30.

「どう思う?」

女子の中でリーダー格といえる里奈子は、
教室で異彩を放っている人物を指しながら私たちに問いかけた。
その人はブレザーを制服とするこの学校で、4月から一人でセーラー服を着ていた。
腕には『風紀』という文字の腕章が飾られている。

内藤かえでちゃん。

クラスが一緒になったことはないけど、
一年生のときに学年では有名な存在だった。

成績優秀なだけでなく、運動神経も抜群で、女子も認めざるを得ないほどの美人。
なんでも軽々とこなしてしまって、およそ欠点らしい欠点が見つからないという素晴らしい人。

特定の友達がいない――つまりグループに属してなくて、ほとんど一人でいたけれど、
話し掛ければちゃんと対応してくれて、歩くときは凛とした姿勢。
人を寄せ付けない雰囲気があったから、高嶺の花と囃し立てる男子もいたくらい。
一人でいるのも、『一人が好きだから』だと納得してしまう。

教師陣も、真面目でスカートの丈さえも校則に違反しない模範生だと認識していたはずだ。

それが、学年が上がると、突然こうなった。
何も知らない周囲はただ呆けるしかない。


この学校の風紀委員会と言えば、
最強不良雲雀恭弥がトップに君臨し、実質並盛一帯を統治している組織だ。
一般生徒にとっては恐怖の対象で、関わりたくないというのが正直な意見。
『優等生』につりあうわけわない。

委員長のヒバリさんはカッコイイって言って人気があるんだけど、
それを直接本人に伝える勇気の持ち主は今のところいないみたいだ。


「なんか……どうしたんだろうね」
「内藤さんって一年のときも風紀委員だったの?」
「うん、多分……」

話題の人物は、今も自分の席に座って、さっきの授業の復習をしていた。
私たちの話が聞こえているようにも思うのだけど、こちらを見たりはしない。
一年生のときと同じ、他人を遮断するバリアを張っている上に、
『風紀委員会』が絡んでいるから、誰も、下手に疑問をぶつけることができないのだ。

さっきから里奈子が不機嫌っぽいのも多分そのせいだ。
元A組の子に内藤さんについて聞いてばかりいる。

里奈子は自尊心が強くて、一年生のときからクラスの女子を仕切っていた。
カリスマ的なところがあって、なんでもよく出来るんだけど、
成績では勉強でも体育でも内藤さんには負けてしまうから、ずっと目の上のタンコブみたいな存在だったんだと思う。

それでも、内藤さんはいつも一人でいるから、良い意味で『無視』できた。
今さら鮮やかな異色を放たれると、嫌でも目立つ。

「でも一年生のときはもっとなんか薄かったっていうか、」
「そう、存在感がないわけじゃないんだけど!」
「こんな無茶する人じゃなかったよね」

風紀委員は恐怖の対象だ。
つまりは去年まで人との関わりをすべて絶っていた人が、突然、
『あなたたちの脅威になります』とでも宣言してきたようなものだ。しかも無言の態度で。
扱いに困るし、同学年を恐れなくてはいけないというのはどうしても癪だ。
こうなってくると、人と関らないのも『お高くとまっている』ということになってしまう。

「でも悪い人じゃないよね……?」

フォローするつもりで聞いた。
皆、話したことが少ないから全部推量形なのだ。
かくいう私も、入学したての頃からずっと仲良くなりたいと思っているのだけど、
その切っ掛けが掴めないまま今に至っている。

ところどころで曖昧に頷く様子がある。
でも、里奈子は腕を組んだままだった。


そのとき、

「なー、誰か社会科の資料集持ってねー?」

教室の前のドアから顔を出したのは、A組の山本君だった。
野球部のエースで人気者だ。
それまで話していたことも忘れて、黄色い声が上がる。

けれど、残念ながらうちのクラスで資料集を持っている人は少ないと思う。
A組とB組では社会科の担当教師が違っていて、
A組の先生は授業に資料集をよく使うというけど、
うちの担任は全く使わないものだから、ほとんど皆持って帰っている。

せっかくのヒーローの頼みごとだけど、顔を見合わせる女の子が多かった。
わざわざ入り口から叫んだということは、野球部の男子は持っていなかったのだろう。


「持ってるよ」

立ち上がったのは内藤さんだった。
たしかに、優等生の彼女なら、なんとなく持っていても不思議じゃない。
服装が変わっても『優等生』という点に変わりがないことに安心した。
でも、こういうときにわざわざ名乗り出るのって珍しい、と思った。

「お、かえで サンキューな」

ざわめきが起こった。
山本君はたいてい誰にでもフレンドリーだけど、
女子の下の名前を呼び捨てにしているのは聞いたことがない。
ましてや、内藤さんを名前で呼ぶのは、女子でもA組の笹川さんくらいじゃないだろうか。
並中のアイドルと言われる。――あれ?

「顔がいい男には媚びるってわけね……」

自分の中に生まれた些細な疑問に私が気づく前に、里奈子が答えを出した。
私たちにしっかりと聞こえるように放たれた言葉は、
妙な説得力を持っていて、私には否定材料がなかった。

「気に入らない」

すでにこの2年B組の女子のリーダーとなった里奈子が悪意を込めて発した言葉は、
誰にも曲げることが出来なかった。


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