08.紅い氷

「そういえば、テンちゃんの念能力ってどんなのになったの?」

あの初仕事から一夜明けて、カレンは思い出したようにそう聞いた。
するとシャルナークも横から首を突っ込む。

「俺も聞きたいな。テンの能力って結局フェイタンしか見てないんじゃないの?」
「え、そうなんですか?」
「そういえば。……っていうか、別に自分の念能力なんて見せびらかすもんじゃないだろ」
「団員はお互いある程度認識してるよ。作戦立てるときに必要だからね」

どうやら説得されているらしい。テンの念能力をとにかく知りたいという感じだった。
そういえば、突っ走るところのある知識欲と好奇心の塊みたいなところが似ている、とテンは思った。

「別にいいけど、三つもあるから結構未完成だぞ?」
「三つ? この短期間で?」
「っていうか未完成なのに団長さんはテンちゃんに仕事させたの?」
「まあ能力は殆ど出来上がってたけど、実際にあんまり使ってなかったんだ」
「それで、どんなの?」

テンは何から見せようか、と悩んでシャルに聞いた。

「シャル、俺と握手してくれるか?」
「うん、いいよ」
「カレンはもう凝、出来るんだよな?」
「うん。まだ未熟だけどね」

そんな前置きをして、テンは一つ目の能力を発動した。

「これ、わかるか? オーラをシャルのに変えてみたんだけど」
「え? あ……ホントだ。シャルさんのオーラと同じだ……」
「これが一つ目。“モドキ”」

“モドキ” (操作系)
オーラを今まであったことのある人のオーラに変える能力。大きさもその人と同じ。
制約として、その人と握手したことがあること。顔を覚えていること。

「『モドキ』って……。オーラを変えるだけじゃ特殊な状況でしか使えなさそうだけど……」
「でも変化系っていうと『オーラを変化させる』からまずこれが浮かんだんだ。
でもやっぱり他のも変化させたいよなーと思ってたら、出来た。
そういえば俺って特質系でもあったんだよな。それが二つ目、“人体変化”」

テンがそういうと同時に、テンの声が変わった。そして見た目も……。

「シャル……さん?」
「うわぁ、やっぱり既存の……自分が知ってる奴になるのって気持ち悪いな。俺の口からシャルの声が……」
「そう思うならやめてよ。こっちだって目の前に自分がいるなんて気持ち悪いんだから」
「悪い悪い。架空の人物になればよかったな。ウェルズ卿とか」

テンはそういって念を解いた。

“人体変化” (特質系)
身体の色、見た目、状態などオーラ以外すべてを変化させる。
ただし、自分以外にこの能力を使うと大量のオーラを使用。部分だけでもOK。

「別になんでもいいけどさ……」
「で、三つ目は戦闘用の能力が欲しいと思って……カレン、そのペン取ってくれる?」
「はい、どうぞ」
「“pHを変える左手(ピーエイチチェンジ)”」

するとペンが、シュゥゥゥ、と音と煙を出して、溶け始めた。

“pHを変える左手(ピーエイチチェンジ)” (変化系)
左手のオーラのpHを変える能力。数字が小さいほど酸性、大きいほどアルカリ性になる。
0〜14までの数字で7のとき中性である。右手では使えない。強い酸性の場合、触れた部分を溶かす。
体内を変化させたい場合、傷口などから自分のオーラを流し込む。
自分には出来ない。オーラは強い相手ほど多く消費する。

「pHを変える左手、か……。たしかにフェイタン好みかも」
「? なんでここでフェイタンが出てくるんだ?」
「初仕事のあとからテンに対する態度あからさまに変わったじゃない。不思議でさ」
「ああ……、なんか『認めた』って……」

シャルナークは満面の笑みで聞いた。

「その能力で、どんなえげつない拷問したの?」
「は? してないけど……」
「え、じゃあ何したの?」
「何も……念能力で、ってことなら“人体変化”で怪我治したくらい。基本的に俺は役立たずだったな」
「じゃあなんで……」
「俺が聞きたいよ。フェイタンの野郎、本当に拷問教えてくれちゃうし、お前にはこれが合う。とかいって武器くれるし……」
「何貰ったの?」
「死鎌とピアノ線……」
「……相当気に入られてるね」

テンが苦い顔をすると、カレンは不思議そうに聞いた。

「本当に思い当たることないの?」
「ない。っていうか、俺最後の方の記憶ないんだよな」
「どういうこと?」
「気付いたらフェイタンに背負われてたんだ。敵に殴られて意識を失ったのかな……」
「怪我はしてなかったみたいだけど」
「うーん……」
「不思議だねぇ……」


三人がそんな会話をしている頃、フェイタンは部屋で思い出していた。
あの、瞼に焼きつく背筋が凍るような光景を……。

あのとき、[役立たず]が敵に蹴られ飛ばされたのを見て、やはり死ぬことになったかと悟った。
けれど、自分は助ける気はない。
なぜなら弱い者には死しか待っていない、そういうものだ。

死線はいくつも越えてきている。数が多くても相手は雑魚。
多少傷を負っても、肉を切らせて骨を断てば自分ひとりは生き残る自信はあった。
他人に目を向けている暇はない。

けれどテンは、ふっ、と一瞬倒れるかと思うように身体を揺らしてから、雰囲気が変わった。
表情は伺えない。ただ、オーラが、酷く禍々しく後ろで渦巻いていた。
そこにあるのは闇。純粋な黒でない。混沌とした深い闇だった。部屋の温度が下がる。

部屋の中にいたすべての人間が、怯えるようにテンを見た。
テンは、それまでとはかけ離れた、あまりに低い声で呟いた。

「無消殺散(マジ消えろ)」

黒い空間から、絶対零度のブリザードが吹き荒れる。それは怒りの刃だった。
部屋を埋め尽くしていた男たちは果物のように簡単に凍りつき、そして、氷の塊がまたそれを貫いた。
テンは、笑いながらその凍りついた男達を、砕いていた。
まるで別人だと思った。

自分も勿論同じ様に氷を砕いていくが、この部屋の温度が上がったら、異常な光景になるだろうと思った。
さっきまで隅で怯えて、震えていた人間とは思えない。

そしてフェイタンは自分がなんともないことに気付いた。
たしかに冷たい攻撃がなされているのはわかったが、
それはけっして自分には当たらなかった。凍りつくこともなかった。

なるほど、味方には危害を加えず、敵だけを攻撃する能力……。
どうやら役に立たない、という認識は間違っているらしかった。
結果として、テンの能力があったからこそ危機を乗り越えられた。
認めざるを得ないだろう。


加えて、あの残忍な笑み。
あれは、誰だ?


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