13.すれちがう道

あの時の蜘蛛のカレンの扱いと自分の扱いの違いを見せられ、正直驚いた。
どうして、こうも念能力の派手さや努力によって、違うのか……。
本来であれば、日々努力をして、自立できるようと一人頑張っていたカレンが好かれるべきであって……。
トリップの特典のような基礎体力等の向上に頼って、更には蜘蛛に頼り切っている俺が好かれちゃいけないはずなのに……。

「テン?どうしたか?」

フェイタンの心配げな声。テンのいつもと違う様子に気がついたのか声を掛けてきた。
しかし、テンにとっては辛い心遣い。テンは、いつも通りを装って、

「なんでもない。フェイタンこそ何か用か?」

フェイタンの声には気づいていない、気にしていないような様子に見せる。
その様子に、フェイタンは少し間をおいて『何も無いね』と言って去っていく。
どうしてその優しさをカレンに一欠けらでも分けてやれないのだろうか……。
一人にしか与えられない優しさを俺に押し付けるのだろうか……。
重すぎる蜘蛛の優しさ……。もう、気づいてしまったからには彼らに壁を感じる。
俺はあれから、彼らと喋ることがつらい……。だけど、それを彼らに見せてはいけない。
どうせ、なぜと聞かれるだけだ。自分自身で理解はしないだろう。
ベッドに身を投げ、目を閉じる。俺がここにいるのはカレンのおかげ。
あの時狭い鳥かごから出してくれた光のおかげ……。

「……あいつを、守りたい。守らなくちゃ」

テンは、小さく呟き、そのままシーツを被った。一瞬、テンの頬が光ったのは気のせいか、涙なのか……。


「んじゃ、カレン行ってくる。気をつけろよ」
「うん。テンちゃんも気をつけてね。と、言っても多分どうせ買い物に付き合わされるだけだと思うけどね」
「何か、思うだけでも大変な仕事だな……」
「頑張って!」

早朝、テンはカレンと共に、飛行船乗り場にいた。蜘蛛たちには、2週間自主訓練に行ってくると言ってある。あっさりOKは出た。
それを思い出したテンは、胸が軽く苦しくなりつつ、カレンを抱きしめた。

「きゃ、テ、テンちゃん?」

テンの急な行動に驚きながら、どうしたらよいか悩んでいる。

「……ゴメンな」
「えっ」

テンの小さな呟きはカレンに聞こえるわけは無く、ただただ周りのざわめきに消えた。
テンはそれを呟くと、カレンから離れ、飛行船へ乗り込んだ。さっきまでいた乗り場が小さくなっていく。

「……そういや、2週間も離れるなんてカレンに出会ってから初めてだよな……」

テンは、窓を見ながら小さく呟いた。



「お前が、何でも屋ランレイか?」

屋敷に着くと、大きな男、名前はダ、……ダルツォオネ?なんかそんな感じの奴に問われた。俺は、別に気にせず、

「……ああ。レイだ。依頼内容を詳しく聞きたい」

淡々と目的を問う。

「ただのボス護衛だ。ついてこい。ボスに会わせる。俺は護衛団リーダーのダルツォルネだ。よろしく」

と自己紹介してくる。……おしかったな。

「ここだ」

しばらくして大きな扉がある所に連れてこられ、其処の中へ案内される。
其処に、ボス―ネオン・ノストラードがいた。ネオンは、俺を見ると、

「新入り?わぁー!ねぇ、何して遊ぶ?」

漫画の初登場シーンを無視し、大きな声でやってくる。それに、知っていても多少驚く。

「え、あ、俺の……あ、私の名前はレイ。2週間貴女の護衛を勤めさせていただきます」
「レイね!よろしく!あ、私はネオンだよ!ネオンって呼んでね!」
「ボス、護衛とはいえ新入りです。あまり仲良くされない方が……」
「五月蝿いなぁ!私の勝手!ね、レイは、何が好き?」

思った以上の迫力にテンは戸惑いながら、とりあえず自分と相手が楽しめそうなことを考える。

「え、えーっと、と、トランプ?かな……」
「トランプね!今から私の部屋で一緒にしよ!」

ネオンの早口に押され、ネオンに流される。それに、慌てて流されないようにしようとも、流れを戻す暇もなくネオンに連れて行かれた。

『テンちゃんも気をつけてね。と、言っても多分どうせパシられるだけだと思うけどね』

カレンのあの言葉が今一度頭の中を駆け巡った……。


「あ、今度はあの服買いたい!あー、このワンピ可愛い!ねね、このマニュキアどっちが可愛い?あ、リップもある!レイはどっちが似合うと思う?きゃぁー……(etc...)」

護衛一日目で、テンは精神的疲労を味わっていた。今まで行ったことの無い香水店や女性服専門店、
永遠に行くことの無いと信じきっていた化粧品売り場からブランド店……。その状況を上げたらキリが無い。
テンは、魂が抜けそうな顔で、ネオンに付き添っていた。護衛だから敵と戦い、普段は武器を磨いたり、何時戦闘が始まってもいいように、食事・睡眠を規則正しく取る……。
これが、テンの中の護衛像で、それは、見事に砕け散り、跡形も無く、風にさらわれていった。
全部が全部こんな状況と言うわけでもないのだが、今のテンにそこまで考える余裕は無い。
普段のテンならば、買い物も全部ぱっぱと終わらせるため店に2,3時間いない。なのに、ネオンといるだけで余裕で3〜5時間以上いる。いくら時間があっても足りないの当たり前である。

「……つらい」

テンは、そんな弱音を吐けずにはいられなかった……。ネオンには聞こえるはずも無く、

「あー、今度あっち行こー!早く早く!きゃぁー!この靴可愛い!」

テンの精神的疲労を詰め込むだけ詰め込んでいた……。


二週間……。テンの護衛はネオンの買い物に付き合うだけで戦いなど一切無かった。テンにとってそれは限りなく長く感じられた。
何せ、二週間中、二週間がネオンとの買い物に付き合わされ、夜は夜でネオンの遊び相手として、夜更かしをしまくっていたのだ。
もう、テンの身体は精神的だけでなく、肉体的にもふらふら状態だった。

「いーやーだー!レイともっと遊ぶのー!」
「我慢してください、ボス。レイとは今日限りで契約が切れるんですから……」

ダルツォルネは、ネオンの説得に頑張っている。そこに、テンは眺めつつ、

「・・・ネオン、携帯番号かアドレスを教えてくれ。また、遊びに来るから」

と、脇役とはいえ、蜘蛛によって殺されるのだから生前の苦労を減らしてやろうと自ら首を突っ込む。
それに、ネオンは、パァーっと顔を輝かせ、『本当?』と喜んでいる。
ダルツォルネは、その様子に安堵のため息をついている。ネオンは、素早くアドレスを書き、テンに渡してくる。
テンはそれを受け取り、ノストラードから去っていった。



「ただいまー」

テンは、いつものランレイの出入り口から入っていくが、返答が無い。それに、不審に思いながらも、変身を解き、

「ただいまー」

もう一度叫ぶが返ってこない。カレンの机の上のパソコンに目が入る。どこにも見当たらないカレンに嫌な予感が胸をよぎる。
テンは手掛かりはないかとカレンのパソコンの電源を入れればいつもないメモ帳が目に入る。不安に思いながら、それを開いた。

『テンちゃんへ
 ごめんね。
 お仕事お疲れ様。
     カレンより』

意味がわからなかった。ただカレンはこの場にいない。何処へ行ったのか頭をいつも以上にフル回転させる。
だが、この世界にカレンの知り合いがいるわけではなく、カレンの行くところなど何処にも無い。

「クロロたちに……」

テンはクロロたちに伝えようとするが、扉のノブを掴む寸前で止まる。

(あいつらに、頼む?いや、どうせあいつらのことだ……。探そうなんてしてくれるわけが無い……)
「どうして、一人で出て行ったんだ……」

今頃、変な輩に絡まれていないだろうか。
怪我とか酷い目にあったりしてないだろうか。
カレンを守ると心に誓っただけにカレンが側にいないと不穏な考えばかりがテンの頭の中を支配する。
だが、このきっかけを作ったのは紛れもないあいつら。

「これ以上、カレンを傷つかせたくない……」

自分に言い聞かせるかのようにテンはぽつりと零した。


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