59.

さすがに二日間も休んでもらうのは悪いから、ママには仕事に行ってもらった。
まだまだ体は重いけど、昨日よりはマシだし、おとなしくベッドに寝てるだけだから、一人でも大丈夫。
退屈だけれど、身体は休息を欲していた。寝飽きても、起き上がるのがつらいからそのままでいるという繰り返しだ。
早くちゃんと直して、恭弥のお見舞いに行きたいのだ、私が心配かけている場合ではない。
それでも、お昼にはパパが様子を見に来てくれて、やっぱり過保護だなあと笑った。

午後二時ごろ、玄関のチャイムが鳴った。
平日だし、普段なら誰も家にいないような時間帯なのだから、出なくていいよと言われていた。
電話も同じだ。居留守を貫く。

チャイムは、しつこく鳴り続けた。連打されているようだ。
セールスマンだとしたら、いつもこんなことをしているのだろうか。近所迷惑だなあ。
それとも、私が休んでいることを知っている誰かだろうか。
そう思うと、なんだか怖くなった。

並木さんなら、一言メールしてくれればいいのだ。
里奈子ちゃんは昨日来てくれたけど、今はまだ学校が終わる時間じゃない。
昨日、プリント類を持ってお見舞いに来てくれた里奈子ちゃんは、
「アンタの家、本当に遠いのね」と苦い顔をした。
自転車を使えなくさせたのは里奈子ちゃんだもんね。今では笑って話せてしまうよ。

そのとき、耳障りだったチャイムが鳴り止んだ。
ようやく諦めてくれたのだろうか。
ほっと一安心したのも束の間、部屋の窓が開かれて、スーツ姿の赤ん坊が入ってきた。

「チャオ」
「……リボーン」

近所迷惑と、不法侵入への不満もあり、顔が引きつる。
私は未だにこの狡賢い赤ん坊が苦手なのだ。

「何の用?」
「聞きたいことがあって来たんだぞ」

嫌な予感しかなかったので、話を逸らすことに徹した。

「それより、みんな大丈夫なの?
山本君も沢田君も獄寺君も、昨日学校休んだって聞いたけど」
「ボンゴレの医療班の手厚い治療を受けたからな。一週間もすれば元通りだぞ」
「そう、よかった……」

本当に、本当によかった。死んでしまったらどうしようと思った。
大怪我してしまうかもしれないとも思った。
彼らは約束を守ってくれた。私の認識よりもずっと頼もしかった。そして私はとても無力だったから。
ケータイが返ってきて、電話ごしに恭弥のいつもの声を聞けたときの安堵感以上のものはない。

それにしても、元『ダメツナ』の沢田君が、
あの六道骸を一体どうしたのか、まったく想像できない。
もしかして沢田君はなにもしていなくて、獄寺君と山本君が活躍したのだろうか。
――六道骸は、どうなったのだろうか。
気になったけれど、リボーンの鋭い視線に気づいて思考を止めた。

「お前の能力は単なる予知じゃねーな」

簡潔に、彼は本題に入った。
夏祭りのときに明かした『未来を見る』という能力。
言い逃れができないのなら、できるだけ彼らにとって無益だと思わせたかった。
変なの、恭弥になら、役に立つと思われたいのに。

伏せたのは、他人の過去を見る能力。

けれど一昨日、私は彼らの前に姿を現した。
特異な体験をした直後に、いるはずのない場所に、突然、大気の中から。

不可抗力だったのだけど、彼らの目にはどれだけ不可思議に映っていたかわからない。
その場で追及されなかったのは、私が遮ったからで、
それよりも重大な優先事項があったからだ。

「フゥ太が全部見てたんだぞ」
「ふうた?」
「骸に囚われていたツナの弟分だ」

初めて聞く名前だった。
弟分ということは、私たちよりも年下なのだろうか。
おそらく会っていない、と思うけど……私から見えなかっただけだろうか。

「お前と骸のやり取りも、お前が姿を消す瞬間も、な」
「それで?」
「自覚しろ。お前は立派な『超能力者』だ。」

ちょうのうりょくしゃ、という言葉に噴出しそうになった。
なんて現実感がないんだろう。突拍子もなくて、
なにか勘違いをしているんじゃないかと否定したくなった。
けれど――予知に空間移動、他人にはない力。
そういえば、こういうのを世間では超能力者というのだろうか。
へんなの、まるで自分のことじゃないみたいだ。

「お前は数日後の未来が稀に見えるだけだと言ったな。それも、自分では制御できない能力だと」
「そうだよ」
「だがそれだけじゃなかった。他にも隠していることがあるな」

図星だった。けれど、推定に至った経緯を否定したい。
空間を移動したことは、追い込まれた私が起こした一度きりの『奇跡』に過ぎない。
どうやったのか、どうしてできたのか、その感覚も、
熱に浮かされているあいだにもう忘れてしまった。
しかもその奇跡の反動でこうして寝込むことになっている。

「だったら、何?」
「全部話せ」
「なんで? 私の勝手だよ」

彼らのことはある程度信用している。でも、それでも、教えられない。怖い。
他人の過去を見る力に関しては、嫌な思い出しかないのだ。
たしかに彼らは、もしかしたら私以上に特殊だから、
未来を見る能力については受け入れてくれた。
だからといって過去を見ることまで許容されるとは限らないのだ。
ここまでなら大丈夫、じゃあここまでは? という、線引きができない。

「だから自覚しろって言ってんだ。悪いマフィアに目を付けられたら取り返しが付かないんだぞ」
「マフィアなんて、あなたたちがいなければかかわらないから」
「そういう問題じゃねえぞ。ただでさえ未来の情報は貴重なんだ。
それ以上のものを持っているんだとしたら、
お前は場合によっては『沈黙の掟』並の存在になりうるんだぞ」
「なに、そのオメルタって」
「マフィアが絶対に守る掟のことだぞ」

マフィアの用語を私が知るはずはない。よって、その重みはわからない。
パパもママも、堅気でまっとうな人生を歩んでいる。
私だって、生まれてからずっと、そんな世界を知らずにすんでいる。
沢田君たちがマフィアだからって、私を巻き込むことないじゃないか。

「あのね、矛盾してない?
悪いマフィアに目を付けられないように、マフィアのあなたに秘密を話すだなんて」
「ボンゴレはいいもんのマフィアだからな。
他のマフィアに取られるくらいならうちに来てもらうぞ」
「行かないってば! その『いいもんのマフィア』っていうのもよくわからないし」
「現に、ツナは骸を倒したじゃねぇか。命がけでお前との約束を守ったんだぞ」

私との約束に命をかけたわけではないだろうが、
約束が守られたことは真実だったので、言葉に詰まる。
まさかほんとうに成し遂げてくれるとは思わなかったというのが本心だ。

勝ってくれなきゃ困る、他に誰もいないから縋りついたのだけれど、
私にとって彼らはただの元クラスメートで、マフィアといわれても一般市民にしか見えなくて、
一方で、六道骸の恐ろしさだけはこの目ではっきりと見た。
大怪我はなくても、ちゃんと元気だったはずの彼らが学校を休むくらいの疲労と怪我はあるらしい。
なにもできなかった自分と比べて、罪悪感に似たものがあった。

「ヒバリも無事だ。お前はツナに恩があるんじゃねぇのか」
「恩を感じてたって、拒否権くらいあるでしょう」
「ファミリーはボスに隠しごとはなしだ」
「横暴だね。ますますなりたくない」
「ヒバリがボンゴレに来るならお前も来るって行ってたじゃねぇか」
「恭弥は認めないでしょう」

リボーンは、「時間の問題だ」と、前とまったく同じことを言ったので、
これ以上議論しても堂々巡りが続くことは目に見えていた。
私は病人なのに、勘弁してほしい。
ついついむきになって言い返してしまうのが悪いとはわかっているのだけど……。

話したくないことを黙っているのは簡単だ。
反論できなくても、口を閉ざせばいい。
さすがにこじ開けられるわけはないのだから。
私が話さなければ、リボーンは私の声を聞くことなどできないのだから。

そうして、ついにリボーンは諦めた。
今日は帰ってくれるらしい。

「いいか、これはお前の命にかかわることなんだからな。
ボンゴレを味方につけたほうが安全なんだぞ。真剣に考えろ」

その背中を見送りながら、私は、ぼんやりと彼らにならいつか話すかもしれないと思った。
ボンゴレというマフィアとしてではなく、友人として、元クラスメートとしての彼らに。
また不可抗力な出来事が起きれば、特にその線は色濃いだろう。

だからと言って、いますぐに決心がつくわけではないのだけど、
もしかしたらリボーンは説得のための話術だけではなくて、
私のためを思ってくれたかもしれないと、少しだけ思ったのだ。


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