45.

終わったから帰るよ、と言った先輩に、待ったの声が掛かる。
先輩は集団から有り金を全部奪っていた。
沢田君が叫ぶ。

「なんでにひったくられた金もフツーに持ち帰ろうとしてるんですか!?」
「当然だろ。集計は任せたよ」
「えっ、はい」

思わず返事をすると、三人の視線を浴びた。
そんなふうに見られたって、
私の優先順位は恭弥先輩が第一位なんだから仕方ないじゃないか。

ああ、でも確か彼らは公民館の壁を弁償するために屋台をやっていたんだった。
中学生なのに労働で責任を取るって凄いことだな。このお金がないと困るだろうな、と思う。
というか、彼らのお金を持ち帰るのはどう考えても道理に外れているわけで。
なんとか先輩を説得できないか。

「それじゃこっちは困るんだ。返してくれねー?」
「……奪い返してみなよ」

恭弥先輩は楽しそうにトンファーを構えた。
獄寺君が応戦して、リボーンがまた沢田君に向けて発砲して、沢田君の人が変わる。

私は慌てて、荷物を持って木の下まで避難した。
知り合い同士が喧嘩している分にはおそらく私には被害がないから、ただただ眺めることにする。
獄寺君が放つ爆発物は怖いけど。勝手にやってくれ。
恭弥先輩の居場所もわかったことだし、歩き疲れたし、少しくらい休憩だと思ってもいいだろう。
ひったくり犯についての詳細だけ確認しようと資料を取り出した。被害総額と同じ分だけ回収できているだろうか、と。

「お前の能力はなんだ?」

気づくと、何気なくリボーンが隣に立っていた。
ああ、もう。戦闘していてくれればいいのに。赤ん坊だけど。
これが私を探るいい機会だと思ったんだろう。

今更、私は彼らに能力を隠していなかった。ぺらぺらと説明していたわけじゃないけど、
隠す必要がないように感じたというか、しかたなかったというか、なりゆきというか、
あんなに堂々とした常識外れだから、異能であることにそう抵抗を持たずにすんだというか。
隠すことも、暴くことも、今更だった。暗黙の了解が心地よくて、だからこそ頼ることができたのに。

「もうわかっているでしょ」
「予見か」
「そんなところ」
「どのくらい先がわかる?」

利用されるのはごめんだ。私は自分の心によって能力を使いたい。それが理想だ。
明らかに利用価値を定めようとしているリボーンに、自分からぺらぺらと詳細を喋ることではない。
だから、私には未来しか見えないと思っているリボーンに、過去の話はしなかった。
過去を見る能力の方が利用価値が高くて、精神的に辛いからこそ。

「3,2日先。でもね、いつも見えるわけじゃないの。しかも、自分で意識して見ることは出来ない。
ときどき、目隠しが外れるみたいに先が、未来が見えるだけ」

ほら、役立たずでしょう。期待させてごめんね。
そんなニュアンスを込めたのに、赤ん坊は目を光らせた。

「本当にそれだけか?」
「なにを期待してるの?」

未来が見えるというだけで十分異能なのに。だから明かさなかったんだよ、と言い訳できる。
人とかかわらない理由には……少し足りないかもしれないけど。

「いや。どっちにしろ、未来の情報ってのは、物によってはかなり貴重だ」
「そうだね。有益なものが見えたらね」
「質の悪いマフィアに目をつけられるんじゃねーぞ」
「あなたたちのこと?」
「……これはマジだぞ。ボンゴレはいいもんのマフィアだけどな」
「心配しなくても、あなたたちがバラさなければ、私はマフィアとかかわりなんてないんだから大丈夫」

いいもんのマフィアとかよくわからないけど、基本的に私は能力を隠しているのだ。
教えてもいいと思える人以外には隠す。これからもそれは変わらないだろう。
リボーンはしばらく私を睨むように見ていて、それから一つ舌打ちをして、戦場の中に入っていた。
去り際に「まだなんか隠してやがるな」と呟いたけど、聞かなかったことにする。

私は再び呆けながら四人を見た。いつまで続くのかな……。
夏の夜風が頬を撫ぜた。


それから、だんだんと退屈になった。
だってせっかくのお祭りなのに とか、もうすぐ花火始まっちゃう とか、そういうことを思ったのは悪くない。
何が楽しくて、いつまでも武器のぶつかり合いとか爆発とか殴る蹴るの攻防を見ていなきゃいけないんだろうか。
男の子ってわからない。
時計を見て、嫌になって、立ち上がった。

「恭弥先輩ー! もういいじゃないですか!
もともと回収予定のなかったお金だし、こだわるようなものじゃないでしょう!?」

主張してみたら、怖い顔で睨まれた。そういう問題じゃないんだ邪魔するなと怒られた感じだ。
わかっている。スポーツみたいなものなんだ。
三対一だけど、全然決着がつかない。先輩が完全に勝利するまで終わらないんだろう。
それっていうのはつまり諦めるくらい三人が怪我をするまでってことだ。そんなの、後味が悪い。

「いいじゃないですか、集金はもう予定通り終わったし、
余計な収入もあったし、彼らにも事情があるんだし、返しましょうよ!」

彼らの味方みたいな発言をすると、ちょっと見直されたようで、よく言った!というような小さなガッツポーズ。
反比例で恭弥先輩の機嫌が悪くなるから嬉しくはない。
自分勝手でごめんなさいと心の中で謝りながらも、私という邪魔のせいでこれ以上戦う気が失せてくれることを願った。

「花火、始まっちゃいますよ?」

懇願していると、なんかもう泣きそうになった。そんな声になってしまった。
ここで見捨てられて『一人で見てくれば』とか言われたらどうしよう。
親や友達と一緒に来ているわけじゃないのだ。本当に一人になってしまう。
ちなみに、久しぶりってこともあって、花火を見ること自体は義務的な確定事項になっていた。

「……なんで泣くの」
「泣いてません」

同情を引きたいわけじゃなかったから、そう言うと、盛大な溜息を吐かれた。
恭弥先輩は、金庫を近くにいた獄寺君に投げて寄越して、

「やめた」

と言った。
それから私の方に歩んできて、「行くよ」と腕を掴んだ。

「え?」

呆けている間に、引っ張られて階段を下る。
振り向くと三人も私以上に呆然としていて、苦笑した。
目が合ったから、「ごめんね、ありがとう」と意味もなく言った。
ごめんねは多分、迷惑かけてごめんね、だ。感謝は自然に出た。


下駄が歩きにくくて何度かこけそうになると、速度を遅くしてもらえた。
腕を引っ張られているといっても、痛くはない。
花火が始める直前だから、屋台の通りには人が少なかった。
先輩は行く方向が決まってるみたいに進む。

「どこで見るんですか? 花火って人がたくさんいるでしょう?」
「毎年決まってるんだ」

首をかしげながらも、恭弥先輩についていけば大丈夫だろうと信じて、歩いた。
しばらくして辿り着いたのは、人気のない場所に立てられた簡易な物見やぐらの前だった。
屋根はなく、梯子で上にのぼれるようになっていて、花火を見るために作られたような感じがする。
見通しがよくて、まわりには誰もいない。

「わあ!こんなのがあったんですね。絶好のスポットじゃないですか。
でも、なんで他に人がいないんでしょう。知られてないんですか?取り合いになっていてもおかしくないのに」
「それは僕専用だからだよ」

え、とか驚いているうちに、恭弥先輩は私の腕を放してさっさと梯子を上った。
後を追おうとすると、そのとき、最初の花火が打ちあがった。
はっと空を見て、鮮やかな光景に胸を打たれて釘付けになる。

「早くおいで」と言われたので、私も急いで梯子を上った。
上のスペースは案外広くて、ござが敷いてあり、
足を崩して座っている先輩に倣って、浴衣に皺をつけないように腰を下ろす。
それから、途切れない花火に手すりから身を乗り出すくらい見入った。

夜空いっぱいに広がる。
一瞬の沈黙と、煙が昇って、大輪が咲く。咲いて散る。鮮やかな迫力。目が放せない。
本物の光の花は、こんなにも美しい。

しばらくのあいだ、声も出せずにいた。
はっと我に返って、振り返ると、先輩は満足そうに口角を上げていた。
感想を話しかける。

「綺麗ですね」
「そうだね」

微笑う恭弥先輩が麗しくて、夜の闇に映えた。心を奪われる。
背後でまた花火の音がする。手すりから離れて、隣に座った。

「恭弥先輩」

意識が向けられたのがわかる。それだけで、心臓が高鳴った。

「好きです」

自分の中では何度も唱えた言葉だったのに、声にすると恥ずかしくて、手に汗が滲んだ。
目を合わせようとしたけれど、不可能で、けれどすぐに視線を奪われる。

「――知ってる」

柔らかくて温かいものが唇を塞いだ。
びっくりして身を引こうとすると、後ろから頭を抑えられていた。
気づいて、目を閉じて力を抜いた。
それから――よくわからない。ただ、手を伸ばして背中に回した。
全身が熱かった。一瞬過去が見えたとか、そんなことはもうどうでもよくて。
息が苦しくなったころ、離されて、熱い吐息がこぼれた。

幸せすぎて涙が出そうだった。

それから、手を繋いで花火を眺めた。


手をのばしたら、あなたに届いた。


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