07.初仕事

「今日から、仕事を再開する。決行は、今夜、9時。目標はフェリアータ家の『天使は、それでも舞い続ける』という像と絵画、宝石を奪う」

きた……


テンは心の中でそう呟いて、汗ばんだ手をぎゅっと握り締めた。強く……、とても、強く……。

「メンバーは、俺とフェイタン、フィンクス、マチ、後で合流するウボー、そして……」

クロロの手が挙げられ、一人の人物を指す。指された人物は、顔色一つ変えない。

「テン、だ。この6人で今夜、決行する。文句は言わせない。団長命令だ」
『……了解』

クロロの言葉に一人、言葉には出さないが嫌々といったオーラを出しながらこちらを睨んでいる。
テンはそれを気にせずこれから行われる仕事に対して、様々な言葉が頭の中で渦巻いている。
そんな意識に没頭していると、すぐ目の前にクロロの顔があった。それに一瞬固まって、素早く離れるも捕まえられ、テンは目を明いたままクロロを眺めた。
クロロは、薄く笑みを浮べながら、

「……酷いな。逃げることはないだろう?」

と、言ってくる。テンはため息をついて、そんなに力が入っていない手を解き、軽く睨む。

「……普通は逃げると思うが?で、何の用だ?」
「盗みだ」

クロロはテンの問いかけに答えではない言葉を発した。突然発せられた言葉の意味がわからなかった。

「幻影旅団。通称、蜘蛛である俺たちの仕事は欲しいものがあったら奪う盗賊だ。もちろん、邪魔な奴らは殺す。そういう仕事だ。わかったか?」
「……ああ」

クロロの説明にテンは睨むのを止めて短く返す。その様子にクロロは少し考えながら、

「……殺しは、初めてなのか?」

と、問いかけてくる。それに、小さく反応を示す。クロロは、それを目ざとく気づいていたが、

「……さぁな」

という答えにそれ以上触れなかった。




8時55分……。フェリアータ家近くの森林。

「お、お前らやっと来たか!おせぇぞ!」
「おせぇぞって……ちゃんと、9時までにはきただろ。文句言うんじゃねぇよ」

クロロたちがそこに着くと、大きな男が一人木にもたれかかっていた。
その男の言葉にフィンクスが言葉を返す。男は『まぁな』と短く返し、メンバーを一人一人見ていく。

「そいつは、誰だ?」
「テンだ。ノーナンバーだが、そこらの念能力者より実力は上だ。テン、こっちはウボォーギンだ」

ウボーの質問にクロロが簡単に説明していく。それに、テンは軽く頭を下げる。

「よろしくお願いします。ウボォーギンさん」
「おう!そんな、さん付けなんて堅苦しいぜ!ウボーって呼んでくれ!俺は、テンって呼ぶからな!」
「……団長、後、1分ね。そろそろよ」

ウボーとテンの自己紹介もそこそこにフェイタンが、クロロに時間を告げる。
クロロは短く返し、もう一度仕事内容、方法を説明する。
時間になり皆で正面から入っていった。相手は叫びながら銃を乱射していた。
それを、訓練のおかげか軽々と避けられた。そして、言われた通り、敵の懐に入り喉を蹴り上げる。
ゴキッ……と嫌な音がなる。が、それに構っていられない。倒れてくる人を避け、次の人を倒しにいく。


殺してしまった……。嫌な感触が耳の中に残っている……。俺は、殺ってしまった……。


構わなくても、テンの中でこの言葉が回ってくる。倒す度、倒す度に……。
テンは、一通り終わると、肩で息をする。気分が悪い。吐きたい……。そう思っていても、吐くことは出来ない。
自らこの道に足を踏み入れてしまったのだから……。それから逃れることは、できない。
クロロが、心配そうな目でこちらを見ていた気がしたが、気にせず息を整えると、クロロたちに追いつく。
中に入ると、それぞれ動き出した。

テンは、クロロとフェイタンと一緒で、絵画の方を盗りに来ていた。どうやら、像、絵画、宝石は、それぞれ別々の場所に置いてあるらしい。
それで、一番、破損しやすそうな絵画を団長自ら盗りにいくということになったのだ。
途中、敵が、一人も出てこず、あっさりと絵画を手に入ってしまった。
それに、怪しみながら、宝石と像の方に電話する。そちらにも、途中、敵が出てこなかったらしい。
そうクロロが言うと、フェイタンは、

「きと、さきので、全員だたじゃないか?」

と、油断しているような口ぶりで言ってくる。それに、そうかもな……とクロロも返す。
テンは、何も返さず、じっと『天使は、それでも舞い続ける』という絵を見ていた。
その絵は、天使が、羽をもぎ取られても、傷つけられても、仲間に見捨てられながらも、一生懸命生きているといった題材で描かれているらしい。
周りが真っ黒に塗りつぶされ、千切り捨てられた白の羽がとても鮮やかに見える。それが一瞬、闇と光のコントラストに見えた。

「……よし、引き上げるぞ」

クロロのその言葉に我に返り、フェイタンの数歩後ろで歩き出した。
その時油断していたのか、又はとても凄いモノだったのか分からないが、フェイタンの下に穴が出来る。
フェイタンが驚いて穴を避けようとするが遅く落ちていく。
テンはなんとか引き上げようとフェイタンの腕を掴むが、下への力が大きかったのか、そのまま一緒に吸い込まれていった。
上では、クロロが何かを叫んでいた……。



「……こ、ここは…?……フェイタンさん?」

テンは、気がつくと、辺りを見回し情報を集める。
周りは大きな石壁で出来ていて、自分たちが落ちてきた穴は遥か上で見えない。
近くにはフェイタンが受身に失敗したのか、右腕が変な方向に曲がって座っていた。

「やと、気がついたか。またく、油断してたよ……」
「フェイタンさん、腕……!」
「いいね。これくらい、ほとけばなんとかなるよ」

テンの言葉にぶっきらぼうに返すフェイタン。気にせず、テンはフェイタンに近づく。
服は、破らないで捲し上げる。腕は真っ赤に腫れがっていた。治そうとするが、フェイタンに腕を引っ込められる。

「何やってるんですか!どうにかしないと……!」
「だから、いいと言てるね。ワタシ、お前に施し受ける気ないし、お前に何とかできるとは思えないよ」
「やってみないとわからないだろ!」

フェイタンの言葉に、テンは怒鳴ってから念を練り無理矢理、治療しようとする。フェイタンは離れようとするが、服の裾を踏まれ逃げれない。
気にせずテンは、腫れている所に小さな切り傷をつける。フェイタンの顔が微かに歪んだが、気にせず、そこからオーラを注入した。
すると、外側の腫れが引き、動かせれるようになった。その念にフェイタンは目を丸くした。

「……ふぅ、成功」
「……これがお前の能力か」
「え、あ、まぁ。そうです」

フェイタンの問いかけにテンは曖昧に答える。フェイタンは少しテンを見て

「役に立たない能力ね。そんな能力、お前すぐ死ぬよ」
「なっ、別にどんな能力にしようが人の自由だろ。それに、ちょっと俺の能力見たぐらいで俺の何がわかるんだよ」
「ふん、そんな役に立たない能力作てる時点で誰が見てもわかるね」

そんな言葉を投げかけ、フェイタンは視線をそらし立ち上がる。テンも立ち上がり言い返そうと口を開くが、奥から敵の気配を感じる。
それに、テンは口を噤み、二人とも戦闘態勢になる。奥からは上にいた敵より数十倍近くの敵がやってきた。

「げへへへへ……、てめぇら、運悪いなぁ。こんな所に落ちてしまうなんてよぉ……」

その中の一人の男が下卑た声で言葉を発してくる。

「ここは、『地獄の間』。落ちたら最後、俺たちの餌食さぁーー!ひゃはぁぁぁあーー!」

そう叫んで男たちはこっちに向かってきた。それにフェイタンは前に出て、

「役立たずは後ろに下がてるよ。邪魔ね」

と言って敵の中へ入っていった。あっという間に、4,5の死体が出来上がるが、数は相手の方が多い。
フェイタンも所々傷を作っている。テンも何とか周りの敵を倒していくも、誰かに蹴られ輪の外に倒れ、頭を強く打ち目の前がブレる。
だが、そんなことも言ってられない。こんなとこで倒れれば、死んでしまう。
動かない体を無理矢理立たせるも、目の前に広がる死体の海に、フェイタンが背後を取られた時、テンの意識は途切れた。





「……っ、ん?此処は……?」
「やと、気がついたか?此処は、アジトよ」
「フェイタンさん……?」

テンが気がつくと、なぜかフェイタンに背負われていた。どうやら、アジト入る直前に目を覚ましたらしい。
テンは、慌ててフェイタンから降りる。なぜそんな状況になっているのか周りに視線で問うても皆、さぁ、と首を傾げるばかりだ。ふと、フェイタンの右腕を見て思い出す。

「……そういや、腕、大丈夫なんですか?折れましたよね……?」
「念能力は、念能力者が気絶したら解けるからしょうがないよ。それと、ワタシお前のこと認めたよ。名前も呼び捨てで構わないよ。タメでもかまわないよ」

テンの質問にフェイタンは、普通に答え、認めたとまで言ってくる。その状況に周りは驚く。もちろん、テンも驚き、

「……あ、ああ、ありがとうござ……じゃなくて、ありがとう……」

と返しておく。それに、フェイタンの目が細くなり、更に驚くことを告げられる。

「お前に、拷問教えてやるよ」
「え?あ、うん……」
「テンちゃん!大丈夫?」
「カレン、心配かけて悪かったな。大丈夫だ」

広間から、カレンが走ってくるのを見てテンもカレンに近寄る。カレンの心配そうな顔にテンは多少困り気味に説明する。その様子をフェイタンは眺めつつ、

「……またく、不思議な奴よ」

と、誰にも聞こえない程度に呟いた。こうして、テンの初仕事は、成功に終わった……。


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