41.

屋台の並ぶ道を行き過ぎて、人ごみを外れ、集合場所に着いた。
もう既に多くの委員が集まっている。
その中に、光を纏うような姿を見つけた瞬間ぱっと嬉しくなった。

「恭弥先輩!」

つないでいた手を離して駆け寄る。
でも、声に反応して、他の大勢の委員もこちらを向いたから、一瞬たじろぐ。
並木さんは、慌てて後ろから私の腕を掴んだ。
そして小声で言う。

「おい、かえで。集合場所間違えてないよな?」
「なんで? 合ってるよ?」

訝しげな意見を受けて、私はもう一度その『集団』を見た。
全員が黒い学ラン姿で、多くが柄の悪いリーゼント。
『群れ』とみなされないために、それぞれが少しずつ距離をとった場所に立っている。
当然のように女子生徒の姿はない。
それなりに見慣れてるけど、たしかに異様な光景だ。

ちなみに、私は、結い上げた髪に、浴衣に、帯に、巾着袋に、下駄と、
頭の先から足の踵まで完全にお祭り気分の格好をしていた。

「お前、そんな格好でいいのか?」
「うっ……とね、浮かれすぎてたことはちょっと今反省してるけど、お祭りだし。
一応、ちゃんと恭弥先輩に浴衣でもいいって許可貰ってるから、大丈夫。
これでも持ち物は持ってるし、集合時間に遅れてきたわけでもないからね」

恭弥先輩の名前を出すと、私を見ていた風紀委員の人たちの好奇の視線が引いていく。
小声でも、ちゃんと聞こえてるものだなあと思う。
どうせ制服を着てきたって目立つことに変わりはないのだ。
だったら、お祭りの機会を逃したくなかった。

ちなみに、委員会の中で私はどんな立場にあるかというと、すっごく中途半端だったりする。
活動している女子はただでさえ少ない。しかも二年生で、先輩と後輩の中間。
『書記』という役職を貰っているけれど、書記だからこそ、こういう外の仕事に参加することは殆どない。
書類担当で、役に立っていないとは思わないけど、必要以上に恭弥先輩のそばにいるから、
「生意気だ」と思われてるかもしれないし、考えるとそれはあまり心地のいいことではないけど、
先輩の許可がある限り直接文句を言われるわけではないから、私はそれでかまわなかった。
副委員長の草壁先輩とか、なにかの機会に親切にしてくれる人もいるしね。

「ふうん。……これが噂の風紀委員会ね」

並木さんが意味ありげに呟く。
恭弥先輩がこちらに歩んできたので、口を開くと、それより早く先輩の第一声があった。

「本当に浴衣着てきたんだ」
「いけませんでしたか?」
「別に」

いつもと違う、着慣れない格好をしているので、自分でも妙な感覚がある。
いろんな人に指摘されると少し気恥ずかしかった。
すると、隣にいた並木さんが恭弥先輩に向かって言った。

「お前が雲雀恭弥か」
「誰、この男」

重ねるように先輩が言った。
並木さんはたぶん、パパに恭弥先輩の話も聞いていたんだろう。
呼び捨てにされたせいかどうかしらないけど、プライドが高い人だ、先輩から不機嫌さ伝わってくる。
そして、『誰』と聞かれて、またその質問が来たか、と思った。

「えーっと、この人は並木さんといって、……知り合いの人、です」

本当はいろんな修飾要素をつけたいのだけど、説明し尽くせるわけではなく、
下手に飾り立てようとするほど嘘が混ざってしまう気がしたから、
さっき山本君に言ったのと同じように、間違いのない事実だけを述べた。

「さっき手つないでなかった?」
「つないでました」

そのまま答えると、先輩はさらに不機嫌そうに並木さんを睨んだ。
なにをどう弁明すればいいのかわからなくて、困って並木さんを見上げる。
すると、大きくて優しい手が頭の上に置かれた。

「くだらねえこと考えてんじゃねーよ。俺はこいつの、保護者みたいなもんだ」

『保護者』と聞いて、ああ、そういう表現の仕方があったか、と思う。
対等に扱われたいという私の子供ながらの自尊心がちょっと傷つくけど、
少し大人になった気分の視点で事実だけを受け入れれば、間違ってはいなかった。
それから、もっとぴったりな言葉を思いつく。

「保護者? 父親にはこの間会ったけど」
「並木さんは、血の繋がってない家族みたいな人ですよ」

横から口を挟むと、二人して私を見た。
それから『家族』という言葉に反応して、並木さんはふっと微笑んだ。嬉しそうなのがわかる。
この人は、たいてい私に手の届かない大人だと思わせるのだけど、
気ままな一人暮らしの自由人で、ときどき私に子供っぽいと思わせる瞬間があるのだ。
今のは、いつもママの笑顔に応えるのとは別の表情だな、と思った。

「それで?」
「集合まで時間があったので、屋台を回るのに付き合ってもらっていました」
「来るの遅いんだけど」

冷静に言われて、焦りながらも首を傾げる。

「あれ? 一応、まだ時間前ですよね?」
「基本は30分前集合」
「そうなんですか。 ……すみません」

外の仕事に参加するのはほとんど初めてだったので、失敗したと思った。
もしかして集合時間っていうのは仕事の開始時間に等しいのだろうか、
なにか確認事項を聞き逃してしまっただろうか、と内心で焦っていたのだけど、
並木さんは何を思ったのか、恭弥先輩に食ってかかった。

「いいかげんにしろよ。勝手なこと言いやがって。
なにも悪いことしてないんだから、かえでも謝るな」

悪いことをしてないんだろうか?
そんなこと言われても困ってしまう。
委員長に向けられた敵意に、他の委員たちが反応するのがわかって、冷や汗をかいた。

私は、言われたことを、素直に今後の参考にしようと思うだけなので、べつに苦ではなかった。
並木さんには理解できないかもしれないけど、
ここでは恭弥先輩がルールで、恭弥先輩が言っていることが絶対なのだ。
そういう場所なので、今更常識という物差しを持ち込んでほしくなかった。

でも、並木さんは止まらない。
睨むような視線に挟まれて、どうしようかというところだ。

「さっきから聞いてりゃ、なんだよ。
こいつはなあ、人ごみが苦手なんだよ。知ってんじゃねえのか?
もっと早く来いっていうなら、来やすいところに待ち合わせるか、お前が迎えに来るかだ」

その言葉のいわんとすることに思い至って、
あの、神社に足を踏み入れる瞬間の、不安でたまらない気持ちを思い出した。
小さな子供のときのような、迷子になってしまったような、竦み。
だから並木さんの優しさに胸がじんと熱くなった。

でも、それとこれとは別問題だ。
それは私の弱さの問題で、恭弥先輩を煩わせるようなことではない。
特に待ち合わせの場所を変えろとか、迎えに来いとか、そんな要求。
風紀委員全体、もしくは委員長本人に喧嘩を売るようなこと。視線が痛かった。

「人ごみ?……ああ。 なんで早く言わないの」
「え? ええと、……思い至らなくて」
「まあいいや。風紀の中にいれば害虫は寄りつかないから。腕章は?」
「持ってます。着けますね」

借り物に安全ピンを刺すことに対して心の中でエリちゃんに謝りながら、
浴衣に不釣合いな腕章をつける。
それから、荷物にあった書類を検めた。
ケータイを見ると、そろそろ開始の時間だった。

「何か連絡事項とか、ありましたか?」
「ないよ。集金箱は受け取ってね」

私の仕事は、これからショバ代を集めて回る集団についていって、
屋台の一覧表にチェックを入れていくことと、回収したお金を管理することだ。
書記に会計も兼ねているようなものなのだ。

木の下に置いてあった集金箱を抱える。大きく風紀と彫ってあった。
準備が整って、並木さんを見上げる。

「並木さん、ありがとうね」
「じゃあ俺はあいつらにたこ焼きでも買って帰るかなー」
「うん。お迎えもよろしく」

そう言って笑うと、答えたのは恭弥先輩だった。

「いらないよ。帰りは家まで送るから」
「え?」
「ふうん、じゃあ任せてやろうかな」

並木さんはなんだか上から目線に言った。
なんとなく相性悪い二人だな、と思う。
違うことはわかってるけど、同属嫌悪というやつだろうか。

格好よく立ち去る並木さんは、思い出したように振り返って、私たちを指差して言った。

「間違っても泣かすんじゃねーぞ」

なんか、デジャヴした。
並木さんも過保護だなあと思って、笑ってしまった。


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