた。クロロは軽い説明をシャルに頼んだのだが、彼らは今の状況をまだ理解していないようだった。

「……テン、説明しろ」

しかし、説明するよりさせた方が早いと、クロロの有無を言わせない口調にテンはただ口を噤む。クロロは怪我している右肩に力を込め、言うように急かす。痛みにテンは顔を歪める。

これを言っては更にカレンへの危険が増えるかもしれない。しかし、言わなければ何をされるかわからない。
調べ出してカレンのこともいずれ知るかもしれない。もしかしたら、そっちの方が危ないかもしれない。
なら、調べられる前に言っておいた方がいいのかもしれない。

「……っ、……レイだ。何でも屋ランレイを俺はやっている。ランはカレンだ」

テンは視線を合わせないように言う。自由に動く左手でクロロの手を離すように言うが離さない。痛みでテンの額に汗が溢れ出てくる。

「何故黙っていた?」
「…………別に、言う必要が無いと思っていたからだ」
「……どうしてあの場で姿を現さなかった?どうして、その仕事の方を優先した?お前は蜘蛛なんだろう?」

クロロの言葉にテンは初めてクロロの顔に視線を向ける。瞳は少し揺れている。

「……俺は、ここにおいてもらっているが蜘蛛じゃない……。あの時お前はそう言っただろう。俺もそれを認めた」

テンの静かな言葉が広間に響く。確かに、カレンが出て行った時そんなことを言っていてそれをクロロは認め、テンにも蜘蛛じゃないと言った。

「だったら、蜘蛛の仕事よりこちらの仕事を優先させても構わないだろう。姿も明かす必要も無い」

確かにテンの言うことは正論である。蜘蛛でない奴が蜘蛛の仕事を優先させる必要なんてない。
そんなのはクロロたちの勝手だ。テンにはテンの自由がある。それは侵せるものではない。

だが、テンは蜘蛛にいることを望んだ。だったら、蜘蛛の仕事を行うべきではないのか?

「……だけど、今まで『何でも屋ランレイ』を黙っていたことは悪かった……。ごめん」

彼女の言葉にクロロは意識を戻し、テンを見れば、彼女は頭を下げて広間にいるメンバーに謝っていた。

「置いてもらっている身なのにこんな身勝手なこと言っちゃ悪いと思う。だけど、あれはカレンとの唯一の繋がりでもあるから……これからも続けていくつもりだ。俺は俺でこの仕事も蜘蛛と同じくらい好きで大切だから」

広間に今まで以上に沈黙が走る。何も聞こえない。テンは緊張で肩の痛みも忘れ、拳を握る。じわっとした掌が気持ち悪かった。
沈黙が消え、その様子に驚きテンは顔を上げる。最初は不思議だった。

「……っくく……、」
「っ、プッ、アハハハハ……」
「ブッ!あー、もう俺駄目だわ!ハハハハハ……!」

急に皆が笑い出した。あの滅多に笑わないフェイタンまでも、だ。テンは目を丸くしながら辺りを見回している。状況が理解できないらしい。

「えっ……えっ?えぇ?」

滅多に慌てないテンが目に見えるように慌て出す。またそれが可笑しくてメンバー達が笑う。先ほどの悩みがクロロの中から消えていた。

「……っクク、……っおい、テン。嬉しい事言ってくれるじゃないか」

クロロの言葉にテンは一瞬考えるが、すぐに思い出したのか顔を真っ赤にする。それがまた面白くクロロの笑みが深くなる。

「っ!あ、あれは――……!」
「安心しろ。俺はお前が蜘蛛じゃなくても大切な仲間だと思っている」

クロロの言葉にテンの赤い顔はもっと赤くなる。周りもその様子を楽しんでいるようだ。

「俺もだよ。テン。テンは立派に蜘蛛の仕事をこなしてるじゃないか」
「そうよ。お前が強いそれは事実よ。ワタシはお前を認めたと言たはずよ」
「ま、お前はお前のやりたいようにやりゃ―いいんじゃねぇの」
「だけど、悩んでるんだったら相談して。もっと仲間を信じてもいいじゃない」

仲間の口々に言われるテンへの思いにテンは顔を下に向け、地面を濡らす。

「っ、あ、ありがとう……」

声も震えている。クロロは口に笑みを残しながらその様子を眺めている。周りも口に笑みを浮べている。

「あ、あんま見んな!」

その様子に気づいたテンは目を擦り、クロロにストレートを入れてくる。クロロは肩から手を離し、笑いながら軽々と避けていく。

「おいおい、そんなことしていると……」

クロロが言い終わる前にテンは膝を折って座り込む。周りは急に大人しくなったテンに訝しんだ目で見る。クロロはため息をつき、

「……ふぅ、医者に見せたところによると今日一日安静しないといけないらしい。俺のベンズナイフの毒により臓器とか一部低下しているんだ。ったく、ベッドに運んでくる」

クロロはそう言い残し、テンを抱え出て行った。



数日後テンはやはり、人間だったのかと疑われるような驚異的な回復で完全復活を遂げた。
宝石は愛でられた後、持ち主の元に返っていった。テンはカレンに仕事の結果とランレイがバレたことを書いたメールを遅れて送る。
カレンのことだから怒りはせず、テンの身の心配をしているだろう。もしかしたら、遅いメールでもう心配しているかもしれない。
メールはすぐ、返ってきて仕事を労う言葉やそれに関する言葉以外に『機嫌、いいね。』という言葉が入っていた。それに、テンはつい微笑んでしまう。

「ん?テン、何笑っているんだ?」

遠い所で本を読んでいるクロロが本から目を離さずに問いかけてくる。『目敏い奴……』と小さく呟く。

「何だ?武術の練習が足りなかったか?」
「誰もそんなこと言ってない。……だけど、また、午後からお願い出来るか?」

テンの言葉にクロロは顔を上げ、目を開いてこちらを見る。が、テンの真面目な顔に薄く笑みを浮かべ、本を閉じる。

「……いいだろう。今からやってやる。とっとと、外に出ろ」
「げっ!」

クロロの言葉に顔をしかめるが声は嬉しそうに聞こえる。テンは素直に広間から外に出る。




俺には、信頼出来る仲間がいて、望んでいた居場所を作ってくれた仲間がいる。
俺はもう絶望にいるわけじゃない。
俺はいつの間にか長く、暖かさに触れてた……。


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