『ガラクタ姫』の九ヵ月後(2)

ひどい。という言葉が喉元まで出かかって、
ああ、私は否定してもらえることを期待していたんだとわかった。
一通りしかない答えを自分の中に作ってそれを相手に求めるなんて失礼な真似をしてしまった。
それじゃまるで傷の舐めあいじゃないか。先輩が一番嫌うところだ。

それで、やっぱりエゴなんだろうな、と思った。
自分でもそうかもしれないと思いながら打ち消してまた浮かんでくる、
無限ループのような救えない思考に囚われていたのだ。
いっそ、肯定されてしまったほうが楽なのかもしれない。開き直れるから。

また溜息をついて、睨まれた。
出ていけとか帰れとか言われないだけましだろうか。
でも、集中力が切れているのは自分が一番よくわかっていた。

「急ぎの仕事ってありましたっけ」
「帰る気?べつにいいけど。全部君が前倒しでやってくれてるし」
「そうですね。ああ、でも帰りたいわけじゃないんですよ」
「じゃあチャイムが鳴るまで寝てれば。静かにね」
「はーい。じゃあ、ちょっと失礼します」

書類を机の上において、ソファーにもたれた。
静寂と呼吸音と雨の音が規則正しい。
眠いわけじゃないけど、息抜きをするために目を閉じた。



「並木さんは寂しくないの?」

我慢できずにそう聞くと、並木さんは目を瞬かせた。
予想外の質問だったらしい。私にとっては全く当然の質問。

「……なにが?」

一瞬考える時間があったのだから、それは純粋なPardon?ではなかった。
タイミングを間違えた言葉選びなんて、並木さんらしくない。

「会長さんが結婚しちゃった」
「お前は寂しいのか?」
「寂しいよ。だけど、そういうことじゃなくて並木さんは」
「こういうことは何度もあった」

お前は初めてかもしれないけど、と、私を子ども扱いした。
そんな何気ないことが、私に気を使ってる余裕もないのだと思えて、いらいらした。

たしかに私は結婚式に招かれるのは初めてだし、
会長さんのことは慕っていたから変わってしまうのは寂しいかもしれない。
でも、『私自身』は、会長さんの幸せを願えるのよ。
並木さんのことさえ考えなければ。

ママとパパが結婚した。そのときも同じ思いを味わったのだろうか。
エリちゃんと江沢君が結婚した。
他にも、多分私が知らない沢山の人の結婚式に並木さんは招かれたのだろう。

そんなとき並木さんは何を考えているの。
それは喪失感ではないの。
あなたが変わらなくても、世界はだんだん変わっていくんでしょう。

そんな変わらない並木さんが私は好きで、
居心地のよさを感じていたのだけど、今は『それでいいのか』という思いのほうが強い。

モテないわけじゃないってわかってる。
綺麗な女の人に言い寄られているのを何度も見た。
ただ、結婚する気がないのだと。
だから人と付き合うこともないのだ。
人を愛する心だけが残って、思いを打ち明けることはない。

愛した人が幸せになるのを、ただ見守る。

いつまで続ける気なのだろう。
一生?
並木さんの中にある、根本的な覚悟のようなものが変わらなければ変わりはしない。
そして、その根本的な覚悟の一因を担っている私には変えられはしない。
人の幸せを願う人なのだ。

だから、会長さんなら並木さんを幸せにしてくれないかって、密かに思っていたんだよ。


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