『ガラクタ姫』の九ヵ月後(1)

梅雨らしく雨が降っていた。
校庭に打ちつけられた雨粒が奏でるBGMがやけに重く感じる。
普段ならそんなことはないのだけど、資料を捲るのがやけに億劫で、溜息が漏れた。
すると、鋭い視線を感じた。

「さっきから三回目。耳障りなんだけど」
「……すみません」

口先だけで謝っても、何か変わるわけじゃないだろう。
無意識に出てしまう溜息を止めたいなら、息を止めるくらいしか方法が思いつかない。
普段は集中できるはずの仕事の場で、上の空もいいところだった。

恭弥先輩がいるこの空間なのに、こんなにも鬱な気分になる。
胸に溜まったもやもやが晴れずにいる。
もしも一人でいたら、もっとどうしようもないくらい落ち込んでいただろう。
立ち直れないくらいに。

「なんなの?」

睨むような視線と、問いただす声。
うじうじと悩んでいる私の姿は癇に障るようだ。
いつでも愛用のトンファーを取り出せる先輩は、威圧的だった。
そんな支配された空間の中で、特に恐怖はなかった。
ぴりぴりした緊張感こそが普段と同じだってことを感じさせて、私を安心させた。
だから、誰かに聞いてほしかったことを話し始めた。

「おととい、知り合いの結婚式があったんです」

返事はない。
でも、きっと聞いてくれてはいるんだろう。
興味ない話に分類されているような気もするけど。

「その人は女性なんですけど、刑事さんで、ママやパパの学生時代からの知り合いで、
すごく綺麗で、美人で、格好よくて、テキパキしていて、責任感が強くて、私の理想なんです」

だから君はそんなふうなのか、と、先輩が思ったということを私は知らない。

「相手の人はその人の部下で、よく知らない人だったけど、優しそうな人でした」

それで、と。
なにか言おうとして、言葉に詰まった。
抱えているのは、拭いきれないけれど漠然とした思い。

白いウエディングドレスに身を包んで、笑う会長さん。

それは紛れもない幸せの儀式だったのに、ひとりだけ違和感を感じていた。
素直に祝福できないことへの罪悪感を抱いていた。
誰かと共有したいと思っても、場違いだってことはわかっていて、
痛みを感じているはずの人が、平然として見えたから。
その表情の裏は傷ついているんじゃないかって、心配してしまった私は、多分間違えていない。
ただ、私には関係のないことだとわかっている。

「ほんとうは私、その人に結婚してほしくなかったんです」

それは懺悔のようなものだった。
言葉にしてしまうと語弊があるというか、なんだか不幸を願っているみたいになってしまった。
でも、ある意味では正しいと言えるのかもしれない。
私にとって並木さんのことの方が気に掛かってしまう。

「結婚して、その人が幸せなら、それは幸せになってほしいんです。
でも、その人が幸せになったら取り残されてしまう人がいるんじゃないかって、思ってしまって。
きっと変えられないことがある限り、実現が不可能だとはわかっているんですけど、
私が大好きな二人が、お互いに結ばれてほしいと思ってしまうことは、
やっぱり身勝手なエゴになるんですかね」

雨の音がいっそう強まった気がした。

「そうなんじゃない?」

恭弥先輩はあっさりと肯定して、退屈そうに欠伸した。


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