42.

来た道を戻るようにして、並んだ屋台の前を歩く。
さっきと違うのは、集金箱を抱えていることと、前後にはちらほらと風紀委員の姿があること。
先輩の言ったとおり、『風紀』の文字に人が避けていくので、かなり視界が広くなった。
私だけ別の意味でじろじろ見られるんだけどね。

風紀委員の人たちは散ってしまった。
ときどき書記の私の元に、回収したお金を預けたり、状況を確認報告しにきたりする。
委員長の性質上、団体行動するべき集団じゃないのだ。
そのわりに規律は厳しいけど。

抱えた集金箱は着実に重くなっていく。
中身はすべて紙幣、しかも万札限定だというのに。
今いくら入ってるのか、集計するのがちょっと怖くなった。

「5万」

簡潔に告げられて、
わかってる人は、その姿を見ただけで、万札を差し出す。
わかっていない人は、いったん拒否して、実力行使されて、後悔する。
さっきまで明るく営業をしていた屋台が破壊される。
私はそうして集められたお金を管理して、屋台の一覧表にチェックを入れていく。
それが風紀委員だから。
きれいごとよりも欲しいものを見つけてしまった。

さっき並木さんと歩いたのと同じ道なのに、気分は全然違った。
手を引かれて歩くことと、自分で歩くことの違いかもしれない。
並木さんといたときは子供みたいにはしゃいでいたのだけど、
今は急に中学生に成長したような、今まで自分が選んできたものとかを全部受け入れて、歩いている。

だんだん夏祭りの人ごみは密度を増している。
夜が近づいて、風も少しだけ涼しくなる。
風流だなあと、いい感じに感慨に浸っているところに、
聞き覚えのありすぎる声が聞こえてきた。

「ヒバリさんーー!!?」
「てめー 何しに来やがった!」
「まさか」
「ショバ代って風紀委員にー!?」
「活動費だよ。払えないなら、屋台を潰す」

そういえば、そろそろ山本君のチョコバナナ屋台の前を通るころだったようで。
あの二人がいたのだから、沢田君がいてもおかしくないわけだった。
ああ、そういえばここからも集金しなくてはいけないのか、と思った。
だから良心のつもりで口を出す。

「ちゃんと払ったほうがいいよ」
「あ、内藤さん!」
「こんにちは沢田君」

沢田君に会うのは始業式以来かもしれない。
一年生の頃、ずっと隣の席だったので、『久しぶり』というのが変な気分だ。
改めて、進級してからのここ数ヶ月は長かったなあと感じた。
いろんなことがあって、クラスが今のクラスであることに馴染んだ。
去年は隣の席でも、話したのなんて数回なのに、
案外こういうときの方が自然に話しかけられるんだ。

「やっぱり風紀委員の!?」
「うん。浴衣だけど、風紀委員兼、元クラスメートからの忠告。
ほぼ全部の屋台がショバ代を払ってるし、払わないことで得はしないよ」

そう言ったところで、右方向から「待ってください!」という懇願が聞こえた。
どうやら支払いを拒否したらしい。
何度も聞いたから予測できたけど、見れば、案の定一つの屋台が潰されていた。

「やっぱり払います!払いますから!!」

それでも破壊活動は続く。
委員長が許可を出すまで。
沢田君は驚愕のままあんぐりと口を開けていた。

「あのー、もういいんじゃないですか?」

裾を掴んで、恐る恐るそう提言すると、恭弥先輩は私を一瞥した。
でも、それから無言で歩んでいく。
止めるのは先輩の役目だ。
その姿を見とめて、屋台を壊していた委員の行動が止まる。
先輩は、屋台主が握っていたお札を奪い取って、「たしかに」と頷いた。
それで終わり。
五枚のお札は私の集金箱に入れられた。

「ね?」

最終的に払うことになるのだから、最初に払わずにいいことはないよ、と示したかった。
私にできる最大の友好の証だ。
いつかと違って、偽善ぶっているわけじゃないんだ。
沢田君と山本君は顔を見合わせて、獄寺君は即答した。

「気に入らねえ。てめーに払う金なんてねえよ!」
「ちょっ!獄寺君!?なに言ってんのーー!?」
「お前さっき『払うつもりだ』って言ってなかったか?」
「相手がこいつらだと話が別なんだよ!」
「へえ?」

鼻で笑うようにした恭弥先輩は、明らかに楽しそう。
実際「面白い」と言って、トンファーを構えた。
委員長直々の破壊活動が始まるらしい。

彼らは公民館の修理費を稼ぐんじゃなかったんだろうか。
それどころか、借りた屋台も修理代を払わなくてはいけなくなる気がする。
先輩を挑発しているのは獄寺君。
『気に入らない』の台詞は私に向けられた気がしなくもないけど、
いっそ、公民館の壁を壊したのは獄寺君のせいのような気がしてきた。

とりあえず、先輩の邪魔にならないように後ろに下がった。
すると沢田君が慌てて言う。

「内藤さん、なに後ろ下がってんの!?
払う!払いますから!! ヒバリさんのこと止めて〜〜!」
「さすがに屋台壊されんのは困るぜ」

二人はけっこうな危機感を感じているらしく、必死だ。
山本君に免じてどうにかしたいとは思うけど。

「止めてって言われても、それは獄寺君のほうじゃ…
まあいいや。恭弥先輩。5万受け取りますけど、いいですか?」
「そんなことはどうでもいいよ」

目も見ずに言われてしまった。
どうでもいいってことはないだろうに。

「……仕事しましょうよ」
「僕に指図するの?」

トンファーの矛先と殺気が私に向いた。
怒らせるのには慣れているけれど、いつ殴られてもおかしくない。
綱渡りだ。まだ殴られたことがないのが奇跡。
そのわりには正直に欲求を述べてみる。

「んー、でも、早く終わらせたいなとは思います。
せっかくのお祭りなんだから、
仕事が終わったら遊びたいという気持ちもちょっとあるわけですよ」

人の群れが嫌いな恭弥先輩が屋台を回るのに付き合ってくれるとは思えないけど、
それはおおかた並木さんに満たしてもらったわけで。
実は一番楽しみにしているのは、

「花火の時間になったらやっぱり花火見たいですし……」

最後に大きな花火を間近で見たのは子供のとき。
手持ち花火なら家族で何度かやったけど、
打ち上げ花火なんてお祭りのときしか出会えないじゃないか。
特に好きな人と見られたら、それは一生の思い出になると思うのだ。

だから私は、『どうでもいい』と言われたのをいいことに、解釈して、
沢田君から5万円を受け取った。

「花火、ねえ……」
「嫌いですか?」
「別に。明るい火に群がる虫の心情は理解できないけどね」
「ああ」

つまり花火を見に人が集まるのが嫌らしい。
静かに花火を見られる場所があるといいのだ。
私はこの地に明るくないから、探そうと思ったらやっぱり時間がかかってしまうけど。
そのためにも手際よく仕事を終えたい。

「ね、だからお願いします」
「ふん」

恭弥先輩は渋々ながらもトンファーを仕舞ってくれた。
「じゃあ、狩は後にするよ」とちょっと引っかかる言葉を残しながらも。
そんな先輩の様子を見て、沢田君は安堵の息をついた。
それから何故か私を見る。
おもむろに、山本君が言った。

「そういえばよ、かえで、さっきの人はどうしたんだ?」
「さっきの人……並木さん?」
「そう。一緒だっただろ?」
「帰ったよ。送ってくれただけだもん」
事実をそのまま伝えると、沢田君が首を傾げた。
さっきいなかったもんね。

「並木さんって?」
「さっきかえでと一緒に寄ってくれたんだ。かっこいい兄さんだったな。
えーっと、親戚じゃないんだっけ?」
「家族みたいな人だよ。お兄ちゃんって年じゃないけどね。
もともとはパパとママの高校時代からの知り合いだから、血の繋がりはないんだ」

さっき『知り合い』で終わらせてしまったので、やっと見つけた言葉を報告した。
うん。並木さんは家族みたいな人。昔からずっと一緒にいる。
波長が似ているというか、気持ちがわかるというか、わかってもらえるというか、傍にいると安らぐ。

ありていに言えば、私たちを繋いでいるのは数奇な運命だ。
もしも『特殊』でなければ、どうなっていたのかなと思う。
きっとなにもかも違っていたと、仕方のない憶測を。

「何、あの人此処に来てたの?」
「え? はい」
「ふうん」

ああ、相性が良くないのだから、タブーな話題だったかもしれない。
そう思って、話を切り上げた。
再び山本君に別れを告げて、業務に戻る。


歩き始めて、もう賑やかな人込みで後ろの声は聞こえないというところで、
私たちの後姿を見て、沢田君が呟いた。私は聞こえなかったけれど。

「内藤さん、また印象変わったね。明るくなったっていうか」

「んー? ああ、そうだな」
「ヒバリさんに意見言ってたし。それとも、もともとああいう人だったのかな?」
「そうじゃねーか?俺たちが知らないだけでさ、面白いやつだぜ」

山本君の言葉に、沢田君は頷いてみせた。

「そっかー、それにしても、
ヒバリさんって、内藤さんのこと……
いや、内藤さんはヒバリさんのこと……?
あの二人って付き合ってるのかな?」

異端であることをいとわない。
それは、はたからはこれ以上なく強い絆の象徴に見えるのだった。
実際、真実であってほしいと思う。

沢田君は、彼の隣で山本君の表情が翳ったことに気がつかなかった。


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