20.試験開始!

「ステーキ定食・弱火でじっくり」を唱えてカレンとキルアは会場に入った。
いよいよだね、なんていいながらナンバープレートを受け取る。カレンが98番、キルアが99番だった。
カレンは会場内を見渡してテンを探したが、それらしき影は見受けられなかった。
人数は百人足らず。ヒソカの受験番号(44)からいって、一緒に来たなら既に到着しているはずである。
現にヒソカの姿を見つけることは出来た。

「もしかして連れてきてくれなかったのかな……」

たしかにヒソカには約束を守る義務がないけれど、一度了承してくれたからには実行してくれてもいいように思う。
嘘つきだとは知っていたけど、あまりにも酷すぎる。

もしくはテンが拒否したことも考えられる。
そういえば、いくら占いの結果に舞い上がっていたとはいえ、断りもなくメッセージだけ残してきてしまったのは悪いことをしたかもしれない。
ハンター試験は“テンちゃん”にも有益だと思うのだけど。
蜘蛛には“シャルさん”を通して謝罪をし、後れて許可も貰っている。
ああ、怒っている、もしくは心配させちゃったかな。

でも、あのときたしかにカレンの精神状態は不安定だったのだ。
あのまま一人蜘蛛のアジトにいて、正気を保っていられた自信もない。

カレンが難しい顔をして悩んでいる隣では、トンパと名乗る男が馴れ馴れしく近づいてきて、二人に缶ジュースを勧めていた。
キルアはそれを二人分受け取り、プルタブを引いて一気飲みした。
カレンは考え事に没頭して気付いていない。

すると、カレンはヒソカと会話する人物の存在に気付いた。
灰色がかってボサボサな黒の髪に黒い瞳と、漫画では見覚えのない容姿をしている。
カレンはすぐにひらめいた。テンちゃんに会ってくるね!とキルアに断ってその場を離れたのである。


テンは胸に45番というプレートをつけて会場内にいた。
いよいよその日がやってきてしまった。
カレンのことが心配で早く会いたいという気持ちの反面、どんな顔をして会えばいいのかわからなかった。
今まで自分はどんな顔で笑っていただろう?演技ではなかったからこそわからなかった。
そんな心情と、己の心を保護する仮面を被るためにテンは変装していた。
それでも、カレンなら見つけてしまうかもしれないという予感もある。

現在、複雑な心境と、それゆえの寝不足と、鬱陶しいヒソカと行動を共にしたことでテンのストレスは最高潮に達していた。
この世のすべてが癇に障る状態である。
今話しかけられれば誰であろうと、どんな内容であろうと食って掛かりたくなる。
その恐ろしい雰囲気はトンパが声をかけるのを躊躇うほどだ。
けれど少女は何の気負いもなく微笑んだ。

「テンちゃん!」
「カレン……!」

その笑顔はまるで一輪の花。
気まずい出来事は何一つなかったかのようだし、此処が汗臭いハンター試験の会場ということも、自分たちが生まれ育った世界でないという事実さえも忘れさせてくれそうだ。
すべてが当たり前で、幸福そうな微笑み。間違いなくカレンだった。

「よかった〜来てくれたんだね」
「ああ。カレンこそ、無事でよかった」
「もう、テンちゃんは心配性だね。大丈夫、カレンは一人で来たわけじゃないから。キルア君、後で紹介するね?」
「……ああ」

テンはその発言に何故か心が痛んだが、自分に追究しようとはしなかった。壊れるのが怖かったから。
カレンも心についた無数の傷を隠すように微笑み続けた。

「ヒソカさんも、カレンのお願いを聞いてくださってありがとうございます」
「気にしなくていいよ◇ 僕も色々と楽しかったからね◆」
「……」
「そういえばテンちゃん、団長さんたちは何か言ってた?」
「いや、何も」
「そっか」

それから二人は当たり障りのない会話をいくつか交わして、カレンは笑顔を崩すことなくその場を離れ、キルアの元に帰ってきた。

「ただいま、キルア君」
「……お帰り」

ここ数日一緒に過ごしたおかげで、キルアはカレンの言動を大体掴んでいた。
朝にはおはよう、夜にはおやすみ、あと頻繁にありがとうと絶対に笑顔で言うから、返してやれば更に幸せそうにする。

「ジュース貰ったけど、飲む?」
「ふふ、遠慮しておくね」
「あ、やっぱり知ってたんだ」
「うん。新人潰しのトンパさんって言ってね、有名なんだ」
「へー……」

カレンの情報収集能力はキルアも一目置いていた。
他にも、違和感なく使い込まれた銃を常に携えているなど、外見に反して中々の曲者だと思っていた。

「それにしてもさ、“テンちゃん”って男だったんだな」
「え? あ、うん。そうだよ」

実際にはテンは女だが、折角の変装を勝手にばらしていいかわからないし、今回は衣装やメイクでなく念能力を使っているようだから尚更キルアに真実を言えなかった。
それによって何故かキルアが不機嫌になっても、どうしようもなかったのである。

首を傾げながら、そろそろ会場内に人が増えてきたことを感じて、一次試験で使用するためのインラインスケートに履き替えたのだった。
ちなみにこのインラインスケート、ただのインラインスケートではない。
多少の小道具では数十キロ、数百キロの距離を走り通せないからだ。
これを買うためにわざわざ『買い物の街』まで行ったといっても過言ではない。

どれほど有能かと言うと……。
まず履き心地が良い。軽くて、動きやすくて、バランスが取りやすくて、靴擦れとは無縁だ。そのわりに丈夫で、何十年でも使い続けられるだろう。
それから加えた力が何倍にも跳ね上がるから、少しの力でスピードを出せる。この機能は強・中・弱の三段階に変化させられる。デザインは可愛らしい花柄。

そして決め手が自動回転機能。電動自転車と同じだ。
何も力を加えなくても、この場合はただ立っているだけで、バランスを取れば進んでくれる。楽々だ。
速さは5段階あるが、時速何キロの数値を入れることもできる。
なお、それらの操作は本体の側面についている液晶画面か小さなカード式リモコンで行うことができる。

カレンがその無敵のアイテムを装備し終わる頃には、会場内は相当の人で埋め尽くされていた。
人数を確認するために最も大きな数を背負っているプレートの持ち主を探した。

「あ、」

そこにはトンパに声をかけられている三人組がいた。
あまりにも見慣れた、印象の深い、だからこそ新鮮に感じる三人。

(うわあ……! 凄い。ゴン君はさすが主人公だよね。まだ念の才能が開花してないのに纏ってる量が普通の人より多いし、何よりも素直そう。
ビスケさんがダイアモンドの原石って形容したのがわかる気がする! あ、キルア君はサファイアだったよね)

そのときある悲鳴が響き渡り、会場内の注目を集めたのだが、思考に囚われているカレンは気付かない。

(クラピカさんはやっぱり綺麗だなあ……。カッコイイんだけど、綺麗。女の人だと思っちゃうのも仕方ないかもしれない。それに瞳の色が深い……あ、コンタクトだっけ。でも緋の目はもっと綺麗なんだろうな。少し見てみたいかも……)

その中心はヒソカだった。腕を切り離された男は苦しみ悶えている。テンはそんな様子を見て叫ぶ。

(レオリオさんは……うう、十代には見えないね。うん、大人っぽいってことにしよう! 貫禄があるとか。お医者さん志望だけあってあの鞄の中には医薬品が沢山入ってるのかな? 優しそうだし、頼りになりそうだし、良いお医者さんになるといいな)

「ヒソカ!お前此処では問題起こさないってさっき約束しただろうか!」
「そうだっけvv」
「んのヤロ……」

どか、と鈍い音が響いた。そして骨が砕けるような嫌な音も。テンの拳はヒソカには当たらず、被害者である男に当たった。

「、避けんなよ! 殺しちまっただろ!?」
「それはテンが馬鹿力だからだよ◇」

(うん。大丈夫、何も聞こえない聞こえない)

カレンは地下の天井を仰ぎながら現実逃避をした。
刹那、大きなベルの音が響き渡った。

「これよりハンター試験を開始いたします」


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