27.闘志の意味

最終試験は勝ち抜き戦だった。大きな建物の広い一室でトーナメント表が受験生の前に提示された。
カレンとキルアが戦うことになっていて、ゴン達が驚いていた。もちろん、テンも驚いたが、
原作のことを知っていたので、カレンに何も言わなかった。
第一回戦、ハンゾー対ゴンだった。力量は誰が見ても歴然で、ゴンは一方的にやられていた。
途中レオリオが怒鳴るほど、試合は一方的なものだった。

「あのままハンゾーとかがゴン殺しちゃったらお前はあいつを殺すのか?」

ふと気になって、テンは小声で隣のヒソカに問うた。ヒソカは普段と違いただ無言でそれを見ていた。
オーラに変化もない。一種、無関心に近いほどの状態だ。ヒソカはテンの質問にテンを一度見、試合に視線を戻した。

「さぁ、どうだろうね◆」
「よっしゃあ、ゴン!行け!蹴りまくれ!殺せ!殺すのだ!」

レオリオの歓喜の叫びを聞き、試合に視線を戻せば、ハンゾーが鼻血を垂らしながら立っていた。
ハンゾーは鼻血を拭き取り、腕に隠していた刀を引き出す。普通ならここで羅列された言葉に怯え相手は降参したはずだろう。

「それは困る!」

ゴンのその一言はこの会場全体の空気を変えた。原作を読んで知っていてもこの能力はテンにとって不思議でならなかった。
なぜ、この状況でそんな言葉が口に出るのか、テンには到底理解できないことなのだ。
その後、負けを認めたハンゾーは不服を唱えるゴンを気絶させ、この試合が終わった。
第二試合、ヒソカ対クラピカでこれは一見いい勝負だったが、最後ヒソカがクラピカに何かを囁き、降参した。
テンはヒソカが何を囁いたか聞こえなかったが、戻ってきたヒソカに視線を向けるどころか問うこともしない。

「何、言ったのか聞かないのかい?」
「聞いたところで俺に何か得でもあるのか?ないだろう」
「第三試合、ハンゾー対テン」

ヒソカの問いかけにそっけなく言葉を返し、テンは真ん中へと移動する。
お互い準備ができたことを確認し、試合開始となったが互いに動かず言葉を交わす。

「お前と対戦することになるとはな……。あの時の交換やめればよかったと思うぜ」
「……いやいや、あの時のおかげで俺がここにいるんだから交換して正解だよ。あ、一回戦目のダメージはもう残ってない?」
「鼻血だけだからな、全然残ってねぇよ。なんだ、残ってたら負けでも認めてくれたのか?」

ハンゾーの言葉にまさか、と隙だらけで肩をすくめれば、ハンゾーが素早くテンの背後に回るもテンは簡単に避け、ハンゾーに向き合う。

「酷いな、相槌返した時に攻撃なんて」
「よく言うぜ。簡単に避けちまったくせに」
「不意打ち過ぎて反射的に動いたんだな、きっと」

そう言いながら、テンは首を傾げ黙る。

どうしよう……、どうやって戦おう。
念は使っちゃいけないし、だからと言って、普通に戦っては面白くないし……。

悩む彼女の姿を見、隙だらけの行為にハンゾーは警戒を強める。
けれど、そのことに気づかずテンは小さく唸って考えている。

「テン選手……?」
「……あ、そうしよ」

不審に思った立会人が口を開くと同時にテンも声を上げる。テンの言葉にハンゾーはさらに警戒を強める。
ようやくハンゾーの警戒に気づいたテンは不思議そうにハンゾーを見るも気にすることもなく警戒を解いた。
突然のことに周りが驚く。しかし、テンは再び唸る。

「ん?なんか違う気もするな」

テンは呟いて目を瞑った。ハンゾーはすばやくテンの背後に回り、先ほどのゴンと同じように腕を掴み押し倒す。
あっさり先ほどと同じ状態になり、少し会場の空気に緊張が走る。ハンゾーは何も言わず、腕に少し力をかける。

「まいった、って言いな。じゃねぇと……」
「あー、これでもないな……」

ハンゾーの言葉を無視し、テンは何かを呟き、ふと視線を上げる。途端、顔を青くして自分でも聞こえない声で喋る。
もちろん、ハンゾーにも聞こえることなく、彼がテンの腕を折ろうと力を込めたのと、テンが無理矢理、上体を起こし彼に拳を当てたのはほぼ同時だった。
ハンゾーは察してか、テンの攻撃を掠めつつ、テンと距離を開く。テンはハンゾーを追うようにすぐさま彼との距離を詰める。
ハンゾーは先ほど見せた刀を抜き、テンの目を目がけ突き出す。

「危な……」

小さく声をあげただけで、テンは慌てることなく避け、その刃を蹴り上げる。
しかし、彼は動じることなく次の手を打ち、テンの脇腹へと目がけて蹴りを入れるも右で捉えられる。
逆にテンはそのまま腹へと蹴りを入れ、ハンゾーは壁へ飛ばされる。
なんとか踏み止まろうとするも、テンが突っ込んできて、壁に叩きつけられる。
小さく呻くハンゾーの首に手を添えてから微弱な殺気も送る。

「降参、する?」
「……まい、った」

その状況に殺られると悟ったのかハンゾーは小さく絞ったような声で試合終了の言葉を呟く。周りはシーンとし、

「勝者テン!」

との声だけが響いた。その声を聞き、テンはハンゾーの首から手を放す。ハンゾーが何回か咳き込むのも見ずにヒソカの元へ行き、

「……危ないなぁ◆当たるだろ◇」
「うるさい!当たれ!死ね!消えろ!変態マッドピエロ!」

力任せに放った拳は狙ったヒソカの顔面ではなく、ヒソカの横の壁にめり込んでいる。テンはこの場の空気など読むこともせず、叫んでいる。
ヒソカはヒソカで『何のことかな◆』と笑っている。テンは睨んだまま拳を退け、ヒソカから離れて壁にもたれる。
そして、一瞬にして、今の空気を悟る。気まずく目をそらしておく。

「……オホン、では、試合を再開する」

ネテロ会長のお言葉が呆けた空気に響いた。




その後の試合は問題も無く進んでいった。漫画どおりの展開。

「第五試合 カレンVSキルア!始め!」
『まいった!』

始まりと同時に二人の試合終了の合図が響く。それに、周りは驚き目を明いている。
カレン自身、キルア自身も驚いている。が、時は無情なもので、

「第五試合 カレン!」

同時に聞こえた試合終了の合図はキルアの方が若干早くキルアの試合終了が認められた。
その結果にカレンはこの先の運命を曲げれなかった自分にこの先の運命に傷ついてしまうキルアに涙を流しそうになる。
それにキルアが何かを言う前にカレンはその場から離れていった。
キルアはそれをただ眺めているしかなかった。が、振り切り次の試合に集中する。カレンが防ごうとした運命を。
キルアが傷つく運命を。それをただテンは静かに、冷酷に見届けることにした。カレンを追わず。

「第六試合 キルアVSギタラクル!」

残酷な運命のコングが鳴り響く。キルアは突っ込むために身をかがめる。

「久しぶりだね。キル」

ギタラクルが呟く。ギタラクルは自分に刺さっている針を一本一本抜いていく。
音を立て顔は変形し、前の顔とは結びつかない綺麗な顔立ちが現れる。
ただ、その彼の目には光は映っていない。顔も感情という感情が浮かんでいない。

「兄・・・貴!」

ただキルアは目の前の恐怖を目に映し、相手を呼んだ。
ギタラクルという偽名を使っていたイルミはキルアの恐怖心を知らないかのように軽く挨拶を返す。
その挨拶とは裏腹に彼の口から流れる言葉にキルアは動けず震えていた。

『天職は殺し屋』
『お前は熱をもたない闇人形』
『自身は何も欲しがらず何も望まない』
『陰を糧に動くお前が唯一歓びを抱くのは人の死に触れたとき』

12歳に対し、甘えの欠片も無い酷い、残酷な言葉……。そう思う。が、介入することはできない。
これはキルアにとって必要なもののような気がするから……。

「お前に望み?ないね」
「ある!」
「ふーん。じゃ、言ってごらん。何が望みか」

イルミの言葉にキルアは言葉を詰まらせる。それに、『どうした?』と催促される。キルアは一瞬戸惑うが、

「ゴンと……友達になりたい」

と小さく言葉を発していく。彼の口から洩れたのは、年相応の願いだった。

「もう人殺しなんてうんざりだ。普通にゴンと友達になって……普通に遊びたい」
「無理だね。お前に友達なんて出来っこないよ」

キルアの切実な想いをイルミは一蹴する。そして、勝手な『殺し屋』である枠を押し付けキルアの意志を否定していく。
それに黙っていられなくなったレオリオが叫んだ。

「とっくにお前ら友達同士だろーがよ!」

レオリオの言葉に驚いたように反応を見せるキルア。が、それもまたイルミによって壊されようとする。

「よし、ゴンを殺そう。殺し屋に友達なんていらない。邪魔なだけだから」

その言葉に離れているとはいえ隣にいるヒソカが殺気立つ。それでもテンは目の前の光景から目をそらさない。
左側にある出入り口では此処の試験官たちの他にクラピカやレオリオ、ハンゾーが扉を塞ぎ、イルミの進路を遮った。
その状況に声色を変えず悩み、何かを思いついたのか『そうだ』と呟き、テンの方に顔を向けて、

「テンがゴンを殺してきてよ」

とんでもないことを言ってくる。さすがに、漫画に無い展開に目を開く。周りも目を開きテンを向いている。
若干殺気を飛ばしているものもいるが……。テンは大きくため息をつく。

「……却下。なんで、そんなメンドーなこと俺がしなくちゃいけないんだ」
「だって、オレがゴンを殺しちゃうと自動的にオレが落ちてキルアが合格しちゃうし。それぐらい朝飯前でしょ」
「俺のイメージどうなってんだよ……」

イルミの言葉に小さく悪態をついてから、もう一度大きくため息をつき、本来ならイルミが言うはずだった言葉を発する。

「……だったら合格してからすればいいだろう。そしたら其処にいる奴ら全員殺してもルール上は問題ない、だろ?ネテロ会長殿」
「うむ。ルール上は問題ない」
「テン、お前はゴンが殺されてもいいって言うのか?」

テンの言葉を聞き『なるほど』と納得するイルミに対し、レオリオがテンに対し怒鳴る。疲れたような視線を彼に向け、テンは口を開く。

「……何を勘違いしてるか分からないけど俺がゴンを守る義理なんて何もないだろ」
「聞いたかいキル。オレと戦って勝たないとゴンを助けられない」

キルアには悪いが俺にはお前に差し伸べてやれる光は無い。

「友達のためにオレと戦えるかい?できないね」

お前を救える力が俺にはない……。

「なぜならお前は友達なんかより今この場でオレを倒せるか倒せないかの方が大事だから」

お前を大きな鳥かごから出してくれるのはカレンだけだと、俺は思う。
イルミがキルアへ迫っていく。一歩、二歩、三歩……。
キルアも恐怖心に押されながら後ずさりしようとする。

「動くな」

短い命令。だが、キルアの動きを止めるには十分な重さを持った言葉だった。

「少しでも動いたら戦い開始の合図とみなす。同じくお前とオレの体が触れた瞬間から戦い開始とする」

結果を知ってしまったキルアにとって残された道は唯一つ……。

「だが……忘れるな。お前がオレと戦わなければ大事なゴンが死ぬことになるよ」

そう、残された道は酷く残酷な運命が待ち構えている。レオリオが何かを叫んでいるがキルアには聞こえない。
キルアは恐怖に支配されている。もう、この場で助けることは出来ない。カレンにとって残酷な結末……。
これを避けたかったからキルアと当たり、降参をしたのだろう。が、俺にどうすることも出来ない。
俺は鳥かごの鍵の開け方を知らないから……。

「……まいった。オレの……負けだよ」

それにイルミは感情のこもっていない喜びを口にし、ゴンを殺さないと言う。
それをわかっていてもテンは聞こえないように安堵のため息をつく。
実際わかっていても、関係ない死はあまり見たくない。

「お前に友達をつくる資格はない。必要も無い」

その冷たい響きはキルアに殺人を犯させ、此処から出て行かせるには十分な重みを帯びていた……。


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