16.銀色の鳥

カレンはパドキア共和国に到着するとすぐにククルーマウンテンに向かった。
ネオン・ノストラード嬢の占いは週単位だから、一週間前後この国に滞在することになるかもしれない。
長旅の疲れもあり、今すぐ向かわなければいけない理由もなかったが、どうしてもカレンはまずその場所を目にしたかった。
どこかで焦っていたのかもしれない。逆に、焦りたかったのかもしれない。
きっと自分の行動の意味を考える前に到達したかった。

しかしカレンは忘れていた。
この世界で買い物以外に外出するのはこれが初めてだということ。
買い物にいくときでさえ抱いていた警戒心。
ククルーマウンテンに集まってくるような男たちの性質。
傍から見てカレンはあまりに非力で、恰好の獲物であることを忘れて、何も考えずに一人、桃色のワンピースで山道を歩いていた。

そんなわけで、カレンは複数の男に行く手を遮られて困っていた。
口々に定番の文句を並べられ、腕をつかまれたりした。
小柄なカレンにとって、それは恐怖以外の何物でもなかった。

「テンちゃん……」

無意識に呟いてしまって後悔した。今までならきっとテンが助けてくれていた。
けれど、今はいない。
自分が勝手に出てきてしまったから、独りだ。自分は、一人では何もできないのだろうか?
努力をしてきた。それは取り巻いてくれる様々な安心があったから。
テンが傍にいてくれたから。
いよいよ泣き出しそうになったカレンを、男たちはそのまま連れて行こうとした。

逃げなければいけない。何のために銃を持っているのか。撃たなければいけない。
撃つなら全員でなければいけない。一人でも残したら、逃げ切れないから。
何のために銃を練習したのか、何のために念弾を撃てるようになったのか……。
そう思っても、身体が動こうとしなかった。
カレンの脳裏に屈辱と死の予感がよぎって恐怖に染まる。

しかし、突如としてカレンの腕を掴んでいた一人の男が、短くうめき声を上げて倒れた。
見れば、その胸の辺りにはじわりと血が滲んでいた。カレンは悲鳴を上げた。
他の男たちもどよめき、そして次々と倒れていった。
カレンはわけがわからなかった。その声を聞くまでは。

「あんたさ、なんでそんな格好で山道歩いてんの?」

その方向に振り向いて、やっとカレンはその存在に気付いた。
銀色の髪、血塗れたシャツ、凛として、どこか冷たい瞳。
キルア・ゾルディックが其処に立っていた。

カレンは咄嗟のことで、驚きのあまり声が出なかった。
キルアはそれを“恐怖”と取ったのか、
(何故ならキルアは血塗れで、たった今殺人を犯したからだ)
何も言わずに、諦めたような目をして、踵を返してその場を去っていった。
カレンは数秒間その後ろ姿を眺めていた。
なぜか涙が流れた。それが歓喜なのか、恐怖なのか、悲しみなのかわからなかった。

それからカレンは必死でキルアを追いかけた。
そして麓のところでやっと追いついてから、涙を拭い、いつものように笑顔で言った。

「さっきはありがとうございました。おかげで助かりました。何かお礼をさせて下さい!」

キルアは少し驚いていたが、カレンに昼食を要求した。
山から遠ざかり、街で服を着替え、二人は手ごろなファーストフードの店に入った。

カレンは自己紹介をして、情報屋をしていること、その仕事でこの国に来たこと、
そして観光名所であるゾルディック家を一度目にしようとしたことを、キルアに話した。
当然、真実は最初の一部だけである。嘘を付くことは気が引けたが、様々なことを考えた場合、話せる事実はそれだけだった。

それから、「キルア君は?」と尋ねた。どうしてあの場所にいたか、という質問に掛かる。
家出してきたんだ、と今度はキルアが話を始めた。
カレンがゾルディック家を知っていて、キルアがその家に属していることは既に前提である。
溜まっていたストレスのはけ口を探していたのか、カレンが自分に近い年齢で、明らかに弱者だからか、キルアは様々なことを話した。
親にレールを敷かれて、とか、母親と兄貴を刺したとか、大体がカレンの知っている内容と一致した。
カレンも家出中のようなものだ と伝える。

占いを知っていたとはいえ、まさかカレンも、キルアが家出した日にあのタイミングで出会えるは思っていなかった。
そして、赤と共に男たちが倒れていく光景と、キルアがさっきまで着ていた血塗れの服を思い出し、目の前のキルアを見て、すべてが現実であることに少し身震いをした。

しかしカレンは少し肌寒い振りをしただけで、それをキルアには悟らせない。
自ら望んで逃げ込んだ結果、此処にいる。すべては自分が望み、招いたことだからだ。

カレンは『貴女は道端の花になって 道を示してやるとよいでしょう』という占いの一節を思い出した。

「キルア君はこれからどうするの?」
「さあ? とりあえずこの国を出て、金を稼ぐために天空競技場でも行くかな」
「天空競技場かあ……」
「家出したからには資金が必要だからさ、少なくともこの国にいたらすぐ家の奴らに見つかるし」
「あ、そうだよ! じゃあ今すぐ飛行船のチケットを取らなきゃ」
「今すぐ……って言っても、今日の予約はいっぱいだったから」

国境くらい自力で越えられないこともないが、キルアはあまり急ぎたくなかった。
折角家から開放されたのだ。この先は自由な時間で溢れている。
幸い、現在長兄イルミや当主である父シルバなどは仕事で暫く屋敷に帰らない。
使用人と、負傷した次兄ミルキと母などは恐るに足りなかった。

そんなキルアの思惑は無視して、カレンはケータイを取り出し、異常な速度で作業を始めた。

「待ってね、今予約に割り込むから」
「は? お前そんなことできんの?」
「うん、大丈夫。カレンこういうの得意だから。あ、繋がった繋がった」

キルアは呆気に取られていた。カレンが、“情報屋”だと名乗った意味がようやくわかった気がした。

「ところでキルア君、行き先は天空競技場じゃなくてもいい?」
「いいけど、じゃあどこにすんの?」
「ハンター試験! 一緒に受けてみない?」
「ハンター試験?」
「そう。カレン、ライセンスが欲しいんだけど、一人じゃ不安なの。さっきも助けてもらっちゃったしね。試験会場まで、費用とかは全部カレンが持つけど、どうかな?」
「ハンター試験って、超難関なんだろ? お前受かるのかよ」
「キルア君は大丈夫だよ。カレンは……頑張るから。事前の準備はちゃんとするし、テンちゃんって友達も一緒に受けるんだ」
「へえ……まあ、その鞄の中に入ってる物ちゃんと使えばマシなんだろうけど」
「え?」

キルアはカレンの銃を指していった。

「それ、相当使い込まれてるよな。何でさっきのヤローを撃たなかったのか知らないけど、折角ならいつでも取り出せる場所に装備しないと意味ないぜ」
「う、うん」
「俺、受けてもいいよ。どうせ暇だし」
「本当!? じゃあ早速登録するね。あ、そろそろ出発するとちょうど飛行船の時間に間に合うかな?」
「……マジで予約割り込んだんだ」

こうして二人は揃ってハンター試験受験を決めたのだった。


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