23.

ノックして、「ただいま戻りました」と声を掛けると、
恭弥先輩はいつものように顔だけをこちらに向けた。
そして一瞬停止したかのように見えた。

「ご報告します。例の盗難事件の犯人ですが……」
「それ誰にやられたの?」
「はい?」

先輩が頬を示すので、すぐに殴られた痕のことだとわかった。
心なしか、声が冷たかったように思えた。

「ああ、ええと……、気にしないでください。勲章です」
「誰にやられたのって聞いてるんだけど。犯人?」
「そうですけど……」
「男?女?」
「女性です」

今から報告を始める関係上、犯人を隠していても仕方ないので正直に答えた。
ふうん、と返した先輩の目が鋭く光った気がした。

「続けて」
「はい。ええと、犯人は三年の鈴木美和子先輩で間違いないです。
動機は男性に貢ぐためだったので、盗んだお金は手元にありません。
だから、返済は借金の形にしたいんですが……」
「風紀を乱した女に金を貸せって言うの?」
「駄目……でしたか?」

借金の借用書みたいな書類もたくさんあったから、そういうことも可能なんだと思ってた。
そのための多すぎる予算かと思ってた。

そうじゃないとなると、鈴木先輩は十数万のお金を一気に返さないといけないことになる。
責任は取らなくちゃいけないとわかってるけど、親には言えないだろうし、
本当に全部のお金をあの人に渡していたから持っていないことは知っている。
そんな中、無理なことをやれといわれれば無茶するしかなくなる。
また新たな罪を生み出されても困る。
借金で返済を引き延ばしてもどうにかなるというわけではないけど……。

「却下。その貢がれた男に払わせればいいじゃない」
「でも、その人も使っちゃったと思いますよ?」
「金に困ってるふうだったわけ?」
「違いますけど」
「連帯責任。同情の余地はない」
「でも、」
「……君はどうして自分を殴った女のことなんか庇ってるの」

鬱陶しそうに言われて、恭弥先輩の不機嫌さに気づいて、
どれだけ自分が偽善者的な発言をしていたか気づいた。
先輩の方が正論だ。

「私がいけないんです。もっと上手く立ち回れれば」
「犯人を見つけただけで手柄なんだから、あとは他の人間に任せればよかったのに」
「すみません」
「君は見たこと全部報告書に書いて、この件から降りて」
「わかりました」

せっかく書類以外でも役に立てると思ったのに。
できることを増やしていくって嬉しいのに。
自業自得だから仕方ないけれど、情けないなあ。
ため息を吐いてしまわないように注意しながら、得意の報告書を書くために席に座った。
先輩の表情はわからなかった。


次の日、応接室に恭弥先輩の姿はなく、仕事だけが置いてあった。
他の風紀委員の人とも会わなかったから、そうなんだろうと思った。
私はその場にいなかったけど、別に後から先輩の過去を探ろうとかそういう気にはならなかった。
盗難事件は平和な解決を見せたのだから。

被害届けを出した被害者にはお金が戻ってきたし、(被害額は私が見て確かめたから、間違っていない)
二度とそういう事件は起こらなくなった。
風紀委員会のおかげだと学校中が知っていた。
犯人は公表されなかったけど、しばらくして三年の鈴木先輩は転校したらしい。
全額返済したらしいけど、不思議なことに、その噂を聞くまで私が校内で先輩の姿を見かけることはなかった。


「君は僕を怒らせたからね」

そのときどんなやり取りが行われいたのか、私は知らない。


北風が冷たい季節になった。
手袋とマフラーを装備しても、自転車を漕ぐと向かい風が凍みる。
昇降口で京子ちゃんに会った。

「おはよう、かえでちゃん」
「……おはよう」

相変わらず、冬でも陽だまりみたいな笑顔だな、と思った。
頑張って微笑み返したつもりだけど、その精度はきっと及ばない。

ふと、一学期にした約束を思い出した。
『今度家に遊びに来る?』『うん、行きたいな』
せっかくそう言ってくれたのに、守られる気配もない約束。
あの頃は人から逃げることばかり考えていた。
でも、今なら。

「京子ちゃん」
「ん?」
「冬休み中、家に遊びに来ない?」

実は、黒板の前でクラス全員に向かってスピーチさせられたときの三倍くらい緊張していた。
心臓の音が本当に聞こえていた。
慣れないことをするのは勇気がいるし、怖いけど、叶ったらいいと願っていた。

「行きたい!」

京子ちゃんの返事は、拍子抜けするくらい素早かった。
ほっと胸を撫で下ろす。

「いつがいいかな?パパがいるときがいいよね?」
「そんな!会えたら勿論嬉しいけど、あろうさんは忙しいと思うし……」
「うーん、料理教室は基本的に午前中だけだし、冬は農業も忙しくないし、
冬休み中は明けておいてくれてあるはずだから、大丈夫だと思うよ」
「そうなの?じゃあかえでちゃんの都合のいい日にしよう」
「今度の土曜日とかでいいかな?」
「うん!」

上履きに履き替えたまま、それから10分間くらいずっと話していた。
料理の話、クリスマスの話、最近の話、先生の話。
京子ちゃんは明るくて、話してると楽しい。
珍しいことをしている苦痛は全くなかった。

それぞれの知り合いのクリスマスプレゼントを一緒に買いに行く約束までして、
私はいい気分で冬休みを迎えられそうだった。


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