21.

「先輩ー、この盗難事件の犯人ってまだ見つかってないんですか?」

私は一枚の書類に目をとめて、同じ部屋の中でコーヒーを飲んでいた先輩に声を掛けた。
それは、この間、並盛学校で最近起こった盗難事件の被害届けだった。
移動教室から帰ってくると、教室中の財布から紙幣が消えていたという。

「そうだよ」

そういいながらも、あくまでも穏やかに構えているのは、
いずれ犯人が見つかると思っているからだろうか、見つかったら厳しい罰を下すからだろうか。
それとも、被害者以外に実害はないからだろうか。

恭弥先輩は偽善者じゃない。
自分の行く手を遮る物は壊すけど、わざわざ関わりのない道を整備したりはしない。

でも、被害総額をみると、かなり度を越している。
一件なら出来心で済むかもしれないが、その後二件ほど同じ事件があった。
味を占めて繰り返すなら、悪質な犯罪者以外の何者でもない。
風紀委員で見回りを強化しても、持ち物検査をしても効果は得られなかった。
後者の方は現金だからいくらでも言い逃れができるとして、
前者から、監視の目をかいくぐって犯行を繰り返しているというわけだ。
たしかにいつかは捕まるだろうけど、被害者は増えるわけで……。

「じゃあ、私、犯人探してきます」
「…………」
「性質上、人探しと物探しは得意ですから」

すると恭弥先輩は、意図を理解して、私の顔をまじまじと見つめた。
それは、"いいのか?"という風でもあり、"どうしてもっと早く言わないんだ"という風でもあった。

私は先輩に能力のことを告白したけれど、だからといって大きな変化はなかった。
先輩を避けているわけではないけど、傍にいるといっても応接室はそれなりに広くて、
書類を渡されるときに触るのも紙であって、普通に過ごしていれば接触は少なかった。
私の仕事は単に書類の作成処理整理だから、無意味に能力を多用していたわけではない。
応接室にこもっている私にとって、書類の出所を理解する以外に特に使いどころのない能力だった。

「本当は私が犯人を暴きたくなかったんです。
出来れば関わりたくなかったし、人に干渉してはいけないと思ってしまうから、
名乗り出てくれないかなという浅はかな期待がありました。
現行犯ならともかく、無理やり探し出すなら証拠が必要ですから、どうしても責め立てることになる。
あまりいい気分ではないと思うんです」
「……犯人を見つけたら、あとは他の人間に任せればいい」
「いいえ。せっかくだから最後までやらせてください」

では、いってきます。と声を掛けて、その書類を持ったまま応接室を出た。
被害にあった教室に向かう。
放課後で、幸いにも人はいなかった。

日時の記載があったので、犯行現場を見るのはあまりにも容易かった。
"彼女"は、三年生くらいだろうか。
次々と他人の鞄を漁って、財布を見つければ中身を抜き取っていく。
その様は迷いがなく、かなり手馴れているように思えた。

一つの鞄に長い時間こだわらない、淡々とした作業は意外なくらい早く終わった。
授業が終了したら教室に生徒が帰ってきてしまうから、時間との戦いだとはわかっていたけど、大してそれを苦にしていなかった。
盗んだ合計金額は何万かになる。許してはいけない。

それを自分の財布に納めて、何事もなかったかのような顔をして静かに教室を出る。
私も廊下の壁に触れながら、彼女の後を追っていく。
世間一般では尾行と呼ばれる行為だけど、傍目から見ればストーカーではない。
なぜなら現在の私が過去の犯人を追いかけても、周囲からはわからないからだ。

犯人の教室がわかれば、検挙がかなり楽になる。
証拠を掴まなければいけないし、個人的に彼女のこの後の行動が気になった。

教室で三年生(しかも友達が多い)だとわかったけど、
証拠になるようなものはなにもなかった。
彼女は現金だけを盗んでいるのだから、仕方がない。
やっぱり自白させるしかないらしい。

少し憂鬱な気分で応接室に戻った。
犯人がわかりました。検挙は明日します。と報告する。

「それで、犯人はどこの誰?」
「……証拠がないので、出来れば穏便に済ませたいんです」
「一人で?」
「ええ、風紀委員としての名前だけお借りします」
「借りるも何も」

君は風紀委員じゃないの?と言われた。
事実を言われただけなのに、私は驚くほど舞い上がってしまった。

「そうですね。じゃあ、風紀委員長の名前も使わせてもらいます」

恭弥先輩の名前はこの学校で一番力を持つから、
その後ろ盾があればいざというときも安心安全なのだ。

家に帰ると、並木さんが来ていた。
最近私は忙しい忙しいと言って並木さんのマンションに行かないから、
代わりに並木さんの方がうちに来るようになっていた。

一番の目的は仕事だ。
私はそこまで考えが回らなかったんだけど、
並木さんは、頻繁にマンションを訪れて仕事を手伝っていた私がいないと困るらしいのだ。
仕事を手伝うっていっても、一瞬触って並木さんが私を通じて未来の株価を見るだけなのだけど、だからこそ大したことじゃないと思っていたのだけれど、
よく考えてみれば確かに、他人に触らなければ未来は見えないのだから、仕事に支障をきたすのだろう。

私の勝手が迷惑をかけているのに、並木さんは私を責めなかった。
借りたいと思っている本とともに我が家に来て、私で未来を読み取り、
パパの作った晩御飯を一緒に食べて、私が読み終わった本を回収して帰っていく。
それがここ最近だった。
申し訳なく思うけど、同時に有難いから文句は言えない。

「かえで」

呼ばれて、答える代わりに傍に行った。
額に手を当てられて、仕事だとわかった。
それが終わるのを待っていると、並木さんが言った。

「お前最近楽しそうだよな」
「そう?」
「忙しいとかいうけど、疲れてるふうじゃないからな」
「……そうだね。楽しいよ」

ふと、盗難事件のことが頭をよぎったけど、それでも正直な気持ちだった。
それから、やっぱり心配をかけていたのか、とも思った。
まだ仕事から帰っていないママにも、今キッチンで料理をしているパパにも。

「だからもう心配しないで」

安心させようと思って微笑んだ。
多分綺麗に笑えていたと思う。
並木さんは目を細めた。


次の日の放課後になると、急いで三年生の教室に向かった。
教室内に乗り込む気はなかったから、帰り際に一人になったところを狙おうと思っていた。
彼女が教室を出るのを見張っていなければいけないから、とにかく急いだ。
先に帰られてしまっては元も子もない。

恭弥先輩の申し出を断って、他の風紀委員の人に付いてきてもらわなかったのは、
学ラン姿がどうしても目立つからだ。一緒にいたくないし大袈裟にしたくない。

「鈴木先輩」

その人影が教室から出てくるのをみとめて、私は声を掛けた。
派手なタイプではないが、焦げ茶の髪と薄い化粧と意志の強そうな切れ長の瞳。
面識のない後輩の顔を見て、首を傾げていた。

「誰?」
「風紀委員です」

廊下に人が少ないことを確認して、声を潜めて言った。
彼女、鈴木先輩は驚いた様子だった。
風紀委員といえば学ランを想像するのが普通だから、無理もない。
証拠として、普段は仕舞ってある腕章を見せた。

ちなみにどうして腕につけていないかというと、
女子のブレザーに似合わないという理由が一つと、
もう一つは、表立っては風紀委員らしい仕事をしていないから、
風紀委員であることを知らない人にまで主張するのは躊躇われたからだ。

鈴木先輩は微かに身をこわばらせた。

「風紀委員が何の用?」
「……調べがついているんです。お金を返していただけませんか?」

今度は息を呑んだ。

「なんのこと?」
「穏便に済む内に済ませてください。あなたのしたことは立派な窃盗罪ですよ。
そうじゃなくても、此処並盛中学校で風紀を乱す行為がどういう意味かわかりますか?
当然、委員長は犯人を罰するつもりでいます。
もし此処で罪を認め、お金を返して、もうしないと誓ってくださるなら、
それ以上の追及はしないように私から頼みます」

とりあえず正論を並べてみた。
恭弥先輩が私の意見を聞き入れてくれるかは保証できないけど、
そもそもそこまでして罰を与えたくなるような相手じゃないだろう。

しゃべりながら、私は、自分が軽蔑した相手に対しては恐ろしく冷たい口調が出せるものだと気づいた。
リボーンに対してといい、小学校のときの親友に対してといい。

「……だから、なんのことだかわからないって言ってるでしょ!?」
「そうですか。交渉決裂ですね。……失礼します」

移動しようと思って鈴木先輩の腕を掴んだ。
教室のすぐ前では、どんなに声を潜めても人に聞かれる恐れがあったからでもあり、
腕を掴むこと自体も、目的の一つだった。
当然、不躾に掴んだ腕は振り払われた。

「なにするの」
「場所を変えたいだけです。
見てのとおり、私は非力ですから、なにもできませんよ」

鈴木先輩は不満そうに私を睨んで、
でも無視はできないと思ったらしく、場所を帰るために自分から歩き出した。


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