24.天使とピストル

トリックタワーの頂上につくと、カレンは荷物から二つの『携帯パラシュート』を取り出した。
これも買い物の街の戦利品で、優れものである。

トリックタワーをどう乗り越えるか考えたときに、正道では難しい気がした。
漫画と同じ道に進むならまだ対策が立てられるし安全だけれど、
『多数決の道』に進むメンバーは既に決まっている。
そして、他の道に至っては何が待っているかわからない。

だから邪道を選んだ。壁を伝って『下りる』のは無理だけれど、パラシュートを用意すれば『落ちる』ことが出来る。
人面鳥は怖いけれど、落下速度はとても速いからもしかしたら無事かもしれないし、
銃なら遠くから近づく前に当てられるし、……テンちゃんと一緒なら大丈夫だと思った。

我ながら甘えてるなと思いうけれど、一緒に合格したいんだからしょうがない。
パラシュートを渡そうと思って、カレンはテンを探した。
けれど、

「テンちゃん?」

どんなに見渡してもテンはその場にいなかった。
既に別の道に進んでしまったのだ。
そのことに気付いて悲しくなったけれど、キルアに声をかけられた。

「カレン、扉見つかったから行こうぜ」
「……うん!」

“トンパさんごめんなさい”と心の中で呟いて、カレンは『多数決の道』に進んだ。


雑談を交わしながら、五人は多数決の道を進んでいた。
多少の障害物はあるが、“問題の種(トンパ)がいなければ凄く和やかなんだな”とカレンは思った。
そして暫くすると広い空間に出て、超長期刑囚と対戦することになった。

「最初は誰が行く?」
「あ、カレンが行きます」

あっさりそう告げた少女に、四人は驚いた。
カレンの考えとしては、トンパは最初だったからその代わりを、というわけだ。
しかもトンパは負けていたから、負けても良いと思うと楽だった。

「おい、大丈夫なのか?」
「何番目に出ても不安なのは変わりありませんよ。
逆に、二勝二敗の大将戦を任されちゃったりしたほうが怖いです」
「なるほどな……」
「いいですか? じゃあ行ってきますね」
「ヤバそうだったらすぐギブアップして良いからな」
「わかりました。ありがとうございます」

相手は腕っ節に自信のありそうな軍人上がりの武骨な男で、死かギブアップが勝敗を決める。
カレンに勝てるはずないから、当然すぐにギブアップするだろうと誰もが思っていた。

けれど、試合が始まった瞬間に銃声が響いた。
パパパパン、と重なったその音を認識してから、
一拍遅れて男の悲鳴が聞こえ、銃を握っているカレンに気がついた。

「なっ……!」
「武器が禁止ってルールはありませんでしたよね?」

それは、撃ったことを音でしか知れないくらいにあまりに一瞬で、
一瞬だったはずなのに、銃弾は男の手首、足首それぞれに合計四発綺麗に命中していた。
男は呻きながら膝をついている。
可愛らしい印象からは想像も出来ない、カレンという少女の油断できない一面だった。
マジかよ、とレオリオが呟いた。

自分に出来ることを増やしたいなら、多少の冒険や無理も必要だ。
カレンは逃げることも人のせいにすることもやめた。
大切な人と一緒にいたいなら、強くならなくてはいけない。

ちなみにカレンは、普段は念弾を撃つため空のカートリッジだが、
ハンター試験中には基本的に銃に実弾を入れていた。

未だ銃口を向け続けるカレンに、まいったと敗北宣言をする超長期刑囚を見てから、
カレンは、(そういえばレオリオさんの代わりに戦うっていうのもありだったな)と思った。
けれど今勝ってしまったから、ゴン、クラピカと順調に進めばレオリオの出番もなくなるだろう。

「お疲れ」

というキルアの言葉を受け取って、カレンはその後の試合を見守った。
ゴンが勝ち、クラピカが勝った。

クラピカの対戦相手である、自らを蜘蛛だと名乗る男は明らかに雑魚で、カレンは不快だった。
カレンは幻影旅団たちの強さを知っているから、侮辱されているようで、とても悔しくて、許せなかった。
だからクラピカが男を殴るのを止めることが出来なかった。

でも、クラピカの瞳が紅くなるのを見て、不覚にも“綺麗だ”と感じてしまった自分に、カレンは何故か遣る瀬無い思いを抱いた。
緋の目に映る憎しみが自分を責めているように思えてならなかった。

数時間、男は起き上がらなかった。
起き上がらないから、敗北宣言をさせられない。
しかもトドメを刺す気がないというから、クラピカの勝利が確定できなかった。
時間だけが刻々と過ぎていく。

「なあ、もしかしてもう死んでるんじゃねーか?」

と、レオリオが言い出した。
そして確認させろ、と要求するが、何の利益もなしには相手も了承しなかった。
カレンは少し考えて、提案した。

「仕方ないですね。勝利を一つ取り消して、新たな試合の一部としてならどうですか?」
「こっちはそいつが死んでたら三勝になるんだぞ!?」
「レオリオさんが勝ってくださればいいんです。
どうせカレンが勝てたのはまぐれですから、その分だと思えば」

実際漫画ではレオリオは負けていたのだが、
可愛い女の子にこう言われて悪い気になる男はいない。
カレンはただ微笑み、レオリオはそれで説得されてしまった。
キルアは、面白くない表情でそれを見ていたが、
そんな心を知ってか知らずか、カレンはずっと傍にいた。

「俺の出番なくなるじゃん……」

キルアが零した愚痴を聞いて、カレンはあることに気付いた。
キルアの対戦相手である解体屋ジョネスが壁を素手で壊すシーンが見れなければ、
『長く困難な道』か『短く簡単な道』かでゴンが最良の選択を出来なくなるかもしれない。

でも……、とカレンは思う。
此処でレオリオが勝たなければ、時間の猶予がなくなってしまう。
漫画ではギリギリだった。カレンという、体力的な足手まといがいる状況で、なにか一つ間違って、漫画よりも数分遅れてしまったらアウト。そんな極限の状況は避けたかった。

それにキルアに出来るだけ人を殺してほしくない、というのもあった。
今更かもしれないけれど、受け入れる覚悟はあるけれど、やっぱり見ていてつらいから。

だから、レルートという超長期刑囚が男か、女かという賭けをしているのを見て、カレンは叫んだ。

「女の人に全部賭けて下さい!」

と。レオリオは驚いたが、口ごもりながら反論した。
後ろめたいが甘い夢をみたいらしい。カレンは笑顔で言った。

「その人は女の人ですよ。
希少生物売買・賭博法違反などの累積刑で懲役112年の、レヌートさんです」
「なんで知って……!」
「こいつ情報屋なんだよ。だから諦めな、オッサン」

キルアの言葉に、ゴンやクラピカも驚きを隠せなかった。
レオリオは腑に落ちないらしく、ぶつぶつ呟いている。
「醜いぞ、レオリオ」とクラピカが言った。カレンは笑う。

「んもう、そんなにその人が綺麗ですか?
だったらその人が男だった場合……カレンが脱ぎますから」
「はあ!?」

目を丸くして叫び声を上げたのはキルアだった。
明らかに動揺している。

「何言ってんだよ、カレン!!」
「大丈夫だよ。レヌートさんは女の人だから」
「だからって!」

乙女にここまで言わせて無下にするのは男がすたるというものだ。

「――女に全部賭ける」
「……正解よ」

ちっ、と舌打ちをして、レオリオは悔しそうな顔をしている。
キルアの目は殺気立っていた。それをゴンが宥める。
クラピカは勝利したはずのレオリオを非難していた。

何はともあれ、こうして超長期刑囚たちとの試合を突破したのだった。
五人にレヌートが一つ説明をする。

「この先は休憩室になってるわ。
それよりも先は更に険しい道のりになっているから、休めるのは此処だけよ。
休憩室を出るときは五人全員の同意が必要だけど、一度出たら二度と戻れないわ」

休憩室と称された部屋は、レオリオが負けた場合に長く時間を潰していた部屋だった。
部屋にはベッドや食事、テレビ、パソコンなどが用意されていて、とても居心地がよさそうだった。

「さて、どうする?」
「この部屋にどれくらいいるかは最初に決めておいた方が良いですよね」
「今すぐ出発してもいいんじゃねー?」
「でも、この先まだ二日以上あるぜ。他に休憩取れないとなると此処は慎重に……」
「カレンはどう思う?」

どうやら先ほどの試合などで、カレンの評価がただの非力な女の子ではなくなったようだった。

「うーん、休憩しても休憩しなくても、後で揉め事の種になりそうですよね。
この先道が険しくなるなら、疲労に襲われたときに“あのときもっと休憩しておけば”という考えが浮かぶかもですし、逆に時間が厳しくなったときに“あのとき休憩しなければ”って思っちゃうかもしれませんね」
「カレンは休憩するべきだと思うか? 体力的に、一番疲れているとしたら君だと思うのだが」
「そうですね……実はちょっと疲れてます。お言葉に甘えて、食事と軽い睡眠も考えて、12時間以内の休憩はどうでしょう?」
「賛成」
「俺も、いいと思うよ」
「じゃあ決まりだな。何時間にする?」

結果として、休憩は9時間に決まった。
先の見えない道のりを懸念する声もあったが、
カレンにしてみればレオリオが負けたことを考えれば痛くないタイムロスだった。
それ以上休みすぎるのは逆にストレスになるから止めたけれども。


「大切な人二人のうち一人しか助けられなかったら、カレンはどうする?」

食事をして、仮眠をして、雑談をしているうちに試験前の会場への道のりの話になった。
ちょうどキルアとカレンが一緒に会場に来て、
ゴン、クラピカ、レオリオの三人が一緒だったからだ。
『ドキドキ2択クイズ』のことを話したあと、ゴンがカレンに訊ねた。
カレンは少し考えて、言った。

「大切な人には絶対死んでほしくないよ。
一人を助けられるなら、きっと二人とも助ける方法もどこかにあるんだと思う。
勿論それはとっても難しくて、厳しい状況になるのかもしれないけど、
犠牲に出来る物はきっと他にあるもん。
大切な人を守るためなら……カレンは命を懸けられると思う」

その覚悟を決めた瞳は、あまりに真剣に前を見据えていたから、
ゴンも、二人の会話を聞いていたキルアも、クラピカもレオリオも何も言えなかった。
カレンははっと我に返って、微笑んだが、
近い将来、その言葉を実行しなくてはいけない予感がしていた。

9時間経ち、休憩室を出てからの道のりはやはり険しかった。
けれど漫画ほど急ぐ必要はなかったから、カレンはキルアに助けられながらなんとか進んでいた。
そして最後の選択が立ちふさがる……。

「先に言っとくが、俺は短く簡単な道を選ぶぜ」
「俺は長い道を選ぶよ。皆で合格したいからね」
「カレンはどうする?」

カレンは、此処で己のミスが生きてきていることを感じた。
だから何も言わず二つのドアに近づき、

「この『薄い壁』に遮られた道のどっちを選ぶかですべてが決まってしまうなんて、なんだか複雑ですね」

と言った。
ヒントの形は違ってしまったけれど、これで気付いてくれれば、と思った。
期待通り、ゴンは「そうか!」と声を上げた。

長く困難な道を選択し、壁を壊している間、さすがにカレンは戦力外だろうとされ、それを見守っていた。けれど壁は予想以上に中々壊れてくれない。この高い建物を支えるために頑丈になっているようだった。
四人は体力を消耗していた。カレンはカートリッジを空の物に代えた。

「微力ながらお手伝いしますよ」
「え?」
「いいって。命中率が凄いのはわかったけど、ただの銃じゃ弾痕がつくくらいだ」
「……でも、やってみてもいいかな」

カレンの念弾は、通常なら普通の銃弾より少し威力が劣るくらいだった。
そのかわり、ほぼ無限に発砲することが出来る。
発砲のときの音があまりに軽やかなことから、無限乱発(ダンシングステップ)と名づけていた。

けれど、念の威力は制約と誓約次第でいくらでも跳ね上がる。
オーラを込めて、例えば一日5発と決めれば……今日は他にも撃ったので4発になるが、
さっきとは比べ物にならない威力の弾が飛び出し、壁に損傷を与えた。

バン!バン!バン!バン!

「うわっ……」
「凄」

それから暫くして人が通れるくらいの穴を壁に開け、
五人は無事に三次試験を通過したのだった。


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