ナオ視点

俺には幼馴染がいる。
親同士が親友で、小さい頃なんかそれはそれは頻繁に会っていたから、
今でも血が繋がっていない他人だということが信じられないくらいだ。
お互い一人っ子だから、イトコのように思っている。

名前はかえでっていうんだけど、

ひとつ年上のそいつは、たった一年しか年が変わらないわりに大人びていた。
多分、大人に囲まれて育ったからだと思う。
かえでのことを思い浮かべると、まず大人たちを笑いながら話している光景と、一人で本を読んでいる光景が浮かぶ。
あとは勉強教えてくれてるときとか。頭いいんだ、アイツ。(俺が馬鹿ってわけじゃない)

俺は成長期だから、今はそんなに低いってわけじゃないけど、
昔はかなりチビで、今も昔もかえではわりと背が高かったから、今でもそれをネタにしている。
一個しか違わないくせにガキ扱いするんだ。

ガキ扱いするだけの大人びた雰囲気があるから逆にムカつくんだ。
綺麗な横顔は、とにかくクラスの女子とは全く違う。
特に学年が上がるにつれて、近寄りがたさを感じることさえあった。

アイツ、一人のときはなんか人を寄せ付けないオーラがあるんだ。閉鎖的っていうか。
昔はそうでもなかったような気もするけど、しばらく会わないうちに大分変わった。
仕方ないんだけどさ。俺も忙しいし。受験生ってヤツだから。
そう、仕方ないことだとはわかってるけど、隔たりを感じずにはいられない。

だってアイツ、並木さんとかとは普通に話してるんだぜ。
頻繁に会ってるだろうから仕方ないのかもしれないけど、俺にはどっか他人行儀で。
学校でも男女は分かれてるのが普通だけど、かえでに突きつけられると変な感じだ。

アイツの様子が変わった、っていうのはエリ(お袋)も言ってた。
夏に会ったときだ。
エリとはいつもどおり楽しそうにそうにしてると思ったんだけど、やっぱり女の目は誤魔化せない。
現にそれは当たってる。
だってアイツ――泣いてたんだ。


泣き顔を見たのは初めてだったかもしれない。
小さい頃から、かえでは聞き分けがよかったし、そういうプライドが高いし、
周囲の大人たちが泣かせることなんてありえないと言ってよかったから。
年下の俺の方が泣き顔見られたことがあったんじゃないかというくらいだ。
だから、とにかく驚いた。

それは夏休みにアイツの家に行った夜の話で、
大人たちは違う部屋にいたから多分気づいてない。
かえでも泣きたくて泣いたという風ではなくて、泣き止もうと頑張っているのがわかった。
アイツにとって、俺に涙を見られるというのはさぞかし不覚なことだろう。
俺は慰められるような立場にいなかった。

どうしたらいいかと悩んでいると、かえでが口を開いた。

「ナオ、あなたが私より背が高くなったら、私は秘密を話す、ね」

身に覚えのない話だった。
でも、『秘密がある』と言われてみれば簡単に納得できた。
かえでも大人たちもグルになって、俺の知らない話題を話していることがあったから。

また身長の話かよ、と悪態をついてみたけど、
久しぶりにアイツらしさを体感した気がした。
こういうヤツだったんだ。

昔は……と、また昔話をしようとしたところで、やめておく。
そろそろそれがどんなに無意味なことか気づいた。
過去に囚われていたら、現在の問題に向かっていけない。
俺たちは進んでいるんだ。

「俺、そろそろ成長期なんだからな。すぐ追い越すぜ」

いいよ、と頷いたかえでが、やっと隣にいると実感した。


進もう。
曖昧にしてちゃ駄目だ。
過去と他人は変えられない。
でも、自分なら変われるから。

勉強して、受験に合格しよう。
中学生になったら部活に明け暮れてやろう。
身長が伸びるために、牛乳を飲もう。一人でそんな決意をした。


夏が終わって、秋も半ばというときになってふらりと俺の家にやってきたかえでは、妙にすっきりした顔をしていた。
「ちゃんと勉強してる?」「幸せを分けてあげようかと思って」
とか言いながら、なんたって始終笑顔だ。

そういう顔をしていると、かえでは、かなりかなで(かえでのお袋)に似ていると思う。
普段はあろうさん似だとしか思えないけど。

何があったか知らないけど、とりあえず何かを乗り越えたみたいだった。
安心すると同時に、やっぱり関われなかったことに寂しさみたいなものも感じる。
仕方ないんだけどな、今は受験生だし。

ちなみに身長はまだ及ばなかった。
道のりはとおいぜ。


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