29.

新品の制服に身を包み、
気持ちのいい風に流される桜の花びらを頬に受けながら、
私はいつもの道のりを自転車に乗って登校していた。


謎のセーラー服を着て部屋から出てきた私を、パパとママは目を白黒させて見ていた。
言い訳を考えようとしたけど、私は二人に嘘を吐いてはいけないと思った。
嘘を吐くくらいなら「言えない」と言った方がマシだと教育されていたから。

私は風紀委員会に所属していて、風紀委員は旧制服を着るもので、
学年が上がるのを期に私もそれに倣うことにした、驚かせてゴメンね、と。
旧制服を着ている女子の風紀委員は他にいないということは伏せた。

風紀委員ということについて、
パパは昔ナオから聞いた話を覚えていたらしくて、それのこと?と聞かれたり、
制服のお金は?と聞かれたりしたけど、私はただ肯定して、「大丈夫」と答えた。
答えになっていないことくらいわかっている。

困ったことがあったら言ってね、と言うママ。
力になるから、と言葉を添えるパパ。私を信頼しすぎだ。
悪いことをしているわけじゃないけど、甘やかされている自覚がある。

朝はそれほどゆっくり話し込んでいる余裕がないので、
最小限のことに答えながら朝食を食べて家を出た。


住宅街が近づくにつれて、浴びる視線の量が増えた。
並中の制服といえばこのあたりでは当然知られている。
それなのに私は見慣れないセーラー服を着ているからだ。
もしくは、見覚えのある十数年も前の旧制服を着ているから。

これが旧制服だとわかった人も、わからない人も、
腕についている腕章を見ればすぐにその意味がわかって、慌てて視線を逸らす。
学校が近づくにつれて、生徒とすれ違うことも増えたけど、反応は似たようなものだった。

駐輪場に自転車を止め、クラス発表を見に行くと、
たくさんの生徒が集まっていたので、よりいっそう目立った。
そういえば私は不本意で目立つことが嫌いだったはずなのに、と思う。
だからきっと今は不本意じゃないのだ。

「内藤さん、その制服……!!」

自分の名前を探していると、一番初めに声を掛けてきたのは沢田君だった。
彼はいろんな人の行動に突っ込んでしまう癖があるんだと思う。
目立つことを承知でこの場に現れた私も悪いのかもしれないけど。

「何か変?」
「変っていうか、」
「前に言ったでしょ?私は風紀委員だ、って」

まだ今期の委員会が決まってない段階でいうのは不適切かもしれないけど、たしかにそういうことだ。
自分の行動には責任を持って、堂々としなくてはいけない。
沢田君は沈黙して、獄寺君は私を睨んだ。そして山本君は、

「ま、校則違反じゃないんだし、別にいいんじゃねーか?」

と言ってフォローに回ってくれた。
っていうかただそういう性格なのかもしれないけど。
その言葉に満足して、改めてクラス分けを見ようとしたら、知らない男子に声を掛けられた。
そういえば、今まで沢田君たちと話してたのかも。

「ねえねえ、君、内藤っていうの!?
オレも内藤!マフィアトマゾファミリー8代目候補内藤ロンシャンでーす!
なんで沢田ちゃんしょーかいしてくれないのかなー?
同じ"内藤"どーし仲良くしよーねー」

苦手だな、と思った。
自ら人と違う制服を着て、異端を示している私になんの隔たりもなく声を掛けられることは評価できるけど、
初対面のわりには馴れなれしすぎるし、なによりもまた『マフィア』だ。
風紀委員に所属する私が言うことじゃないのかもしれないけど、この学校は一体どうなっているのだろうか。
内藤なんてよくある苗字だし、同じでもおかしくないし、そして嫌だ。

どうやって逃れようか考えていると、同じように「うわあ……」と青ざめる沢田君が目に入った。
男子にも引かれてしまうような人物なんだね。
都合がよすぎるかもしれないけど、思わず一人に助けを期待してしまった。

「でもよー、たしかに"内藤"が二人いると呼びわけに困るんだよなあ」

助かった。
山本君には助けられてばかりだなぁ。
親しみを込めて、こう応えた。

「じゃあ私のことは名前で呼べばいいよ。知り合いは皆かえで、って呼ぶから」
「おー、じゃあそうさせてもらうな」
「じゃーオレはかえでちゃんって呼ぶねー!」

返事があったのは山本君(と内藤君)からだけだった。
でも沢田君は『内藤さん』と呼んでいるし、獄寺君はそもそも私のことを呼ばないから、
別に今のままでもかまわないのだろう。

やっとのことで彼らが去って、クラス分けを見ることが出来た。
私はB組。さっきの騒がしかった集団は揃ってA組で、ひどく安心した。
でも、京子ちゃんまでA組なのはものすごく残念だった。
一応、山本君も含めて、唯一私が話してもいいかなと思う人だったのに。
新しいクラスにはとくに気に留まる名前がなかった。
一年生のときに同じクラスだった何人も、話したことがないような人ばかり。
本当に、心機一転だ。


教室に入った瞬間、新しいクラスメートの視線を浴びた。
でも、直接話しかけてくることはなく、陰口のような囁きが聞こえた。
それは教師も同じだった。文句を言われたりはしない。
私の行動に結びついているもの明快で、『風紀』と書かれた腕章を見ると誰も何も言わないのだ。

ただ、その沈黙が肯定的なものではないことはわかっている。
「どうしてあの真面目な内藤かえでが……」という呟きが職員室から漏れてきた。
失礼なことだと思う。私は、真面目でなくなった覚えはない。
現にスカートの長さだって校則に違反していない。


応接室に入ってきた私を見て、恭弥先輩は微かに目を細めた。

「思ったよりもよく似合うね」

その言葉は単なる褒め言葉ではなく、含みが入っていたことを知っていたけど、
先輩の過去に介入するべきではないから、素直に「ありがとうございます」と受け取った。

しばらくして、窓から風に流された桜の花びらが入ってきたので、何気なく、
「今日は桜が綺麗ですね」というと、沈黙が返ってきた。

「どうしましたか?」
「桜は嫌いなんだ」

これは少し意外だった。
桜の木の下には死体が埋まっているといわれるくらいだし、
散りゆく美しい生き様は恭弥先輩の好むところのような気がしていたから、
良い話題だと思ったのに、低い声で『嫌い』だとはっきり言われてしまえば、口を噤むしかない。

その不機嫌の理由を、知っておけばよかったと後になって思った。





その日の帰り道に、沢田君、獄寺君、山本君の三人がこんな会話をしていたことなんて、私は知らない。

「…………」
「どうしたんだ?ツナ」
「やっぱり学級委員がトマゾなんて気に食わないですよね!」
「いや、そうじゃなくて……」
「どうした?」

「いや、なんか……。内藤さんが『知り合いは皆名前で呼ぶ』って言ってたこと思い出してさ」
「それが?」
「だって、校内で内藤さんのこと名前で呼んでるのって京子ちゃんくらいじゃない? 少なくとも去年のクラスではさ」
「あー、たしかに。女子も苗字で呼んでるよなー」
「 それって、名前で呼んでない奴は"知り合い"にも分類されてないってことだろ。
知り合いって誰のこと言ってたんだろ。クラス全員よりも多いのかな」
「……さあな」

「風紀委員だってことは知ってたけど、制服が違う女子なんて他にいないじゃんか。
もともと人を寄せつけない人だって知ってたけど、わざわざ自分から浮くように仕向けるなんて、普通、する?
クラスとかで浮かないことよりも風紀委員ってことの方が大切ってことだろ。
まるで人とのかかわりを拒否してるみたいだと思わない?」
「…………」
「俺には関係ないことだけど、なんかそういうのって悲しいなーって」

彼が仰いだ空は青かったのだ。


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