17.心の導き

「……ヒソカ、練習に付き合え」

テンのその言葉に周りが目を開いて振り返った……。

「テン、どしたか?何か変な物でも食べたか?」

一番にフェイタンが近づき、皆が思う疑問を問いかける。前まで触れるどころか半径30メートル内に来ることさえ嫌っていったテンが、その本人に近づいた上服を掴んでいる。

「……どういう風の吹き回しだい?」

言われた本人も驚き半分訝しさ半分で問いかける。しかし、テン本人は真剣で、

「体術の特訓で思いついた相手がお前だったんだ」

と言う。それに、周りの時が止まる。そして、目で『どうして?』と訴える。それが伝わったのか軽く引きながら、

「まず、ここにいるフェイタン、絶対『これよけれなかたら拷問ね』といって拷問してきそう。次、ウボォーとフィンクスは加減が無理だと思うし、
シャルは体術のイメージないし。次、クロロ嫌。そうすると、」
「待て!」

一つ一つ何故他の人が選ばれなかったのかを丁寧に説明していると、クロロの静止がかかる。
それに、不思議そうに首を傾げながら、問いかける。クロロは軽く慌てた顔で、言い返す。

「どうした?」
「『どうした』じゃないだろ!俺のその理由は何だ?」

それに、『何慌ててんだ……?』といった目で見、

「何って……、お前スパルタじゃん。いや、こいつもスパルタそうだけど、お前のスパルタはむかつくんだ。涼しそうな顔して、本読みながらの相手……。苛立ってきてしょうがない」

とあの時の訓練を思い出す。それに、フェイタンは『それなら当たり前ね』と言った目でクロロを見ている。

「そうすると、残るのはヒソカだろ?なら、ヒソカに頼む。それだけだ」
「んー、それは嬉しいんだけど、ボクこれから私用があるんだよね◆」

テンの言葉にヒソカは残念そうに呟く。それに、『はぁー?』と叫ぶ。
『バイバイv』と笑いながらヒソカは去っていった。それと、入れ違いに二人が入ってくる。

「あいつまた何処行くの?」
「あれ、その子誰?」

大人女性と眼鏡の女性……。パクノダとシズクだ。その二人にフィンクスとウボーは、『よぉ』と声をかける。

「パクとシズクか。お前たちがいない間に拾った奴だ」
「初めましてテンです。どっちがどちらですか?」

ボロ出す前に、テンは名前を問いかける。その様子に一部、『久しぶりのテンの敬語だな……』としみじみと呟く。
それに気づかず、二人ともそれぞれ自己紹介をしてくる。

「私はパクノダで、こっちがシズクよ。よろしくね」
「よろしくお願いします」

二人の挨拶にテンは嬉しそうに握手を交わし、久々の同性の会話を堪能する。

「パクノダさんにシズクさん、よろしくお願いします」
「呼び捨てで構わないわよ、テン」
「わかり……わかったよ」
「其処までで一旦いいか?」

久々の華にテンが癒されていると(ただ会話しているだけ。)クロロが口を挟んでくる。思わず小さく舌打ちが鳴る。

「パク、こいつの記憶を読んでくれ」

その言葉にテンは、自分の立場を思い出す。ここに馴染んでいたと思っていたが、実際は余所者であり、警戒に値する存在なのだと。

「テンは蜘蛛に馴染んでるように見えるけど違うの?」

シズクの問いかけに思考が止まる。クロロが答えようとするが、

「そうね。テンは十分な力持てるよ」
「別に調べる必要ねぇーじゃねぇか。強ぇーんだし」

フェイタンとフィンクスの言葉が遮るように発せられる。周りの皆も頷いている。
自分に向けられる優しさ……。少し心の奥が暖かくなるのを感じた。なぜかはわからない。
この優しさは俺だけに向けられてカレンには向けられてなくて……。
そんな優しさならいらないと自分では思っているのに、心は冷めるどころか暖かく感じる。意味がわからない。

「テン、どうしたんだ!」

クロロがテンを見て驚きの声を上げる。周りもテンを見てぎょっとする。テンは周りが何に驚いているのかわからず首を傾げる。

「何、泣いているんだ?」
「……えっ」

テンはクロロの言葉の意味がわからず、泣いているはずのない目に触れれば、指が濡れる。
なんで自分が泣いているのかわからない。嬉しい?違う、悲しい?これも違う。

「テン、大丈夫か」
「どうしたんだ……?」
「……んで、」

近くにいるフェイタンとクロロが心配そうに声をかけてくる。周りも声は掛けてこないものの、心配そうに黙って見ている。
なんで、そんな目で見るんだよ。普段みたいに何しけた面してんだとか笑えばいいのに……。
興味なさげに、不思議そうにしてればいいのに、なんでこんな時に誰一人そんなことをしない。
なんで、こんな無言の時間に耐えられるんだ。俺が喋るまで待つな。
まるで、家族みたいじゃないか。俺が望んだ、欲しかった居場所……。
そんなこと、認めたくなかった。
再び涙が溢れる前にテンは、自分の部屋へ走っていく。クロロが呼び止めた気がするが、聞こえなかった振りをしてテンは自分の部屋に逃げ込んだ。




「……テン、ちょっといいかしら?」

数時間後、クロロから教えられ、テンの部屋に行くパクノダ。パクノダがノックするも無言のまま。だが、中には気配がある。
パクノダは肯定も否定も示さないテンの部屋に遠慮がちに入れば、ベッドの上にテンがいた。顔を伏せていたが、パクノダが入ってきたことにより上げた両目が赤く、腫れている。
今の今まで泣いていたのだろうか?

「……どうしたんだ?パクノダ」
「何も言わず去るから皆心配してたわよ」

テンの質問に優しく答えるパクノダ。それに、テンの顔が辛く不安げに歪む。不思議に思ったパクノダは手を伸ばし、記憶を読もうとする。

「辛いんだ……」

ぽつりと話し始めたテンにパクノダは触れかけた手を引っ込めた。話し始めたのなら、無理に記憶を読む必要はない。

「カレンに向けられなかったあいつらの優しさとか心配とかが辛い……。なんで、俺に向けられるのかわからない。わからないのに、心の奥はなんだか暖かくて、でも頭は望んでいなくて……」

あまりまとまりのない言葉から伝わる戸惑い。パクノダは静かに近づき、テンの隣に座る。そして、そっとテンの肩に触れる。テンは一瞬体を強張らせたが、抵抗はしなかった。

「あなたはカレンという少女とここでどのようにして過ごしたの?」

テンはパクノダの質問に対し、言葉を返さず沈黙する。パクノダの頭の中にその時の記憶が流れ込む。
テンの横で明るく微笑む少女。彼女はずっと笑顔だった。『発』を見せ酷評を受けた後も、彼女は笑顔でいた。
パクノダはゆっくりと肩から手を下ろす。テンはパクノダを見上げる。

「彼女にこの世界は合わない。出て行って正解だわ」

パクノダの第一声にテンは大きく目を見開いた。小さく口を動かすも言葉は出てこない。パクノダは言葉を続けた。

「ここは強い人が生き残り、弱い人は死ぬ世界。今まで運良く無事だったかもしれないけど、ずっとそうとは限らない。近い未来死んでいたかもしれないわ」
「俺が」
「あなたが守るから大丈夫だとでも言うの?確かに、あなたの才能は凄いかもしれないけど、実践も実力も他の蜘蛛のメンバーには敵わない」

パクノダの言葉にテンは口を開くも何も出てこない。事実だった。守る守ると言っても、結局テンはカレンを守れていなかったのだ。パクノダは更に言葉を続ける。

「それでも彼女を守りたいと思うならあなたは強くならなくちゃいけない。あなたはまだ守られる側の人間よ。彼らからの優しさも心配も受け取りたくないなら強くなりなさい。
あなたは蜘蛛に好かれてるんだから、彼らがあなたが強くなるために様々な手引きしてくれるはずよ」

パクノダは立ち上がり、扉の方へと歩き出す。その背中にテンは問いかける。

「利用しろってことか……?」
「今は受け入れなさいってこと」

テンの言葉にパクノダはそれだけを言うと部屋から出ていった。
一人、部屋に残されたテンはパクノダの言葉を反芻し、立ち上がった。
先ほどまで悩んでいたことなど忘れた。今のテンの気持ちはとても晴れやかなものだった。




「クロロ、稽古ー!」


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