32.孤独な夜

予約を入れたホテルに着いたのは深夜だった。
ハンターライセンスがあれば何泊でも出来るのをいいことに、カレンは広いスイートルームを借りた。

ハンター試験を終えてから荷を解いていない荷物を降ろして、ひとまずシャワーを浴びた。
緊張が続いたことと移動の疲れでカレンはへとへとだった。
ちなみに此処は蜘蛛のアジトから国二つ分くらい離れている。
出て行く宣言をしたのに、万が一にも偶然顔を合わせるのは気まずいと思ったからだ。

ベッドに倒れ込み、そのまま目を閉じる。
考えなければいけないことは沢山あったが、沢山ありすぎて何も考えたくなかった。
何が正しくて、何が間違っていたのか……。正解なんてどこにもない。
運命さえも正しいのかどうかわからないのだから。

そして目覚めたのは夕方だった。
その事実に驚くが、慌てる必要はないことに気付く。生活を束縛するものは何もなかったのだ。
学校に行く必要もなければ、顔をあわせるべき人も、いない。
だからまた眠りについても構わなかったが、眠りすぎたせいで既に目は冴えてしまっていた。

起き上がると頭がガンガンと痛かった。
鏡を見ると、眠っている間に無意識に流した涙の痕が頬に残っていた。
けれどさっさと顔を洗って、気付かなかったフリをする。

カレンは荷物の中からミネラルウォーター、携帯食、パソコンを取り出して机に置き、食事をしながら仕事を始めた。
『何でも屋ランレイ』は最近さらに評判が高まっており、依頼は次々にやってくる。
その内容を確認しつつ、出来そうなものは処理していった。
暗殺の依頼で特に報酬の高いものは8割の額でゾルディック家に外注する。業務提携をしているのだ。

カチカチとキーボードを打ち鳴らし、集中して、驚くほどの数の依頼をこなす。
情報系の仕事の内容は精神衛生上悪いものばかりで気分が悪くなりそうだったが、一年生にして報道部で部長をしていたカレンは多少のスキャンダラスなネタで動じることはない。
さまざまなデータベースに忍び込んでは必要な情報を盗んで、提供した。

カレンは一つ、自分にやるべきことを定めていた。
それがカレンにしか出来ないことなら存在価値にも成り得ると思った。
望むものは自分で手に入れるしかない。それをやり遂げるには大金が必要だった。

夜になってもカレンは仕事を続けていた。
もう幾つ目の依頼かもわからない。まるで狂ったように仕事をしていた。

やるべきことがあるというのはそれだけで救いだった。
一人でただ呆けていると余計なことを考えて淋しくなるだけだから。
眠れもしないのにベッドに入って悪夢を見るのが嫌だった。
熟睡せずにいられないほど疲れてからじゃなければベッドに入りたくなかった。

そうして三日間徹夜した。
寝て起きたら更に一日経っていて、滅茶苦茶な生活だと自嘲した。
目の下には隈が出来ていて、絶対に知り合いには会えない顔をしている。
再びシャワーを浴びて着替えると、携帯食を切らしていることに気付く。
生活用品や服も一緒に揃えようと思い、出かけることにした。
外を歩くのは四日ぶりということになる。

結局食事も外で済ませた。
旅団のアジトでも、キルアと過ごしていたときも料理をしていたのだが、
自分一人のために作ろうという気にはならなかった。
カレンは「一人じゃ本当に駄目な人間だ」と思ったけれど何も変わらなかった。
すべてにやる気が起こらない。孤独とはそういうものだ。

ふと、元の世界のことを思う。
例えば、実の親の代わりに面倒を見てくれたおばさんとおじさん。優しくて本当に良くしてくれたと思う。
例えば、クラスの女の子たち。沢山お喋りして楽しかった。
例えば、報道部の皆。入学してからずっと一緒に仕事をしてきた。いろんなことを乗り越えて、今の報道部がある。

今頃どうしているだろうか? あの世界ではなにが起こっているだろうか?
カレンたちはどうなっているだろうか? あの瞬間の光はなんだったのだろうか?

今までずっと考えずにいた疑問が湧き上がる。
カレンたちは、こっちに来てよかったのだろうか?

(止まらない)

一度始まってしまった思考は。
部屋に戻るも、仕事に身が入らない。
後悔の数を数えたって何も手に入らないことはわかっているのに。
どこかでずっと退屈だと思っていた日々が、急に輝かしかったように思えてしまう。
長く焦がれていた夢が叶ったのに、どうしてそれだけじゃ生きていけないんだろう?

……苦しい。

呼吸困難になりそうだった。
答えのない自問自答を繰り返し、ありもしない罪を謝罪する。

(会いたいよ)

すべてを洗い流したくてその日二回目のシャワーをゆっくり浴びた。
消えてしまいたいとさえ思った。

バスルームから出るとようやく頭がすっきりした。
どん底から一歩這い上がった程度だったけれど、ずっとマシだった。
再三、パソコンを開いて依頼を確認する。

(そういえば、テンちゃんも仕事回して、って言ってた……)

元々情報屋だけあって、情報系の仕事が多かったが、ランレイに舞い込む依頼はそれだけではない。
『情報』を提供する仕事でも、実際に侵入したり調査したりが必要だったりもする。
が、カレンはそれを最小限に押さえて多少面倒でも自分に出来る……暗号の解読、セキュリティの解除、他のネットワークへの侵入……などの仕事をこなしていた。
自分に出来ないことはゾルディックなどに外注するなど、実はできる限りテンに仕事を回さないようにしていた。

何故かといえば、その内容が綺麗なものではないからである。
人間の醜い部分、ドロドロとした部分が丸見えの、そういう仕事ばかりなのだ。
代金として受け取るのは大抵がまともでない金であり、依頼人もそうだ。
テンはカレンがしている仕事がそういうものだと知れば心配するだろうし、止めてくるかもしれない。
もしくは快く受け入れてくれるかもしれない。それはそれで嫌だ。
誰だって友達に人殺しの依頼なんて回したくないから。

(でも役に立ちたい、って言ってくれたから、何もないのも悲しむだろうな……)

カレンはテンが幻影旅団として人を殺したことがあるのを知っている。
そしてこれからも殺すだろう。
それを止めはしない。
でもせめて『ランレイ』としては、出来るだけ手を汚して欲しくない。

(あ、)

そのとき、カレンは一つの依頼を見つけた。
内容は博物館の警備。今度、古代遺跡で見つかった王国の宝物を展示するから警備を増やしたい、と書いてある。展示の期間は一ヶ月……。

(これなら大丈夫かな? 聞いてみよう)

すぐにテンのケータイにメールを送信すると、二つ返事で承諾された。
カレンは詳細なデータを調べて、レポート形式で更にそれを送信する。

そこで仕事を打ち切った。
軽いストレッチをしてからベッドに潜る。

(そうだ、テンちゃんはちゃんといてくれるんだ)

幻影旅団に属すとか属さないとか、そんなことで絆が消えるわけじゃなかった。
こんなに簡単に繋がることが出来る。
キルアとだって、ちゃんとまた会う約束をしていることを思い出す。

(大丈夫、大丈夫だ)

すべてを恐れた後は段々と怖くなくなっていく。
誰かに許されたいなら世界を許すべきだ。

少しずつ浮上して、立ち直っていこう。
まだ問題は山積だけど、何か変わったわけじゃないけど……変えてみせるから。

カレンの心は段々凪いでいき、やがて穏やかに眠った。
その日は朝日と共に目が覚めた。


明けない夜があるかもしれない。
けれど今日は光が差し込んだから――

またこの世界で生きていけるだろう。


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