44.

浴衣と下駄に走りにくさを感じていると、
正面方向から、さっき見送ったはずの山本君が走ってきた。
しかも、表情が険しく、緊迫した雰囲気に変わっている。リボーンと獄寺君も一緒だ。
山本君は私を見とめると、なにかを振り切るようにして尋ねた。

「ツナ見なかったか?」

それだけでだいたいの状況が飲み込める。
今まさにどうにかしようとしていた事態の、手段があちらからやってきたのだった。
私はそれまでの体験から、彼らを信じて導くことにした。

「こっち」

彼らの進行方向に従って走り出すと、
何かを言おうとしたのかもしれなくても、結局は何も言わずについてきてくれた。
けれど、すぐに追い抜かれる。
相手は体力の塊みたいな男子二名プラス謎の赤ん坊なんだから仕方ない。
私はただでさえ走りにくいのだ。彼らには遅れる私を気遣っている余裕がなかった。

「そのまま真っ直ぐ行って! 神社の階段上ったところ」

指差して叫んだ。
さんきゅ、という声があって、加速して、遠ざかっていった。
それを見送ったあとには、ゆっくりと歩いて後を追う。
恭弥先輩がそこにいると知った以上、関わらないという選択肢は存在しなかった。
頼りになる役者は揃っているし、覗くだけから大丈夫だと思いはするけど、
用心のために巾着袋の中にある護身用具の所在を確認して、いつでも取り出せるようにした。
それで、長い階段を一段一段、上る。不穏な空気が近づいていくのを感じる。


――見えたのは、混乱した戦場だった。

火薬の煙の中で柄の悪い集団が次々と減っていく。
ぶつかる鈍い音、切り裂く鋭い音、動揺の叫び声、すべてが騒音として耳を劈く。
優位な立場で戦っているのはたった四人の見知った顔だというのだから、
いくら少しは予想していたとはいえ、異様な光景だと思わざるをえなかった。
沢田君はパンツ一丁の姿だし。

喧騒の中に恭弥先輩を見つけたけれど、
あまりに表情が生き生きしていたから、邪魔する気にはなれなくて、
声も掛けられず、しばらくのあいだ、どうしようかと立ち往生していた。

「内藤さん!?」

そんな私に気づいたのは沢田君だった。
額の炎みたいなのがシュッと消えて、さっきまで別人みたいな顔をしていたのが元に戻る。
まったく、なんでこんなに気が弱そうな顔した、平凡だった、クラスの男の子が、
こんなふうになってしまっているのかわからない。
こんな光景の前に私がいることも信じられないことだ。
怖いことから逃げていたのに、一番避けていたことに、今は自分で歩んでいく。

隙が出来てしまった沢田君に、一人の男が鉄パイプを振りかぶった。
危ない、と思う間もなく、その人は横からトンファーの強打を受けて倒れた。
どうやらそれが最後だったらしい。
地に伏した、数え切れない柄の悪い集団というのはそれだけで後退りたくなる光景だった。
四人はそこに佇んでいた。その足元にリボーンもいる。

「えーっと……」

そんな、なんでいるの?みたいな顔をされても困る。
山本君、獄寺君、リボーンはさっき会ったところだからともかく、沢田君は混乱しきっている。
恭弥先輩は一瞬私を見ると、すぐに視線を外した。
それから、地面に置いてあった金庫みたいな箱を拾って言った。

「じゃあ、金はもらっていくよ」
「ええええ!?」
「なっ!」
「やらねー、っつってんだろーが!」

再び戦闘が始まりそうだった。
疲れてないの?とか、今まで一緒に戦ってたんじゃないの?とか、
あれはひったくられたお金じゃないの?とか、思うことはたくさんあった。
たぶんこれは恭弥先輩が無茶を言っているんだろうな。

「恭弥先輩、探してたんですよ?
仕事が終わったら、すぐにいなくなっちゃったから」
「悪い?」
「悪くはないですよ。ただ、ひったくられたお金ならっ!」

そのとき、右の足をガシッと掴まれた気がした。
声を呑んで下を見ると、気絶しているか動けないのかと思っていた集団の一人が、
地面に這いつくばったまましっかりと私の足首を掴んでいた。
嫌な笑みで見上げる視線が気持ち悪くて、悲鳴を上げた。
けれど、相手は腐っても大人の男。
身動きをしてもそれは外れず、逆にバランスを崩しそうになるだけだった。

「お前の彼女かァ? けっこうかわいいじゃねーか」

反対側で、一人がふらふらと起き上がった。
どうやら圧倒的な差を見せ付けられて立ち上がる気力を失っていただけで、
ほんの少しの余力は残っていたらしい。
のこのこやってきた私が馬鹿だったのだ。
肩に手を置かれて、振り払おうとするけれど、どうにもならない。
一瞬流れ込んできてしまった過去も不快で、見ないようにすることに神経を使った。

「殺すよ?」

殺気の篭った声で、先輩がトンファーを向ける。
目が合って、その黒い双眸が私を映したとき、私は、自分が邪魔者になってはいけないと思った。
――制服を変えたとき、先輩はなんと言ったか。

「おっと、動くんじゃねーよ」

腕を掴まれそうになったから、精一杯身をよじらせて避けたけれど、
足を掴まれているのだから逃げられるわけではない。
すぐに巾着袋の中から、『例のもの』を取り出して、迷わず、男の顔面に噴射した。
男は声を上げて顔を押さえた。

「催涙スプレーッ!!?」

沢田君の驚いた叫び声が聞こえた。
先輩に『自分の身くらい自分で守れるように』と言われてから、護身用具はいつでも持ち歩いている。
使い方の確認はしてあったけど、対人に使うのは初めてだった。
人を傷つけるのはあまり気持ちのいいことじゃない。
でも、とりあえず、足を掴んでいたほうの人にもスプレーをかけると、足が解放された。

たくさんの倒れている人のうち、誰がいつ起き上がってくるかわからない、
まるでゾンビの住みかにいるような状況なので、まだ安心はできない。
もう一つのもの――スタンガンも取り出して、握り締めた。

警戒と威嚇をしたまま、少しずつ恭弥先輩のもとへ寄る。
すぐ傍まで行って、やっと安心できた。

「なにしてるの」
「なんかもう、本当にすみません」
「トドメ刺すから退いて」

道をあける。
近くに同級生たちがいるからそこまで怖くはない。
沢田君が私の持っているものを凝視していた。

「今度はスタンガンだしっ!
内藤さん、なんでそんなもの持ってんのっ!?
っていうかなんで此処に!?」

とりとめもない疑問。
とりえあず答えは決まっていた。

「邪魔してごめんね。
何度も言うようだけど、私は風紀委員だから。
風紀委員なら、自分の身くらい自分で守れなきゃね」


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