「留三郎、また授業はサボり?」
高校の屋上、またはグラウンドの隅、または堂々と教室で。
留三郎はよく眠っている。授業に出るのは気が向いたときだけ。これでテストの点数は伊作よりも良いのだから呆れてしまう。今日も授業をサボり、校舎の陰でタバコを吸っている。未成年で、何より健康に良くないからやめろと見つける度に言っているのだけれど。

昼食のパンを片手に下げて、留三郎の前に立つ。
彼は伊作に気づくと、悪びれた様子も無く「おう」と答える。
面倒くさいという。授業も、学校も。ならば何故入学したのかと訊ねれば「何となく」。授業には出ないが毎日登校はしている。出席日数だけは皆勤なのだ。授業以外、例えば部活動や委員会活動は積極的で、中学の頃の部にはOBとしてたまに指導に行っていたりする。
伊作は留三郎の隣に座り、パンの袋を開ける。一緒に買ってきた留三郎の分も渡した。

「そろそろ文化祭の時期だね」
「ん?そうだな、毎日忙しい」

留三郎は文化委員だ。普段は何をしているのか知らないけれど、秋の、この時期はどこの委員会より忙しい。放課後、校内をあちこち走り回っている姿をよく見かける。伊作は保健委員会なので、委員会活動はそれほど忙しくは無い。美術部であるから、作品の締め切りに追われてはいるけれど。

「今日は何をするの?」
「看板の取り付け作業だな。ほら、体育館の前とか、校門の前に置くでっかいの。お前ら(美術部)が描いたやつだよ」
「ああ、あれか。大変じゃないか、重いし」
「一人で持つわけじゃないから平気さ。それに俺、そういうの結構好きだし」
聞いて、伊作は懐かしく笑む。

「予算もちゃんと希望通り出るしね」
「ん?ああ、そうだな」
唐突になんだ?という顔を留三郎はするが、伊作はくすくすと笑みを零したまま缶コーヒーに口をつける。



*


善法寺伊作が、過去の記憶を思い出したのは高校に入ってすぐの事だ。

朝、『今日は合同実習の日だったんだ、寝坊してしまった!』と慌てて起き上がり、そしてそこが板張りの、薬品臭い長屋の自室ではない事に気づいた。すとん、と過去と現実が重なった。ああ、自分は、そう、忍術学園の生徒ではない。今年から高校に入学した、一般学生だ。忍ではない。思い出した時の感覚はといえば『昨日の夕飯なんだっけ、あ、そうそう、カレーだった』その程度だ。驚きも混乱も何も無かった。本当に、その程度だった。

けれどそれは確実に、伊作の行動に影響した。まず、真面目に勉強をする気になった。それまでは授業中は、ぼんやりと聞いて、ノートにとって、テストの直前に読み返して、クラスの平均点で満足していた。思い出してからは自ら、知らないことを担任に尋ね、授業は自分でわかりやすくノートにまとめた。休みの日は図書館に行って興味のあることを調べた。幼馴染の食満留三郎は、突然勉強家になった伊作に驚いていたようだった。それはそうだろう。留三郎は過去を覚えていないようだった。思い出せばきっと、以前のようにダラダラと、何もしないで毎日を過ごすなんてもったいない事に気づくんだろうけれど。

「僕、将来は医者を目指すよ」
言ったのは、思い出してからすぐの事だ。今の高校から医科大学を目指すのは不可能ではないが、やや難しい。突然の宣言に留三郎はまたぽかんとしていたが。
「なんで」
「だって、」
前、医学知識はあったけれど、医者にはならず忍になった。後悔してる訳じゃないけど。せっかく知識があるんだから今度は。
そう言いたかったけれど、留三郎を混乱させるだけだろうから適当に答えた。そして付け加える。

「小児科がいいな、僕、小さい子の面倒とか結構好きだし」
「…ああ、うん、それはわかる気がする」
留三郎も子供が結構好きだ。知ってる。中学の頃、後輩の面倒を良く見ていた。

サボり癖のある留三郎を、以前は何も言わなかった。成績はいいし、学校には来ているし、部活も委員会も後輩の面倒見もよくて。どうにか出来ないかなと、思ったのは過去を思い出してからだ。今の世の中には面白い事がたくさんあって、それはきっと自分たちがまだ社会に出ていない、この時期に知るのが一番なんだ。のんびりと、授業とテストと遊びの事しか考えなくていいこの時期が。伊作はそう思っている。
同意してくれる仲間は居ないけれど、伊作は今が楽しいから気にしない。
留三郎もそう思ってくれたらいいのになあと、ぼんやりと思う。


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