64.

恭弥も退院し、並中に要が戻ってきたと私は感じていた。
不在中に調子に乗っていた輩は校内外共に多いので、見回りに忙しく、
放課後は私と入れ替わるように応接室を空けているけど、
お見舞い中はずっと一緒にいられたからいいの。
応接室で彼の帰りを待つのが私の喜びだ。

山本君に誘われて行った野球大会では、
騒がしい集団に積極的には近づいてはいかなかったのものの、
沢田君たちだけでなく、京子ちゃんやハルちゃんも来ていて、
自分なりにしっかり応援できたと思うし、楽しかった。
少し人助けもできたと思うし、満足だった。

そんな平和な、とある放課後。

「あれ……、あなたは」

牛柄の服と髪型が特徴的なこの幼児が校内をうろついていた。
野球大会にも来ていた、沢田君の知り合いのはずだ。
彼らに会いにきたんだろうか。
校内で見かけたのも初めてじゃない。あれは一年の春。
風紀を乱してはいけないと思うけど、周囲に人はいないし、
子供の相手が得意じゃない私としては、対応に困る。

「あららのら ランボさんに何か用かな!?」
「……あのね、ここは中学校だから、勝手に入っちゃいけないよ」
「オレっちリボーンを暗殺にきたんだもんね!」

リボーンも校内にいるのか……。と思ったけど、もうあんまり驚きたくない。
マフィアとかそういう事情があるから、物騒なことを言われるとシャレにならないんだけど、
この子ただ自分に構ってくれる相手がいないから遊びに来たって感じじゃないかなぁ。
風紀として報告するのも馬鹿らしくて、直接保護者に連絡を取ることにした。

山本君は部活中だろうと思ったら、他に連絡先を知っているのはオカルト関連で興味を持たれた獄寺君だけだった。
仕方なく通話すると、「エスパー」の件でまだ諦めてなかったらしく、テンション高くてどうしようかと思ったけど、
適当にあしらって、沢田君かリボーンに代わるように言う。
沢田君に事情を話すと、すぐ行く!と返事があって、10分もしないうちに駆けつけてくれた。

「ランボ! 内藤さんに迷惑かけるなよ!」

沢田君の第一声はそれだったから、
私ってもしかして沢田君に腫れ物扱いされてる?と不安になる。
風紀のせいかな、言動がきついのかな などと少し反省する。
仲良くなりたいとまでは思っていないけど、友好的な気持ちは持っているつもりだ。
ランボは沢田君や獄寺君のお説教を聞き流し、武器を構えてリボーンに向かっていた。

「ちね、リボーン!」

死ね と言いたかったんだろうけれど、返答の言葉すらない、あっけない返り討ちに遭った。
赤ん坊と幼児の喧嘩だというのに、赤ん坊のほうが容赦ないと感じた。
思い切り地面に叩き付けられて、あれは痛いだろうなぁ……。

「が・ま・ん」

努力は認めるけど、決壊寸前の涙目は、すぐに号泣へと変わった。

「うわあああん!」

そしてアフロヘアから取り出した、バズーカのような武器を……

「ちょっと、なんで私に向けるの!?」
「あああああ!!」
「ランボ、逆! 逆!」

暴発したバズーカが私に向かってきて、冗談でしょ?としか思えなかった。
これで係っているのが沢田君じゃなかったらオモチャだと思えるんだけど、
こんなリアルなオモチャってある?
実弾の痛みなんて想像もできなかったけど、悲鳴を上げる。

けれども痛みはなく、ただ白煙と共に景色が移り変わる。
それはまるで目隠しが外れたような、
私が見る誰かの未来のような、別の現実の光景だった。

「かえで!」

名前を呼ばれた。
私は、ここにしかいないのに。
返事は聞こえなかった。
私がしなかったから?

呼ばれたのが私なら、私を認識されているのなら、
これは私がいつも見ている未来や過去の類ではない。
私が見える『未来』はせいぜい数日先のものであり、一方的な映像であり、対話などできないのだ。

ぐるりとあたりを見渡せば、どこかで見たことあるような雰囲気のお兄さんたちが円卓を囲んでいる。
あの人は獄寺君に。あの人は山本君に。そしてあの人は沢田君にそっくりで、
六道骸のそっくりさんや京子ちゃんのお兄さんまでいるなんて、これは夢だろうか。
視線は私に集まっていた。
何かの会議だろうか、私も出席しているみたいな位置だ。

そして何よりも、隣には恭弥にそっくりの、凄絶にかっこいい男性が座っていて、
目が合うと、私を見て、ふっと笑った。

見惚れて目が離せなかった。
恭弥もかっこいいけど、大好きだけど、
その人は大人のかっこよさっていうか妖艶さみたいなものが加わって、
握手してくださいって言いたくなるくらい魅力的な人だった。

「あ、あの……ここは?」
「ごめんね。心配しなくても、5分もすれば帰れるからね」

沢田君似の雰囲気のあるお兄さんが答える。
童顔っぽいところは似ているかもしれないけど、
落ち着きは全く別人だな と思った。

山本君似の人はニコニコしてるし、
獄寺君似の人は眉間にしわを寄せている。
かっこいい と思ったのはひっそりと内心に留めておく。
私は年上に憧れやすい傾向にあるのを自覚している。

とにかく情報を把握しようと思って、恭弥(仮)に触れようとした。
過去を見ても、恭弥なら許してくれるという条件反射のようなものが根付いていたせいだと思う。
その手を取ろうとしたのに、恭弥は、すっと私の指先を避けた。
あれ? と、『恭弥』に拒絶されたことに少なからずショックを受けた。

「見ないほうがいいよ、楽しみが減ってしまうからね」

言い分はともかく、従いたくなるような声だった。
楽しみって何?とは思っても、恭弥は懇切丁寧に説明してくれるような人じゃない。それはこの人も同じだった。
沢田君が繕うように言葉を継いだ。

「あのころの俺たちにとって10年間は尊いものだから、内藤さんにとってもそうであってほしい。たとえ知ってくれることで有利な情報があったとしても、見たくないもののもあると思うから、悩んで、自分で見つけた答えにも価値はあると思うから、俺たちは何も伝えない。
だから、何を知ってしまっても知らないでいてもどうか自分を追いつめないでほしい」

自分を追いつめないでほしい と言った沢田君はやけに深刻そうな表情で、
わけがわからないのに不思議な説得力のある言葉に、思わず聞き入ってしまった。

「――君には何度も助けられた。頼りないかもしれないけど、これからもよろしく」

その上で最後にはへらっと笑ってみせた、その笑顔は沢田君かもしれないと思う。

「あなたたちは、」

真に迫る勇気を振り絞った、そのとき。
軽い音と共に再び白煙が視界を覆って、現実を引き戻した。

次に目に映ったのは、間抜けなくらいぽかんと口を開けている沢田君だった。
リボーンがいて、ランボくんがいて、獄寺君がいる。
私が視界を奪われている間に、彼らもまた誰かと会っていたのを私は知らなかった。

――あの光景は彼らの未来の姿?
まさかそんなわけない、と思う。
けれど、黒いスーツに包まれたその人たちは、とても"それっぽい"と思えた。

マフィア、か。

あれが私の白昼夢でないとしたら、
まさかまた奇跡? 危機に瀕して新しいことができるようになったとか?
いや、無理をしたにしては息苦しさがないし、ひたすらに受動的だった。
それに、我に返った沢田君が私にフォローを入れようとしている。
じゃあこれは彼らの範疇ってことなのかな。

あれが、いったい何だったのか、
未来だとしたらそれはいつのことなのかはわからないけれど、
たしかに沢田君は私に親しげに話しかけていた。
私の能力を知っているような口ぶりだった。
私は、それを選んだんだろうか?

ふっと笑みがこぼれる。
何年、あるいは十年先も、恭弥の隣にいることができているのだとしたら、それは幸せなことだ。
そして彼らにも心を許したのだとしたら、許せたのだとしたら、そんな未来が訪れるのもいいと思えた。

どちらにせよ、それは私が選ぶ道なのだろう。
気に入らなかったら選ばなければいい。
選択肢はこの手の中にある。
『未来』は変えられるのだから。

ただ、苦渋の決断のように『俺たちは何も伝えない』と表明した、
伝えたいことを無理に押しとどめていたような沢田君の表情が、
『何を知ってしまっても知らないでいても』という言葉が、そっと脳裏に残った。


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