12.遠い対岸

侵入捜査の次の日、ついにテンにランレイとしての仕事が舞い込んできた。
それはとある少女の護衛だった。

「それがね、なんとあのネオン=ノストラード嬢なんだよ!」
「ネオン=ノストラードって、あの?」

それは二人が“知識として”良く知っている人物だった。

「ってことはあの占いを間近で見れんのかな?」
「カレンも機会があったら一回占ってもらいたいな」

やはり、原作の登場人物に会えることは嬉しい。
そういえば、最近そんな場面が増えているような気がする。これも巡り合わせだろうか。

「じゃあテンちゃん、三日後から二週間、いってらっしゃい!」
「いってきます」

まだ先のことなのに、二人は笑顔で別れを告げた。そこで、テンが話題を変える。

「そういえばさ、カレンってもう纏は出来るんだよな?」
「うん」
「絶も練も出来るんだよな?」
「うん、凝も隠も……円まではできるよ」
「じゃあ発は? っていうか、水見式はしないのか?」

テンの言葉を聞いて、カレンは息を呑んで黙り込んだ。それから顔を赤らめて言った。

「……忘れてた」
「マジで?」

それは彼女に珍しいミスだった。

「う、ううん、違うの! だって毎日ちょっとずつ進歩してるだけだから、どのタイミングでそういうことすればいいかわからなくて……」

なにが違うのかわからないが、けれどテンは少し深刻そうに言った。

「そっか。カレンには師匠がいないもんな」
「あ、でもでも、発は一個だけ出来るんだよ」
「? 能力を作ったってことか?」
「うん、銃の訓練にもなるからと思って」
「へー! どんな能力なんだ?」

テンが興味を抱いていると、横から冷ややかな声で邪魔が入った。

「テン、何騒いでるか」
「フェイタン。カレンが“発”できる、って言うから……」

それを聞いて、フェイタンは軽く目を見開いて、カレンを見た。
そして見下すように、睨むようにも見える冷たい瞳で言った。

「なぜ早く言わないか。お前には報告の義務があるはずよ」

そう責められてカレンは戸惑い、そして後悔した。
知らない間に自由を錯覚していたのだ。自分がテンと同じ扱いのはずがないのだ。

「おい! お前俺にはそんなこといわなかったよな?」
「テンちゃん止めて。フェイタンさん、ごめんなさい。クロロさんに報告すればいいですか?」
「そう。早くするね」

機嫌が悪いのかなんなのか知らないが、フェイタンは理不尽だった。
カレンは泣きそうになりながらバタバタとクロロのいる部屋へ向かった。

「クロロさん」
「カレンか。どうした?」
「発が一つだけ出来るようになったので、見て欲しいんです」
「え? カレン、発が出来るの?」

驚いて、そう声を上げたのはシャルナークだ。

「はい、一応……」

そんなことを言っている間に、わらわらと団員たちが集まってきた。

「カレンが発をするって?」
「本当か?」
「早く見せてよ」

意味もなく盛り上がっている彼らにカレンは戸惑った。

「なんで皆さんお集まりなんですか!?」
「楽しみだから」

代表して、シャルが答える。

「そんなに大層なものじゃないのに!」
「いいからさっさと見せてみろ」
「……わかりました。やればいいんですよね」

カレンは期待の大きさに戸惑い、それに見合わないだろうという不安でいっぱいになった。
しかし躊躇っているとクロロに一喝され、覚悟を決めたカレンはいつかシャルに貰った小型の銃を構え、壁に向かって発砲した。
パン、と乾いた音が響く。

更にカレンは続ける。
パン、パン、パパパーン、とまるでリズムを取るように軽やかに銃を撃つ。
銃の腕前は物凄く上がったと思う。

「……」
「……」
「…………」

おずおずとテンが聞いた。

「あのさ、カレン。なにやってんだ?」
「何って、発だよ?」
「もしかして“発”砲とかそういうオチ? いや、でもカレンに限って……」
「違いますよ! 確かめてみてください」

カレンは銃をシャルに渡した。

「これは……弾が入ってない?」
「はい、撃っていたのは念弾なんです」

カレンはいつもどおりの満面の笑みで言う。

「へえ……威力は?」
「シャルさんに貰った弾より少し弱いくらいです」
「ふーん……。で?」

シャルはそれに負けないほど笑顔で言った。

「え?」
「だから、それだけ?」
「それだけって……それだけですけど」
「ふーん……」

団員たちはカレンを少し哀れむような眼で見て、クロロに至っては読んでいた本に視線を戻した。

たしかに“幻影旅団”から見れば、ただの念弾が撃てただけでは何の役にも立たないのだろう。
強烈な威力や特殊な効果がなければ、折角の念能力の魅力を捨ててしまっているようなものなのだろう。

でもこれがカレンの実力で、一所懸命に考え出した能力だった。
銃よりも威力が強ければ充分じゃないか。弾が切れないだけで充分じゃないか。
ただの銃を撃つよりも、何か一つでも利点があればそれで、充分じゃないのだろうか?

わかってる。ここでは充分ではないのだ。
強く。誰よりも強いこの集団では、カレンの能力はないに等しい。
才能に溢れるテンの能力とのギャップもあるのだろう。

カレンは目に涙を溜めた。
するとテンが隣からフォローを入れる。それが更に惨めにさせた。

「おい、お前らがカレンの能力見たいって言ったんだろ!?
どんな能力作るかは本人の自由だ。銃弾が切れないって凄いことじゃねーか!」
「まあ確かにそうなんだけどね。……でも、カレンって操作系じゃなかったの?」
「わかりません。水見式やったことないんで……」
「放出系と操作系は隣だからな。操作系という可能性も充分ありえる」

本に目を落としたままクロロが言う。するとテンが、

「じゃあ、今度は操作系の能力作ってみたらどうだ?」

もっと役に立つ……。というくだりは飲み込んだ。
制約と誓約が足りないんだよ というアドバイスも聞こえてきた。
この場にいる全員がバケモノ並みの能力を持っているからカレンはある意味で浮いていた。
とんでもないところを基準にされて、カレンが可哀想に思えてならなかった。

カレンは気付いていた。蜘蛛のメンバーやテンは、ずっと遠い所にいるのだ。
才能、実力、強さというところで、絶対手が届かない向こう側に。

仕方がなかった。だってカレンは強くなりたいわけじゃなかったから。
だからその空間にいることに、今更ながら強い隔たりを感じた。
楽しさに流されて忘れそうになることを思い知らされた。
此処に居て良いのか 居るべきなのかと、知らない誰か、神様のような人に問いかけてしまう。

「わかりました、頑張ります」

その言葉だけをなんとか搾り出した。もう頑張っていたのに。という思いでいっぱいだった。
が、このとき、誰も気付いていなかった。テンのこのアドバイスが、蜘蛛の運命を大きく揺さぶることになるなんて……。


歯車は、いつから動き始めていたのだろう。


そのときはただ、“家事係”のカレンはこの程度で仕方ない……といった認識だった。
団員たちは、蜘蛛は、カレンをまるで道端の細くてか弱い花のように見守るだけだった。
そしてカレンは自分がどうみられているか、テンとどう違うか気付いていないはずがなかった。
気付かないフリをして、笑っていただけ……。


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