期末テストが近づいた頃、勉強会をしようと言い出したのはハチだった。どうせ勉強するならみんなで教えあえば効率的だし、ちょうど明後日は学校が終わるのも早くてちょうどいい、とのことだが、3人の反応は冷ややかだった。

「ハチは、たしか中間テスト散々だったんだよね」
「ったく……、事前の準備が足りないんだよ」
「生物以外は兵助にひたすら教わる側なんだろ?」

正確に図星を突かれて、ハチは うっ、と言葉に詰まった。
兵助は計画性があって成績優秀だ。雷蔵は普段の予習復習をこつこつ真面目に取り組んでいる。ハチは、部活に明け暮れていて、直前に焦るタイプだ。2人には中間テストのとき大変お世話になった。
言われてやんのー、と三郎が笑うと、ハチはお前にだけは言われたくないと睨みつけた。

「なんでだよ。失礼だな。これでも俺は成績まともなんだぞ」
「それが一番納得いかないんだよ! あのな、兵助と雷蔵が成績いいのはいいんだよ。真面目だし、努力してるし。でも三郎! お前、このあいだ何つった!?」
「なんて言ったんだ?」

横から聞き返したのは兵助だ。クラスが違うというのは厄介なものである。
ハチは声を上げて訴える。

「授業受けて教科書見てればだいたい頭に入るって言ったんだよ!」
「あー……」

呆れるような、諦めるような溜息が漏れる。
たしかにあれはちょっとむかついたと雷蔵も言葉を添えると、三郎が振り向いた。
それに構わず、ハチは続けた。

「しかも、授業中うるさい」
「なんだよー、ほとんど喋ってねえよ」

たしかに、席も離れているし、声を出すことは少ないかもしれない。ただし、後ろからプリントの切れ端や消しゴムのカスを投げてくる。口パクや、ノートに大きく文字や絵を描くことで用件を伝えてくる。他の誰も見ていないときに突然顔芸したりする。くだらないが、質が悪い。噴出して教室中の注目を浴びたら負けで、耐久力を試されることになる。毎時間というわけではないが、いったん退屈すると無視してもしつこくちょっかいをかけてくる。授業の邪魔をするなというほど真面目ではないが、限度があるというものだ。

「笑わせてきたり、くだらないことばっかり…!」
「おかげでハチばっかり注目浴びるもんね」
「なんで雷蔵もいるのに俺にばっかりちょっかいかけてくるんだよっ!」

怒鳴ったハチに、三郎は目を瞬かせてから、さも当然のようにきっぱりと言った。

「雷蔵は真面目に授業受けてるんだから邪魔しちゃ悪いじゃないか」
「俺にも悪いわ!」
「寝てるのを起こしてやったりもするだろ?」
「自分がたまたま起きてるときだけだろ。お前のほうが寝てるくせにっ!」

鋭く反論するハチを雷蔵がまあまあとなだめる。ハチはいちいち反応してくれるから調子に乗るんだよー、と笑った。それに僕だってたまに邪魔されるし、とも。この間の授業中に思わず噴出して教室の注目を浴びた雷蔵だった。

「なんか、大変そうだな……」
「わかってくれるか兵助。よし勉強会をしよう。な、教えてくださいお願いしますマジでヤバいんです」

後半から嘆願に変わり、兵助はしかたないなと言う。

「真面目にやるっていうなら別にいいけど」
「僕もいいよー。わかんないこと聞けるの助かるし」
「よし!じゃ、決まりだな」

嬉しそうに話をまとめたハチに、三郎は「いっとくけど、俺も行くからな」と告げる。「お前はこなくていいよ」とハチが返して、ふたりはまたぎゃーぎゃーと騒ぎ始めた。
兵助と雷蔵は呆れて顔を見合わせ、無視して話を進めてしまうことにする。

「それで、場所はどうする?」
「教えること前提なら図書館じゃうるさいよな。雷蔵の家は?」
「あー……三郎がいるからなあ…」

三郎の存在を、雷蔵の母はまだ知らない。本来なら再会しているはずのなかった双子である。隠し通しているというわけではないが、あえて言う必要もないと思っていた。三郎のことを知れば、また心を痛めることになるだろう。三郎にとっても、不破家に足を踏み入れるのは複雑な心持のはずだ。

「たしか三郎の家は遠いんだよな?」
「うん、……ああでも、昼間なら母さんいないしうちでも大丈夫かな?」
「そうか? じゃあ」

兵助は三郎を呼び寄せて、雷蔵の家でいいかと訊いた。

「兵助かハチの家じゃあ駄目なのか?」
「商店街だから昼間はうるさいんだ」

それに、三郎はへえと声を上げた。
ふたりは近所で、幼馴染みたいなものだとは聞いていたが、商店街というのは初耳だったのだ。

「お店やってんの?」
「そ。うちが豆腐屋で、ハチのとこが八百屋」
「豆腐屋っ!!」

三郎は突然そこに反応して、腹を抱えて笑い出した。なにが可笑しかったのか、と3人は首をかしげる。兵助はついに不機嫌そうに眉を寄せた。

「おい、うちを馬鹿にしてんのか?」
「や、そうじゃない。 そうだよな、お前豆腐好きだもんな…」
「はぁ? 別に豆腐が好きだから豆腐屋の息子なわけじゃないぜ?」
「いや、なんでもないんだ、ほんと、っよかったな……」

ひいひいと涙まで浮かべて笑い転げている三郎に、わけがわからず肩をすくめる。話を戻して、雷蔵は問うた。

「母さんは昼間いないから大丈夫だと思うんだけど、三郎、いい…?」
「いいよ、行くよ。大丈夫だ」

散々笑ったあとの目尻の涙を指で拭いながら、三郎は答えた。
せっかく出た勉強会という案を消してしまうのは忍びなかった。自分だけが行かなければそれで良い話かもしれないが、こんなことのせいで楽しみが一つ減るのは嫌だ。こうやって軽口をきくことも、勉強の話をすることも、忍たま時代に戻ったみたいで懐かしい。
わざわざ避けて通らなければいけないことを煩わしくも思う。他にも方法はある。逃げ隠れしたいわけじゃない。三郎には何も負い目はないのだから。
秘匿に協力しているのは、心配性で優しい雷蔵のためにすぎない。隠していたいと願うなら、それもまたいいと思っただけだ。逆に、雷蔵が会えというならいつでも会ってやろう。
両親に対して複雑な感情は抱いている。しかし、憎しみはただ虚しく、すべてを果たしても何も生まれないのだと、かつての記憶を持つ三郎は身をもってわかっている。
いつまでも負の感情に縛られていたくはない。
だから、多少の危険性があるとしても、三郎はあえてそれに臨んだのである。


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