22.二次試験

正午になって、二次試験が始まった。内容は料理で、前半の課題は豚の丸焼き。
この世界一凶暴と言われる豚、グレートスタンプを捕らえて調理しなくてはいけない。
どうしようか、とカレンが悩んでいる間に、受験生たちは次々と豚を捕まえていく。
キルアやゴンも例外でなかった。

「ほら、カレンの分」

とキルアは涼しい顔で一頭の豚をカレンに引き渡した。

「え、いいの?」
「さっさと焼こうぜ、試験官の胃袋にも限界があるだろうし」
「……そうだね」

カレンは感謝して、鞄からオリーブオイルの入った瓶とブラックペッパー、ライターを取り出す。
グレートスタンプの背中に攀じ登って頂上からオリーブオイルをたっぷり垂らし、火をつけると豚が炎上して、都合よく外はパリパリ中はジューシーになった。
仕上げにブラックペッパーをかけて試験官の元へ持っていく。
当然結果は合格だったのだが、カレンは(豚の丸焼きって漫画では焼くだけの簡単料理ってことになってたし、カレンも今回そうしちゃったけど、本当は違うよね?)と思っていた。
実はカレンは自分が調理した『豚の丸焼き』をあまり食べたくなかった。

カレンは前半の合格を貰ってから、テンの姿を見つけた。
テンは謎の物体と一緒に試験官への長い列に並んでいた。

「テンちゃん、それ何?」
「何って、豚の丸焼きだろ?」

炭だった。原型もなかった。テンの家庭科の成績は1だった。
むしろ1という数字をあげたくないとさえ言われていた。
そう、家庭科の調理実習でのテンの前科をカレンは忘れていたのだ。

「ゴメンね、テンちゃん。本当にごめんなさい」
「どうした?」
「お願い。それ食べたらさすがのブハラさんでもお腹壊しちゃうと思うから、作り直そ?」
「や、きっと大丈夫だって!」
「テンちゃんそれ自分で食べられる?」
「美味そうだろ?」
「ゴメンね」

カレンは自分が作った豚の丸焼きに自信を持っていたわけではないが、まだ『食料』の範囲内にある分、テンのものよりはマシだと思う。
カレンに言われて、仕方なくテンはもう一匹豚を狩り、カレンがそれを焼き、そして人数的にギリギリセーフで合格した。

「くっく……方向音痴に料理音痴なんて、テンは本当に面白いねvv」
「うっさい!」

それから、試験も後半に移る。課題はスシだった。此処からがカレンの見せ所である。
カレンは再び鞄の中から必要なものを取り出した。小型だが性能の良いクーラーボックスだった。

テンは遠目から見ていて、カレンの鞄は四次元ポケットなのかと錯覚したが、実際は試験の内容を考えて事前に用意したものが入っているだけだ。
ちなみにそのテンは、この試験の結果を知っているのであまりスシを作る気はなく、ただ自分の料理の腕がそんなにヤバいのか確かめようと包丁を握っていた。

クーラーボックスの中に入っていたのは密封された魚の切り身だ。
こちらの世界でスシにすれば最も美味いとされている魚の、トロの部分だった。
カレンは早速調理に取り掛かる。

『買い物の街』の書店には料理関係の本もあったし、レストランも豊富で、その中にはスシ屋もあった。(さすがに回転寿司ではなかったが)
ホテルの部屋にはキッチンがついていたから存分に練習もできた。

カレンは、世界で五本の指に入るわけはなかったが、年齢のわりに料理はできるほうだと自負していた。
試験官のメンチも、ある心無き受験生に試験の核をばらされるまでは激情することもないだろう。
だからハンゾーより早く列に並んで、試食を受けた。
メンチは素人ばかりの受験生を侮っていたのか、まだ一つも口にしていなくて空腹だったのか、案外あっさりとキーワードを口にしてくれた。

「……美味しい」
「本当ですか!?」
「うん、勿論完璧じゃないけど、基礎を大切にしているし、丁寧だわ。
どうやって海水魚を手に入れたかはしらないけど、――合格!」
「やった〜!!」

カレンが合格したことで、他の受験生たちがスシとはなんなのかを問いに群がってくる。
黙々と作業をして、目立たずに試食してもらったから誰もカレンの作品を見ていなかったのだ。
主人公組も同様だったが、メンチに口止めをされたこともあり、カレンはただ困ったように曖昧な笑みを浮かべるだけだった。

「ヒントくらいくれてもいいだろ?」
「うーん……じゃあ、」

キルアに言われると、どうせ結果は変わらないよね?とちょっと決意が揺らいでしまう。
さっきのお礼もあってひそひそと何か助言をしようとしたそのとき、

「メシを一口サイズの長方形に握ってその上にワサビと魚の切り身をのせるだけのお手軽料理だろーが!! こんなもん誰が作ったって味に大差ねーーーーべ!?」

ある心無き、髪も無い受験生が叫んだ。時間切れか〜とカレンは残念がる。
その後、発言をしっかり聞いていた他の受験生全員が、スシを持っていくが……。
“味で勝負”するメンチの舌に勝てるわけも無く、試験は合格者一名で終了した。

「納得いかねーな!!これはハンター試験だぜ!? たまたま料理が得意だっただけの女が受かって他が落ちるなんて、料理人の試験じゃねーんだぜ!」

当然、文句をいう者がいた。そしてカレンもそれを承知の上だった。
ハンデがあり、自分が正当な方法で合格したとは思っていないし、キルアやゴンたちに此処で終わって欲しいはずが無かった。

ただ、再試験の内容を知っていたから、今の試験は全部無効にしましょうとはいえなかった。
だって紐無しバンジー、いわゆる飛び降り自殺。崖を上るのも"大変"という一言では済まない。
ベストなのはカレンは合格のまま、追試験が行われることだった。

「うるさいわね!試験官のあたしが課題を提示して、この子は合格したから受かり、あんたたちは出来なかったから落ちるの。何の問題もないわ!」
「なんだと!?美食ハンターごときに……!」

「それにしても、合格者一名はちと厳しすぎんか?」

遥か上空から聞こえた声に、会場全員の注目が集まった。
ハンター協会の会長であるネテロにその場をは仲裁され、その後、メンチも実演として参加する再試験が行われた。課題はゆで卵だ。
カレンは合格しているのでそれを無効とされず、テンを始めとする多くの受験生が合追加格した。
ちなみにテンは、クモワシの卵をカレンの分まで取ってきてやった。
今まで食べたことがない極上のゆで卵に、合格者たちは満足した。

尚、テンがスシと称して何を作っていたかを、カレンは知らなかった。
目撃情報に寄ると、受験生の中で最も酷評を授かり、見た目&悪臭で試食を拒否され、現場に居合わせた数人の視覚、嗅覚に甚大なる被害を与えたという。
そしてヒソカはその様子を楽しそうに眺めていたとか……。


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