10.何でも屋誕生

「うーん……。どうしようかな」

カタカタカタ……と聞きなれた音が響く部屋の中で、少女は頭を捻っていた。
記号のような文字が一面に出ている画面はさっきから殆ど進展を見せない。

「うーん……、うーん……」
「カレン、また仕事してんの?」
「きゃああああ!!」

驚いたカレンはキーボードーを思いっきり叩く。
そして画面の文字は流れ、ERRORの文字だけが残った。

「悪い、そんなに驚くと思ってなかったから」
「だってテンちゃん、気配消して近づくんだもん! カレンは目の前のことに集中してたし」
「最近の癖なんだよな。……それで、何悩んでたんだ?」

テンにそう聞かれて、カレンは一瞬どう説明しようか悩んだ。
そしてありのままを話すことにした。

「えーっとね、この前言った情報屋さんの、次の仕事で手に入れなきゃいけない情報があるんだけど、どこのネットワークにも繋がってないみたいで、中々難しいんだ。
いっそ情報が入ってるコンピュータに直接侵入できたら楽なんだけど……」
「なんだ、だったら俺が侵入してきてやろうか」
「え?」

あまりにも簡単に、
“宿題やってないんだ”“じゃあ見せてやろうか”
みたいなノリで返したテンをカレンはまじまじと見た。

「直接って、どっかの会社とか屋敷とかにあるコンピュータ盗んでくればいいんだろ?
俺一応蜘蛛の仕事もしたことあるし、出来ると思うぜ?」
「ええと、大きいと思うしコンピュータごと盗んできてくれなくても……ディスク一枚差し込んでくれれば全部盗めるようにならプログラミングできるし……。でもでも、危ないよ?」
「でもそれがないとカレンは困るんだろ? 何かあったら言え、っていったように、俺はお前の力になりたいんだ」
「テンちゃん……。ありがとう!」

という美しい物語を経て、空が完全に闇に包まれた今、念で紫髪・漆黒の瞳の男に変化したテンは巨大な屋敷の前に立っていた。
辺りをぐるりと囲んでいる白い塀は軽く三メートル以上あり、外からでは庭も見えない。
ちなみに変装している理由は、(1)知り合いに会うと面倒 (2)一応犯罪だから、だ。
テンは買ったばかりのケータイでカレンと会話する。

「それで、つまりこの塀を上れってことだよな?」

もう一度言うが、塀は三メートル以上ある。
憎たらしいほど真っ直ぐに聳え立ち、近くに手ごろな木などもない。

『うん。門を開けることも出来るけど、そうすると屋敷の人に気付かれちゃうもんね。塀の上の赤外線センサーとかは解除してあるから大丈夫』
「……カレンって意外とスパルタだよな」
『え?』
「いや、いいんだ。出来てしまう自分が怖いだけだから」

そういってテンは軽く助走をつけ、地面を蹴るとそれだけの動作で塀の上に着地してしまった。

「侵入成功……」
『じゃあテンちゃん、屋敷内の見取り図は頭に入ってるね?』
「胸ポケットに入ってる……」
『うん。中庭から地下室への階段を探せばすぐわかると思う。セキュリティーは全部壊してあるから』
「なあカレン、お前いつからそんなことできるようになったんだ?」
『昔からだよ?』
「……まあいいや。じゃあメインコンピュータールームに到着したらかけ直すな」
『わかった!頑張ってね』

そういって電話が切れた。テンは改めて敷地内を見回す。緑溢れる立派な庭の中に大きな屋敷。
たしかドーナッツ型になっていて、中央には中庭があり、そこに地下室の入り口となる階段があったはずだ。

「それにしても嫌に静かだな……」

真夜中ということを除いても、気配があまりに小さい。

「出かけてんのか? ……それならそれでいいけどな」

テンは行動を開始した。


カレンが言ったとおり、中庭も石像の下の階段もすぐにわかった。
屋敷は吹き抜けが多く、見通しが良く、“侵入して下さい”といっているようなものだった。
どうしてこんなにも簡単に侵入できる場所に、そんなに希少な情報が保管されているんだろう。
ネットワークに全く繋がないほど重要な情報がある屋敷のセキュリティーって、とんでもなく厳しいような気がするんだが……。

人の気配が無いことを考えても、もしかしてこの家はダミー……ないしは罠ではないのか?
テンは階段を下りながらそんなことを考えていた。
けれど此処で引き返すわけにはいかない。カレンに頼まれた仕事を終えなければ。

そしてメインコンピュータルームに着いた。その部屋は床から天井まで機械だった。
数えきれないコンピュータが並び、人工的な光を放っていた。庭や屋敷のイメージとはかけ離れた場所だった。
テンはカレンに電話をかけ、2コール後にカレンが出た。

『もしもし、テンちゃん?』
「メインコンピュータルームに着いたけど……」
『了解。じゃあ渡したディスク差し込んでもらえる? 一番大きな画面の近くに差込口があると思うんだけど……』
「あったあった、これだな」

テンがディスクを差し込むと、メインコンピュータは凄い勢いでそれを読み込んでいるのがわかった。そして……。

『あ、来た来た! 情報受け取れたよ。テンちゃんありがとう』
「いや、俺はあんまり何もしてないけどさ……。これからどうすればいい?」
『ディスクが出てくるまで待っててもらえるかな? 持って帰ってきて欲しいんだ』
「わかった。じゃあカレン、晩飯楽しみにしてるから」
『うん、お疲れ様』

電話が切れて、テンは光っている大きな画面を見た。
中ではまるでデータを巡って戦争かなにかが起きているかのようだったが、大変だなーの一言に尽きる。

「これってどれくらいかかるんだ? ……暇だな」

カレンに聞いておけばよかったと後悔する。
もしかしてこのコンピュータの中の情報をすべて吸い上げているんだろうか。
だとしたら、どれくらい……、

「そこに誰かいるの?」

不意に階段の上から声が聞こえた。
と、同時に何か鋭いものが数本飛んでくる。掴んでみると、それは見覚えのあるようなないような 鋲だった。

「イルミ・ゾルディック……」
「どうして俺の名前を知ってるの? ……お前は何者?」

小さな呟きを聞かれてしまった。
しかしテンは焦ることなく、昔演じたことのある役名を答えた。

「俺はレイ。情報屋ランの手伝いだ」
「情報屋ラン? ……ああ、ミルキが騒いでた奴か。だからセキュリティーが全部壊れてたんだね」

そこでテンはイルミが血塗れていることに気付いた。

「お前は……仕事か?」
「俺のことを知ってるなんてさすがだね。
そうだよ。俺の仕事はこの屋敷にいる人間をすべて殺すこと。本当はお前も殺すべきなんだろうけど……」

テンは警戒して身構える。

「まあいいや。それよりランの連絡先を教えてくれない?」
「カレ……ランの?」
「ミルキが依頼も出来ないほどの情報屋だから興味があるんだよね。役に立つかもしれないし」
「わかった。じゃあランに聞いてみるな」

テンはカレンをランと呼んで電話をかけた。
イルミのことを話すと、カレンはすぐに了承した。

というか感動していた。
忘れそうだが、カレンはキルアファンである。ぜひ教えちゃって!という感じだった。

「OKだそうだ。お前の連絡先を調べて連絡を入れると言っていた」

ちょうどそのとき、メインコンピュータが鳴ってディスクが出てきた。

「それはなに?」
「此処の情報を取ってくるのが今回の仕事なんだ。情報はこのディスク一枚で全部盗めるんだと」
「……さすが、としかいいようがないね。今日は此処に来たかいがあったよ」
「そうか。じゃあ俺はこれで」

テンはディスクを確認するとイルミに別れを告げて岐路に着いた。

「おかえり、テンちゃん!」

アジトに帰ると、いつものように美味そうな匂いを漂わせて、カレンが満面の笑みで出迎えてくれた。

「ディスク、これでいいんだよな?」
「うん。もちろん! もうテンちゃん大好きっ」
「……イルミの連絡先はわかったのか」
「そんなの一瞬だよ。もう連絡入れちゃった。それで、今度から仕事を頼むかもしれないって!! ゾルディックさんだよゾルディック!」

カレンはよっぽど嬉しいらしい。
しかしテンは少し他ごとを考えていた。

「……それにしても、カレンって凄いよな」
「なにが?」
「セキュリティ壊したり情報盗んだり……仕事できるんだもんな」
「伊達に報道部部長じゃなかったからね。でもこういう風に直接侵入することはやっぱり無理だし、お互い様だよ」
「なあ、俺今度からもお前の仕事手伝っていい? 俺もなんか仕事したいからさ」

テンの提案に、カレンは難色を示した。

「うーん……。でもランに入ってくる情報収集の大半はコンピュータで解決できるから、今回みたいなケースは稀なんだ。テンちゃんには合わない気がするな」
「そっか」

明らかに気落ちしたテンに、カレンは解決策を探す。

「あ、じゃあ何でも屋さんはどう?」
「何でも屋?」
「二人で力を合わせたらいろんなことが出来るでしょ? だから情報屋じゃなくて何でも屋! テンちゃんの今日の格好はレイだよね?」
「なんでわかったんだ?」
「テンちゃんの舞台は全部チェック&記録してあるんだよ。だからね、何でも屋ラン・レイでどう?」
「ランレイ? ランレイか……。いいかもな」
「じゃあ早速宣伝しちゃう。テンちゃん向きの仕事はテンちゃんに回すからね」
「わかった」

こうして、何でも屋ランレイが誕生した。



数日後、クロロとシャルはこんな会話をしていた。

「ねえ団長、情報屋ランって知ってる?」
「ああ、聞いたことがある。盗めない情報はないという今話題の凄腕情報屋だろう。それがどうした?」
「俺もいくつか依頼してたんだけど、今日見てみたら何でも屋ラン・レイに名前を変えてたんだ」
「情報屋から何でも屋か……。興味があるな」

クロロは遠くの獲物を狙うような眼をして口許を吊り上げた。
シャルは思い出したように話題を変える。

「ところで最近カレンが部屋に籠もって何かしてるんだけどどうする?」
「気にするな。どうせ変な事をすれば殺すだけだ」
「そっか」

冷ややかに時は流れる。


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