26.光

カレンは光の中で、傷つくことも傷つけることもなく生きてきた。
望むものは簡単に手に入り、だからこそ何かに焦がれたことはなかった。
なんの疑問も持たず、幸せなのかどうか考えたこともなかった。
幼い頃は、沢山の人に囲まれて笑っていた記憶しかない。

けれど、そんな日々もいつか終わりを告げた。
ある日突然、本当に突然……両親が離婚した。
何が起こったのかわからないままカレンは親戚の家に預けられた。
おじさんもおばさんもとても親切で、可愛がってくれたから
悲しんでいる様子を見せられなかった。

笑って、笑って、笑って。
微笑むことで安心させたかった。

学校、友達、先生

相変わらず世界は明るく、光に満ちていたけれど、
真っ白だったはずの白い紙には一滴の闇が染みていた。
生温かいそれを甘受しながらも、自分がいる場所は変わらなかった。
存在意義がわからないのに、何にも気付かない振りをして笑っていた。
無垢な光の中に戻ることも出来ず、闇に染まりきることも出来ず、
日に日に自分の中で浮き彫りになる一滴の負の感情を抱え続けていた。
そんな自分が堪らなく嫌だった。

一つ目の出会いはそんなときにやってきた。
世界を諦めた瞳が一筋の光もなくたたずんでいた。
そこに在るのは深い絶望。
カレンは一種の好奇心に駆られた。
触れてみたいと思った。
暗闇の底からなら、手を伸ばして光を求められるだろうか。

光の中で一滴の闇を持っていた。
きっとカレンは誰かの光になってみたかった。

段々と彼女はカレンに心を許してくれた。
一緒にいるようになって、ナイトのようにカレンを守ったり、
様々な話をして、笑って、優しい目をしてくれた。

カレンの中の醜い心なんて知る由もないだろう。
騙しているようで申し訳なかったけれど、
カレンだって彼女の核心部分に触れることは出来なかった。
お互い心の中の闇に鍵をかけた状態で、馴れ合いのような日々が続いた。
それが楽しかった。

しばらくして、二つ目の出会いがやってきた。
最初は彼女に借りたのだけど、気に入ったから結局自分で買い揃えてしまった。
『HUNTER×HUNTER』
物語も登場人物も魅力的で、大好きな漫画だった。
けれどページを捲りながら涙を流してしまった日を覚えている。
“彼”の光を渇望する姿に。

暗闇の底から、焦がれて、戸惑って、躊躇って、足掻いて、手を伸ばして、
痛いくらいに、痛いくらいに望んで、欲している。鮮烈な衝撃。
カレンとは正反対だった。

強烈に憧れた。
愛しいと思った。

傷ついて傷つけて傷ついて、それでも。

大怪我を負ったことも、自分の手を汚したこともない
カレンがいうのはおかしいのかもしれない。間違っているのかもしれない。
それでも欲しかった。
光ではなく、その冷たい闇を癒したいと思った。

傍にいて、その思いは更に増した。
もっとずっと、一緒にいたいと思うようになった。
自分の存在意義さえそこに求めていた。

大好きだった。
だから……。

「では、受験生の中で一番戦いたくないのは?」
「戦いたくない人はいろんな理由で沢山いますけど、
次の試験で当たるのは99番がいいです」

その回答に、ネテロは呆気に取られた。
目の前では華奢な少女が微笑んでいた。
彼女は考える素振りも見せず即答したのだが、その内容はあまりに不自然だった。

まず、先ほど彼女が最も注目している選手として挙げたのも99番だった。
試験中ずっと一緒にいたという報告が来ているし、男女と言うこともあって、
理由は“大切な人”だからだろうと 予測される。
だから戦いたくない、ではなく敢えて戦いたいと名前を挙げるのはおかしい。
好戦的な性格には見えなかった。

いや、“戦いたい”ではない。
彼女は“次の試験で当たりたい”と言ったのだ。

最終試験の内容はまだ受験生に伝えておらず、知るはずがない。
質問も、試験内容がわかるようなものではなかったはずだ。
そして即答したことからも、まるで次の試験内容を知っているかのようだった。

「次がどんな試験だか知っているような口ぶりじゃの」

ネテロは探るようにその少女を見る。
彼女はそれさえも予測済みといった余裕を見せた。

「正直に言えばお願いを聞いて下さいますか?」
「さあ、のぉ……」
「カレンは『何でも屋ランレイ』の片翼をしています。
これくらい調べるのは朝飯前ですよ。以後、ご贔屓を」

するとネテロは少し驚いたようだった。
何でも屋ランレイの名を聞いたことがあるどころか、協会として依頼したことがあった。
本名は勿論、正体が全く掴めず、腕だけは確かだという話だったが、まさか女性だったとは。
しかし食えないことに、そんな動揺は微塵も悟らせない。

「ふぉっふぉ、優待券でもくれたら考えんこともないのぉ……」
「お安い御用です。協会からの依頼を1年間優先して請負う、で どうですか?」

カレンにとってはそれは精一杯の虚勢で、何かの拍子に崩れてしまいそうな脆いものだったが、結果としては望みが叶ったのだからいうことはない。
自分と評価が等しいカレンに若干の疑問符を浮かべるキルアの傍で微笑んだ。
すべてが上手く転がっていると思っていた。

ちなみに、テンの一回戦はハンゾー対とゴンで、負けたほうがテンと対戦する、という形になっていた。
二人の試合が、最終試験が今始まった。


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