久々知は、廊下で喋りながら歩いてくる三人組を見て、まず自分の目を擦った。同じ顔が二つあるように見えたからである。
だが、その錯覚はただくっきりとその場に残った。

「兵助!」

雷蔵に呼ばれたが、意識はその隣の男に向いた。不躾もかまわず、じっと見つめた。
顔はあまりにも雷蔵と似ているが、それ以外は違う。違うが、やはり顔が似ている。
とりあえず、友人二人に向けて知り合いかと尋ね、答えたのは竹谷だ。

「こいつ同じクラスになった鉢屋三郎。
ありえないくらい雷蔵と顔似てるけど、まったく別人だから安心しろ。ちなみに性格は悪い」

解説を装って、そんなことを本人の前で堂々と言い放つものだから驚いた。
竹谷は、気を許した友人には普段から本人に向けてずけずけ物をいう奴だが、さすがに初対面や目上にはある程度の気を使うはずだった。まるで十年来の友のように気安い。

「言ってくれるじゃねーか」

三郎も、意地の悪い笑みを浮かべただけで、別段気に留めた様子はない。
その笑い方がやはり雷蔵とは別物だと久々知は再び思った。
雷蔵は「詳しいことは帰りに話すね」と苦笑した。

「よろしくな、兵助」

手を伸べた三郎に、久々知はやけに懐かしいような親しみを覚えた。まだちゃんと自己紹介もしていない相手に名前を呼ばれることを不自然にも思わない。
ああ、よろしく。と、その手を握った。



それから無事に入学式が終わり、ホームルームも手短に済むと、三郎は鞄を持ってすぐに「また明日な」と二人に手を振って帰ってしまった。声を掛ける暇もなかった。そんなに大切な用事があったのだろうか。こっちはまだわからないことがたくさんあるというのに。
嵐のような奴だった、また個性的な知り合いが増えたと竹谷は思う。

竹谷もとりあえず荷物を持って立ち上がると、雷蔵は三郎の消えた廊下を見ていた。
それは何かを見極めようとするかのような複雑な視線で、いよいよその理由が語られるのだった。


「それで、話って?」

三人で並んだ帰り道、なんでもないことのように尋ねたのは久々知だった。状況を一番知らない分、気負わなくていいのだろう。

「うん、あのさ、うちが母子家庭なのは前に言ったよね?」

その確認に、二人は頷く。雷蔵の記憶にないくらい小さいときに両親が離婚したと聞いていた。何度か会ったことがある雷蔵の母親は、穏やかな雰囲気がそっくりだった。
声が明るい調子のまま、本題に入った。

「それで、父親に引き取られたほうの兄弟がいることは知ってたんだけど、まさか双子だとは思わなかったんだよねー」
「は…?」

覚悟はしていたが、話が突然すぎて竹谷は呆気に取られる。
ふたりは双子なのだと雷蔵は言った。血が繋がった兄弟なのだ、と。
たしかに似ていると思った。けれど、お互いの態度はあくまでも初対面だったはずだ。今日まで知らなかっただなんて、そんなこと、在り得るのか?

「なんだよ、それ」
「雷蔵、話が飛びすぎてよくわかんないんだけど」

竹谷に続いて、久々知も諌めるように口を挟んだ。
すると雷蔵は他人事のように頷いた。

「ん、僕もそう思う」
「って! お前、なんでそんなに暢気なんだよ!?」

竹谷の反応に、雷蔵は肩を竦めてみせた。
溜息交じりで空を見上げる。

「だってさぁ、目の前に自分とそっくりな人が現れてみなよ。しかも普通に動いて喋ってるんだよ? もう、驚くのも馬鹿らしくなってくるよ。怪奇現象よりはむしろ、双子かもって思ったほうがまだ納得できるし」

あまりにも現実離れしすぎていて、映画の中にでも迷い込んだみたいだったと雷蔵は云う。
つまり客観視できたということでもある。
三郎の存在は、案外すんなりと雷蔵の心に入ってきた。

「お前なあ……、そんなんでいいのか?」
「いいんじゃない?」
「それってたしかな話なのか?」
「たぶん。苗字を聞いたら、たしかそんな苗字だったなーって思ったし」
「曖昧だな」
「しかたないでしょ、ホントにちっちゃかったんだから」

今までの話を整理すると、雷蔵も、かつては『鉢屋』の姓だったことになる。
そもそも互いの存在を認識していない兄弟というのが、理解に苦しむ関係だ。

「兄弟がいるってこと、今まで気にしなかったのか?」
「うーん、知らなければ他人と一緒だからね。母さんに聞くのも悪いと思って。大人になって家を出る頃には一回調べてみようとは思ってたんだけど、まさか高校で再会するとは思わなかったんだ」

生き別れた双子が一つの教室に集うだなんて奇跡にもほどがある。それこそ天文学的な確率だ。
神に用意されていたような、必然性を感じる。このときばかりは運命という言葉でも信じるしかなかった。
――それが前世から続く宿運だということは、彼らはまだ知りようもない。

「そりゃそうだ、同じクラスは無いよな。っていうか、双子って同じクラスにしちゃいけないんじゃなかったか?」
「戸籍上は微妙な関係だからいいんじゃない?」

ふうん、と、言葉に詰まる。
帰路を歩んで、しばらくすると久々知が口を開いた。

「ところで、三郎はそのこと知ってるのか?」
「たぶん。調べればわかることだし」
「確かめないのか?」
「わざわざ確かめるようなことじゃないと思うんだ。今更兄弟って言われるよりは、友達になったほうがいいじゃない?」

雷蔵はときどき、真顔で恥ずかしいことを口にする、と竹谷は思う。これが偽りのない本心だというのだから、言われた本人は敵わないのだ。
そして易々と放たれた『友達に』という言葉に、すでに友人として自分たちの輪に入り込んでいる三郎の存在を自覚した。

「じゃあ、学校の奴らにはなんて言っとくの?」
「二人には話しておいたけど、わざわざ広めるようなことでもないかなって」
「わかった」

広めるようなことでなくとも、あえて話してくれる。当然の如く差し出される信頼を、二人はしっかりと受け取った。



次の日、竹谷が新たな認識で三郎と話をしよう、と思いながら登校すると、すでに席についていて、髪を雷蔵と同じ色に染めなおした三郎に会った。


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