毎年母さんの誕生日には兄貴から花束が贈られてくる。
忙しいわけでも、家が遠いわけでもないくせに、
滅多に顔を見せない兄貴は親不孝だと思うけど、
その美しい花を見て微笑む母さんを見ると怒る気も失せてしまう。
色とりどりの花束には愛しさが込められているのに、
不器用な二人の間に出来た溝は、未だ完全には埋まっていない。
――兄貴は特別な人間だった。
――触ることで他人の未来が見える。
どうして一人だけそんな力を持っているのか、どう扱えばいいのかに両親は頭を悩ませ、苦しんでいた。
幼い自分はきっとすべてを正しく理解できていなかった。
曖昧なまま兄貴は遠くなり、家を出た。
傷つき、傷つけた。
被害者も加害者もない。
みんな苦しかった。
大きな傷跡だけが残った。
知らないうちに兄貴は、同じような力を持つ人たちに出会い、変わっていた。
今では心からよかったと思えるけど、
そのころ、久しぶりに笑う姿を見たときの途惑いは重く、苦かった。
やがて、兄貴は家族を許した。
最初から恨んでいなかったみたいに。
そのときに気づいた。
兄貴は、本質的に不器用な人間なんだ。
なんでも器用にこなしてしまうことに誤魔化されて、
全部恵まれているように見えるから、気づくのは難しいけれど。
起こってしまったことや昔のことを、すべてなかったことには出来ない。
たった数年家を空けていた兄貴は、家族と違う色に染まってしまった。
どんなに頑張って歩み寄っても、決定的な違いを埋めることはできなかった。
だから結局兄貴は一人暮らしを続けた。
大学に進学して、卒業して、独身のまま、なんとか生活しているみたいだった。
母さんは兄貴が幸せならそれでいいと言うし、
兄貴も母さんが幸せならそれでいいと言う。
そう、みんなが幸せであればいい。
5年前、実家に帰ってきた兄貴は小さな女の子を連れていた。
一瞬どこかで誘拐でもしてきたのかと思った。
すると、その子は愛想よく「こんにちは」と頭を下げた。
どこか見覚えがある顔だと思ったら、あろうさんの娘だという。
自分は結婚しないくせに、人の娘を滅多に帰らない実家に平気で連れてきて、
涼しい顔をする神経は一体どんなものだか知らない。
母さんは驚いていたけど、それよりも兄貴が訪ねてきたことへの喜びの方が大きかったみたいだった。
二人を笑顔で歓迎した。
そのあろうさんの娘というのは、礼儀正しくて、整った顔で、愛嬌があって、よく話し、よく笑う。
とにかく誰にでも愛されるような子供だった。
さすがあの人たちの子供だと思った。親よりも出来すぎているくらいだ。
すぐに家に馴染み、楽しく会話している姿は、静かな家の中に明るい花が咲いたみたいだった。
なによりも、それを微笑ましく眺める兄貴の姿が印象的だった。
兄貴がわざわざ連れてきた理由がわかったような気がした。
母さんは、兄貴に子供がいないからその代わりというか、とにかく孫みたいに可愛がっていた。
そしてそれは今でも続いていて、かえでは時々単独でも家に顔を出す。
「淳也さーん!」
蝉がうるさいある夏の日に、かえでは麦藁帽子を被ってやってきた。
もともと大人びた子供だったけど、中学に入るくらいからは特にそうだ。
身長もだいぶ伸びた。
この子供が兄貴を救い続けているのだと思うと、感謝に似た不思議な気持ちが起こる。
母さんは知らないけど、この子――かえでも兄貴と似たような力がある。
だからきっとわかりあえるんだ。
ふとした瞬間に、兄貴とかえでは似たもの同士のように見えた。
それにしても、保護者なしで家に来ているけど、大丈夫なのだろうか。
「大丈夫だよ。ちゃんとパパとママには並木さんと出かけてくるって言ってあるもん」
つまり、何かあったら兄貴が責任を取ってくれるらしい。
暇だというから、教えているバスケットボールクラブの練習を見学させてやることにした。
今年も花束が贈られてきた。
そう遠くない場所から、すべてを洗い流すような真っ白の花束が。