自分の叫び声で目覚めた不破雷蔵は、荒い呼吸をひきずりながら首を傾げた。
――僕はなんの夢を見ていたんだろう?
無意識の内に つう、と頬に涙が伝ったが、その温かさにも覚えがなくてますます悩んだ。
しばらくすると台所から母親の呼ぶ声がして、ようやく我に返った。時計を見て、慌ててベッドから下りる。今日は高校の入学式なのだ、遅刻するわけにはいかない。急いで朝食を取って家を出た。


クラス分けの掲示を見た久々知兵助は、中学からの親友二人ともとクラスが分かれたことを知った。
「ま、隣のクラスだろ。教科書とか忘れたら宜しくな」と肩を叩かれる。
慰めてんのかと苛立つが、この男は能天気で、まったく悪意がないのだ。
――お前はいいよな、雷蔵と一緒で。
親友の二人は互いに同じクラスで、ひとりだけ違う。仕方ないことだとはわかってはいるが…。
まあたかがクラス分けだしなと割り切って、自分の教室に入った。


教室の前で久々知と別れた竹谷八左ヱ門は、自分の席を探しながら教室を見渡して、唖然とした。
そのとき、世界から騒音が消えた。というくらいの衝撃を受けた。
いつも朝は遅いはずの親友が、遅刻せずに来て、教室で堂々とケータイを弄っている。ネクタイを緩め、ボタンを三つ開けて、中の派手なTシャツを見せている。
今日は入学式で、それ仕立てたばかりの高等部の制服だ。
髪は元の色よりも数段明るく、耳にはいくつも穴が開いており、ピアスが目立つ。
優しい笑顔はずの彼は、人が周囲を避けるほど、荒んだ目をしていた。

「ら、雷蔵っ! お前、何があったんだ!?」


居心地の悪い好奇の視線を受けて、鉢屋三郎は、そんなに不良が珍しいかと悪態をついた。
この高校の校則は比較的緩く、髪が黒以外の生徒だってよく見受けられる。だからこそ此処を選んだのに、なぜこんなに視線を浴びなくてはいけないのか。
煩わしい。疎まれるのはどこでも一緒か。
遠巻きにこそこそと陰口を叩かれているのがわかる。堂々と喧嘩でも売ってくれれば遠慮なく殴ってやるのに。

そして、教室の入り口で何かを叫んで、自分にずかずかと歩み寄ってくる男子生徒をうざったそうに睨みつけた。

「なんだ、文句あんのか」
「反抗期か? 反抗期なのか!?」
「あァ?」
「なんか悩み事があるなら俺や兵助に相談してくれればいいだろ?
お前がすぐ迷うの知ってるけど、ひとつひとつ解決していけばいいじゃんか!」
「お前何言ってんだよ」

さすがに気味が悪くなり、三郎が竹谷の精神状態を心配すると、竹谷は心配そうに「雷蔵」と名前らしきものを呼んだ。どうにもおかしい。

「……俺の名前は三郎だ」
「は?」
「だから俺は鉢屋三郎で、お前とは初対面だ」

竹谷はきょとんとした顔で三郎を指差し、何の冗談だと尋ねた。それはこっちの台詞だった。
あまりにも埒が明かないので、一発殴れば目が覚めるだろうかと三郎は半ば本気で考えた。
そのとき。そろそろチャイムが鳴りそうだというところで、教室に駆け込んできた生徒がいた。雷蔵だった。
『あ』、と、三人の声が重なった。


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