61.

恭弥の怪我が予想以上に酷くて仕事なんかさせられないから、
意見だけ聞いて、家に持ち帰ってやっておくことにした。
こういうときのために、私は恭弥の筆跡を真似できるのだ。
忙しいくらいのほうが『本来』を取り戻すのにちょうどいい。
あのとき痛感した自分の無力さから、立ち直れるように。

病室では たわいもない会話をたくさんした。
応接室ではお互い黙々と作業をしている時間の方が長い。
その沈黙も悪いものではないんだけど、今日は手持ち無沙汰ということもあり、
普段喋らないようなことまでたくさん喋った。
主に私が一方的に話しかけて、恭弥がたまに相槌を打つという感じだ。
元々話上手というわけじゃないから、会う前に頭の中に話題をメモしておくということを学んでいた。
これはこれで良い機会だと思って、途中から調子に乗った。
別に相槌を打ってくれなくても、聞き流してくれるくらいでもいいのだ。

事件の後始末のこと、治安のこと、委員会のこと、学校のこと、
先生のこと、授業のこと、クラスのこと、友達のこと、家族のこと、
休日のこと、好きな本のこと、音楽のこと、映画のこと。
今度一緒にでかけようか、とも。

どれくらい恭弥の気晴らしになったかはわからないけど、無視されてたわけじゃない。
案外話題って次々と出てくるものだなぁ。
恭弥についても、知らなかったことばかりだ。

ふと時計を見ると、六時を過ぎていた。
ついでに山本君と沢田君の様子も見に行こうと思っていたので、そろそろ帰るね と告げた。
惜しみつつ席を立つと、恭弥がふいに 手のつけられていないフルーツバスケットを指さした。

「もし寄り道するつもりなら、それ破棄しといてくれる」
「え……あぁ、うん。了解」

婉曲した言い方でも、何か意図があるのはわかりきっているし、
なんとなく言わんとすることを理解した。

受付で彼らの病室を聞くと、三人とも同じ部屋らしい。
酷い怪我をしているはずなのに、ぎゃーぎゃーとうるさいのが廊下まで伝わってきた。
そっとノックすると、返事があって、ドアを開ける。

「内藤さん……!」
「お、かえで、来てくれたのか」
「チッ」

獄寺君の舌打ちはともかく、沢田君と山本君はおおむね好意的だ。
リボーンがいることも、ある程度予測していた。
加えて病室には、どこか見覚えのある外国人のお兄さんがいた。
室内にはお見舞いの花や果物が飾ってあったから、他にもお見舞い客がいたのだろう。
三人とも顔色は明るいが、さまざまなところに包帯が巻かれている。

「こんにちは」
「ツナの学校の友達か? じゃあ俺はそろそろ行くかな」

その声、喋り方を聞いて、以前いつ会ったのかをほぼ確信する。
金髪、鳶色の瞳。こんなかっこいい外国人のお兄さんを見間違えるはずはない。

「私こそすぐ帰りますから、お構いなく。
はい、これ 風紀委員会からのお見舞いの差し入れ」

多分そういうことでいいんだと思う。
手土産があればお見舞いの口実になるからありがたかった。
クッキーくらいは持っていたんだけど、事務的な方が彼らも受け取りやすいだろう。
恭弥は口に出すことはなくとも沢田君に借りのようなものを感じていると思うし……。
ただし、それは屈辱と表裏一体だから難しいところだ。

一方、彼らは『風紀』の名に警戒を示した。

「風紀委員会からって……」
「……今回怪我した全員に配ってるわけじゃねーよな?」
「うん。正確には、『委員長』と『書記』個人からかな。
今回の事件の結末は風紀でも一部の役員しか知らないから」

沢田君は ほっと息を吐いた。
へたに有名になることを嫌いそうなイメージは正解らしい。
それは風紀の役目だと思うからいいんだけど、
こうして改めて見ても、この同級生はどこまでも"平凡"に見えるから不思議だ。
六道骸を打ち倒したとか、マフィアのボスだとか、未だに冗談に思える。

話題を変えるため、静観していたお兄さんに話しかけることにした。

「……ところで、あの、以前お会いしたことがありますよね?」
「えっ、内藤さん、ディーノさんと会ったことあるの!?」
「ん、そうか?」
「しかも忘れてるし!!」

お兄さんはディーノさんというらしい。
沢田君はいちいちリアクションして疲れないのかなぁ。
いや、たしかに凄い偶然だなぁ、とは思うけどね。
それにしても沢田君の知り合いっていうのがなんだか嫌な予感だ。

「恭弥のお見舞いだから……去年の冬かな? この病院で。
廊下でぶつかって、お兄さんが階段から落ちかけて、結局落ちて、
迷っていたから、病棟まで案内したんですよね」
「うっわ、それ絶対ディーノさんだよ。しかもそれって俺のお見舞いに来たときじゃ!?」
「部下がいないときのドジは日常茶飯事だからな」

なるほど、前回も沢田君の関連だったのか。
っていうかあのとき沢田君も入院してたの?
怪我? 病気? どっちにしろ二年連続入院なんて運が悪いんだなぁ。
ディーノさんは私の顔を見て少し考えてから、声を上げた。

「あぁ、思い出した。そういやそんなこともあったな!
あのときは助かったぜ。忘れてて悪かったな」
「いいんですよー。思い出してくれて嬉しいです。 また会えるなんて、奇遇ですね」

社交辞令じゃなければ、思い出してくれたことが奇跡だ。
外国の人にとっては日本人って区別しにくいんじゃないかなぁ。
まぁ、かかわったのはぶつかって『未来』を見たせいだったし、
行動に不審なところがあって印象的だった……とかなら嫌だなぁ。

「内藤さんなんか機嫌良い……?」
「タイプなんだろ」

沢田君がぼそっと呟いた疑問に対し、私の図星を突いたのはリボーン。余計なお世話だ。
でも内藤さんにはヒバリさんが、とか言う沢田君も。
これとそれとは別問題だし、目の保養は自由である。自動的に猫を被ってしまうのも仕方ない。
ひとまわり年下の女の子に助けられて朗らかにお礼が言えるところとか、尊敬する。

「ツナの友達だったんだな。名前をきいてもいいか?」
「友達っていうか元クラスメートで、内藤かえで っていいます」
「そうか、俺はディーノ。ツナの兄貴分なんだ」
「兄貴分……?」

まず、彼らが親戚には見えないこと。
私の記憶ではディーノというのはイタリア人の名前ということ。
イタリアはマフィアでも有名であること。
"ボンゴレ"はイタリア語であるということ。
以上から、彼らの関係を追及するのは、すごく嫌な予感がした。
のに、勝手に話してくれた。

「俺の教え子で、ツナにとっては兄弟子だ」
「ふうん……」

ようするにおそらく堅気な仕事の人ではない、と。
じゃあ不穏な話題を出してもかまわないのかな。
くるりと、沢田君たちに再び向き直る。

「ところで六道骸って、今はどうしてるの?」

その名前を出すと、彼ら全員の表情が見事に 強張った。
警察を呼ぶことは無意味だ と 言われたけど、
それなら、六道骸は逮捕されたわけじゃないのだろうか。
再び脅威となる可能性はあるのだろうか。
かかわってしまったからには結末を知らないのは不気味だ と 思う。

だって私は、悠然と立ちはだかる六道骸しか知らないのだ。
私が見ていないところで、事件は完結した。
沢田君の"勝利"を疑う気はないけど、じゃあ逆に"敗北"は何を意味するのか……。
少なくとも六道骸はこちらに死を示唆していた。

これは常に風紀が制圧している不良の喧嘩とも違っていて、"マフィア"というものが関係している。
六道骸の狙いは『ボンゴレ十代目』の沢田綱吉君だったのだ。
それがどれだけシビアな意味を示すのか、わからないけれど、
沢田君の兄貴分だというディーノさんが来ているのはおおごとになったせいかもしれない。

六道骸は私にとっても『悪』だし、許す気はないけど、
一方で、あの"闇"を歩く子供を見たことによって、同情の余地を見出していることも否定できない。
たとえ後味の悪い結末でも受け止めようと思うから 知っておきたい と思ってしまう。
一種の怖いもの見たさなのかもしれないし、自分の覚悟を試したいのかもしれない。
恭弥の前では絶対に口に出せない名前だしね。
けれど、リボーンはぴしゃりと断じた。

「お前が知る必要はない」
「知りたいって言ってるのに、教えてくれないの?」
「あぁ」
「……それなら仕方ないね」

私も黙秘を貫いていることがあるから、リボーンに対し、無理に追及はできない。
この赤ん坊と二人きりで話すよりは精神的に楽なんだけど……。

そういえば彼らは、私の能力を知っても態度を変えなかったな。
山本君に"予言"したことから始まり、夏祭りで未来が見えることを正式に明かし、
そして先日の"ワープ"を目の当たりにしても、態度に急激な変化はない。
風紀のこともあり、ちょっと探るような視線は生まれたものの、怯えや軽蔑の類じゃない。

赤ん坊は達者に喋って発砲するし、獄寺君は爆弾みたいなものを持ってるし、
沢田君はマフィアのボスらしいし、あの程度の非日常には慣れているのかな?
私の異能なんて六道骸の存在と比べたらささやかなものだし……。

絶対に見られてはいけない種類の秘密を見られたはずなんだけど、不思議と後悔はしていない。
あのときはあれが必要だったと思える。
彼らなら大丈夫なような気がして……境界を見失いそうで怖い。

認めよう。
私は彼らに恩を感じているし、信用も、きっと信頼もしている。
"誰かに"助けを求めて縋ったとき、応えてもらえるのは何よりも心強いものだ。

「家族」や「恋人」のように特別な名前がついているわけじゃない。
ただの元クラスメートや友達という、何の義務も発生しない関係だからこそ、
頼っていいんだ と思えたことは、世界ごと信頼できてしまえそうなくらい、
視界が広がったような、自分が地を踏みしめていると深く自覚するような、大きな安心感を私にもたらした。
そうじゃなければ不安で、一人で家に帰ってしまうことなんてできなかっただろう。

昔、家庭という殻に閉じ篭っていようとした。
次は応接室が至福の場となり、その周囲に壁を作ったんだけど、
誰かがひびを入れた隙間から外を窺って、差し出された手に連れられて、
そして今は、新しい境界線の置き場に迷っている。

「ねぇ、沢田君はどうしてマフィアになりたいの」

風紀委員に目をつけられることさえ恐れている平凡な男の子が、
そんな物騒な事柄に足を踏み入れられるのは何故?

「内藤さんまで!? オレはマフィアになんかなりたくないし、ならないよ!」
「……そうなの?」

意外な返答に驚いていると、沢田君は四方から否定を受けていた。
山本君は笑っているから、正確には三方か。
そういえば、今までもマフィア云々言ってたのはリボーンと獄寺君だけだったし、
沢田君はどっちかと言えば止める立場だったかも。
口止めのためじゃなくて、本気で嫌がってたんだ?
私も最初は冗談かと思ってたけど、六道骸に勝っちゃうあたり、彼にも"特殊"があるんだと信じていた。

「じゃあどうして六道骸に立ち向かえたの?」
「それは……なんとかしないと、被害が広がるって思ったから」
「ふうん……」

なんて平凡な回答だろう。
私の胸を満たしているのは、あぁなんだ結論は急がなくていいのか という残念に似た安堵だった。
早く決意を固めなきゃいけない……と切羽詰っていたのに、拍子抜けというか。
――こんなことを言うと、まるで私が決意を固めるつもりだったみたいだけど、それはともかく。

彼らの平凡と、私の特殊。彼らの特殊と、私の平凡。
稀有な偶然が二つ重なったなら、それは必然と呼べるのかもしれない。
望まない力なのだとしたらそれは私に似ている。
私は利用されるのは嫌だけど、これは恩だから、
困っていて必要だというのなら、いつか力を貸すかもしれない。

人間関係は1か0じゃない。
その中間にも心地よい関係はきっとある。
目に映る世界に彩りを増やすのは、自分なのだから。


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