「お会計はカードでよろしいですか?」
「はい!」
カレンとキルアは『買い物の街』と呼ばれる、
街全体が大きなショッピングモールになっている場所に来ていた。
マニアに大人気の希少品や限定品、ハンターが好むような珍しいものは置いていないが、
様々な専門店が立ち並び、適度に大量生産されているものならば大抵は揃うといわれている。
カレンはハンター試験に臨むにあたって、思いつく限り役に立ちそうな物を買うつもりだ。
折角内容を知っているのだから、これを活かさない手はない。落ちるのは嫌だから。
ハンターになることができれば、自分の力で生きていける。
一人前の証拠だし、ホテル代が無料だから住むところに困らないし、何でも屋の仕事だってはかどるだろう。
(というか、今までハンターライセンスなしに情報屋の仕事をしてきたことが驚きだ)
自分の足で歩かなくてはいけない。自分の力で。
この世界で、弱いままでいることなんか出来ない。
カレンが買い物ワゴンをいっぱいにしてホテルに戻ると、
(この街では買い物ワゴンを街中ならどこに運んでも良い)
ちょうど自分の買い物を終えたキルアに会って、買いすぎだと笑われた。
ちなみにキルアの部屋はカレンの部屋の隣で、二人の部屋はそれぞれ上等な個室だった。
金はカレンが出している。
「キルア君はスケボー買ったんだ」
「そう、これメチャメチャいいぜ。軽くて丈夫」
「ふーん」
他に買った物を見せてもらうと、殆どがお菓子だった。
そして、細かく説明しながら、いつくかをカレンに分けてくれた。
カレンは律儀にありがとう、と言って笑った。
夜はカレンが手料理を振舞った。
朝も昼も外食で済ませてしまうから、せめて夜だけはというカレンの希望だった。
キルアは『うちの料理長』より美味いと、心から褒めた。
当然、その食事に毒なんて入っていない。
食事が終わると、キルアは部屋に帰っていった。
一日中お互いがどこで何をしているのか全く知らなかったし、干渉もしなかった。
キルアが帰ると、カレンは銃や念の修行をしたり、購入したばかりのノートパソコンを開いて、ランレイの情報系の仕事をした。
この街に来てからもう一週間ほどになる。
そういえば、ネオンの占いも次の連に入るところじゃないだろうか。
そう思って、ケータイに保存していた文章を取り出す。
一度に先を見てしまうのは実感が湧かなくて勿体無い気がした。
『 その翼はナイフより鋭い諸刃の剣
羽ばたくたびに傷つく鳥を
貴女は見守らなければいけない
銀色の鳥に空を示すことしかできない 』
「またキルア君のことだ」
他の文章から見て、鳥とはキルアのことを指している。
そして、ナイフより鋭い、という言葉も理解できる。
だって大の男たちを数秒で殺してしまうほどに強いから。
けれど、『諸刃の剣』や『羽ばたくたびに傷つく』という箇所は嫌な暗示だった。
キルアが完全には自由に成れていないことを示しているように思う。
貴女は見守らなければいけない、とあるから、今カレンにどうにかできるような簡単な問題じゃないんだ。
自分に出来ることをするしかない。
空を示す……空は広い世界や自由を連想させるから、カレンはハンター試験の会場に連れて行って、主人公と出会わせれば良い。
きっとそれがカレンの役目だ。
彼がキルアに自由を教えるだろう。彼はキルアの大切な人になりえるだろう。
自分の存在価値を問いただしてはいけない。そんなものはどこにもないから。
ただ、誰かのために、なんてエゴで生きていれば良い。笑っていられればいい。
今は試験のことだけ考えよう。
それから、試験会場で会うだろう“テンちゃん”に笑いかける練習でもしておこう。
それから、カレンはきりのいいところで仕事を止め、シャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。
けれど、あまり寝付けなかった。
何故かあの占いの文章とキルアの顔が何度も浮かんで、消えた。
なにか重要なことを見落としている気がしてならなかった。
深夜になって、カレンは水を一杯飲もうと起き上がった。
備え付けのキッチンでコップを手に取ると、廊下から静かな足音が近づいてくるのが聞こえてきた。
この階の行き止まりの部屋がキルアの部屋なので、カレンはキルアが外出していたのだと思い、声をかけようと廊下に出た。
「キルアく……」
血塗れのキルアを見るのは二回目だった。
特に右掌は、塗りつぶしたかのように真っ赤だった。
「カレン……」
キルアはカレンが起きていたことに驚いたようだった。
そして、苦い顔をして部屋に戻ろうとした。
「待って、どうしたの?」と引きとめると、小さく呟いた。
「俺は結局、人殺しなんだよ」
キルアはそういってドアの中へ消えたが、カレンは動くことが出来なかった。
カレンは、人を殺したことがない。
キルアは人を殺した。幼少の頃から、仕事として。
家を出るときには母親と兄を刺した。
そしてカレンと出会ったときには、醜い男たちを殺したが、カレンを助けるため、という大義名分が成り立つ。
カレンは直感で悟ってしまった。
きっとキルアは、理由もなく殺してしまったんだ。漫画の中の、あの飛行船のシーンのように。
だって今までは日常的に行ってきた行為だから、急には変われなかったんだ。
そして占いの文章の真意を理解する。
諸刃の剣、それは人を傷つけることで自分も傷つくということ。
キルアが自由になろうとするほど、自分と闘わなくてはいけないということ。
そして……。
『羽ばたく』という表現が自由を求めるという意味なら、キルアはそのたびに傷つくのだろう。
カレンは見ていることしか出来ない。
空を示す、それは空を指差して、「飛べ」と言うこと。
飛ぶには、羽ばたかなくてはいけない。傷つかなくてはいけない。
それでも、「広い空へ飛び立て」と、言わなくてはいけないんだ。キルアが自由を手に入れるために。
「カレンはそれしかできないのかな?」
出来ることなら誰にも傷ついて欲しくないと願うのに。
自分なら、いくら傷ついてもいいと思うのに。
カレンは大切な人が傷ついて、その傷を眺めていることしか出来ない。
涙が溢れた。明確な悲しみだった。
キルアに出会ってから、泣くのはこれで二回目だ。
唯一の救いはその涙を誰にも見られていないことだけれど……。
泣くなら、最初から近づかなければ良い。けれど自分で選んだ。
泣いたって何も変わらない。だから、泣くのはこれで最後にしよう。
まだ何も始まっていないのだから。
カレンは涙を拭って、部屋に戻った。
ベッドに入ると、泣きつかれた瞼はすぐに落ちてくれた。
翌朝、カレンは何事もなかったかのようにキルアの前に現れて、「おはよう」と微笑んだ。
キルアは昨日の出来事が幻だったのかと錯覚を起こしたが、すぐにカレンの目が少し赤いことに気付いた。
「はよ」
「ねえキルア君、今日はカレンの買い物に付き合ってくれないかな?」
「……いいけど」
どうせ買いたい物は大体買ったから、
あとはゲームセンターなどで不毛な時間を過ごすだけだった。
「本当!?やった、ありがとう」
「なあ、」
「じゃあ早く行こう!」
キルアの言葉を強引に遮って、カレンはキルアの手を取った。そう、昨夜最も血塗れていた右掌を。
キルアは驚いてカレンを見る。カレンはただ微笑むだけだった。
「そういえばね、移動するのは一週間後でいいかな?」
「試験会場に?もう調べてあんの?」
「うん。やっぱり当日はザバン市に一泊してからの方がいいでしょ? もうホテルの予約もしてあるんだ」
「いいと思うぜ、それで」
「よっか、よかったぁ……。試験、頑張ろうね」
「落ちるなよ」
「うん、頑張る!」
知らない間に、キルアの顔にも笑みが戻っていることにカレンは安心した。
そして、出来ることならこの手を離したくないと思うのだった。