18.

『1年内藤かえでさん。1年内藤かえでさん。
風紀委員長がお呼びです。すぐに応接室までお越し下さい』

なんかデジャブした。
相変わらず少し震えた放送の知らない人の声。
懲りない人だなと思った。

教室中の興味が私に集まる。一学期のときよりも強い。
なぜなら、学校生活を長く送るほど風紀委員会の存在を強く思い知るからだ。
一見優等生の私は多分とっても不釣合い。

疑問を直接投げかけてくる仲の友達はいないから、遠巻きに眺められていた。
私は無言で教室を出ながら、呼び出しの理由を考えていた。
特に身に覚えはない。悪いことをした覚えは。
それなら、昨日の石投げ入れ事件に関係があるだろうか。

応接室では恭弥先輩が待ち構えていた。
ガラスの破片が落ちていたりはしないけど、窓は応急処置で塞いであった。

「用件はなんですか?」
「君が言った通り昨日の犯人が捕まったよ」
「そうですか。それはよかったです」

そして私は雲雀先輩の制服に返り血がついていることに気づいた。
もうすでに犯人に制裁を与えてきたようだ。
ぼんやりと、それが用件だと思った。

「その犯人が妙なことを言うんだ。
見張りをつけていたから、目撃者はいないはずだとね」

とんでもない本題が待ち構えていて、私は息を呑んだ。
なるほど、たしかに風紀委員会に喧嘩を売るなら石橋を叩いて渡るくらいの警戒が必要だ。
堂々と喧嘩を売れる人間はあんな陰湿な手を使わない。
でも、私は目撃証言を語ってしまった。
先輩の声の奥の鋭い煌きが切りかかってくる。

「それで、君はどうやって犯人の顔を見たの?」

答えられるはずがない。
言い逃れの出来ない威圧感に潰されそうになる。

「だって、偶然、窓から、」
「犯人はこうも言ってた。君が部屋を出た瞬間を狙ったんだと」
「っ!」

あのときと同じだ。真実以外の術で説明できない状況。
違うのは、先輩がもう逃げ道をくれる気がないということ。

「一学期もそうだった。まさか本気で、僕があんな言い訳で誤魔化された思った?
二度目はないんだ。僕の手を煩わせないでくれる」

先輩がトンファーを私に向けた。
私は気まずさで目を逸らそうとしたけど、硬直して動けなかった。

先輩が一歩近づく、私は後ずさりする。
そんな私に不快そうに眉を寄せながら、先輩は無言でまた一歩。
来ないでほしい、という意思表示で首を横に振りながら私は下がって、
それを繰り返して、気づいたら壁まで追い詰められていた。

間隔は手を伸ばせば届くほど近い。
どうか触れないようにと祈った。怯えた。
ガッ、と音がしたと思ったら、先輩のトンファーが壁を殴っていた。

「どうして言えないの」

ぞっとするほど綺麗で冷たい声が、空気を小さく震わせた。
整った顔に威圧される。
私は先輩を見上げて、見つめて、泣きそうになりながら、
無意識でうああ、とかそんなふうに小さく呻いた。

「だっ、て あなたも目隠しをしてる……!」

馬鹿だ。こんな、身内にしか通じない比喩を使うなんて。
わけがわからない。
きっと困らせる。困らせてどうする?

沈黙が痛くて、今度こそ目を逸らす。
先輩の背後の割れた窓を眺めながら考えた。
どうやったら今此処から逃げられる?
逃げ出したいと全身が訴えるのに、不思議と実行に移す気力は生まれてくれなかった。

「君には、何が見えるの」

先輩が言った。聞き間違いかと思った。
世界がぐるりと回転して戻ってきたような眩暈。

「え?」
「僕も目隠しをしてるというなら、君以外の全員がしてるんだ。
それなら特殊なのは僕じゃない。僕に見えないんじゃなくて、君に見えるんだ。
目隠しをしていない君には――何が見えるの」

あまりに的確な答えに驚いた。言葉に詰まった。
どうして。隠し通していたのに。上手くやっていたのに。
どうしてこの人は見つけてしまうんだろう。

最大の秘め事を心の泉から掬い上げられて、
同時に、『見つけてもらえた』という歓喜も生まれていた。
先輩の目に非難や軽蔑、嫌悪、嫌疑の色は見られない。
幸運なことに、私が恐れていたことは。
もしかしたら、あるいは。という考えが浮かぶ。

私は力の公開を恐れていた。
でも、世界はときどき優しくて、パパとママには力を告げられる友人がいる。
運命みたいな出会い。
もしかしたら、あるいは。という考えが浮かぶ。

受け入れてもらえるんじゃないかと。

瞳に引き込まれるようにじっと見つめて、少し迷う。
零れてしまえば元の器には戻せない。
でも、このまま何かの形に収まることも出来ない。

去年、うちは念願のマイホームを買った
だから、しばらくは引っ越すということがない。
もしここでバレたら、いつかのような逃げ道がなくなる。
力がバレたわけじゃないのだから、あのとき、逃げ道を使い果たさなければよかった。

違う。
一年前に逃げなければ、私は精神的に辛い日々を現在送っていたはずだ。
先輩にも出会えなかった。
こんな素晴らしい人っていない。
その奇跡に、賭けてみようか?

「……信じて、もらえますか?」

恭弥先輩は私の葛藤を黙って見守ってくれていた。
話なよ、と静かに言われる。
信じてもらえるかどうかはわからなかった。
嘘だと決め付けられるかもしれなかった。
私は震える拳をきつく握って、頭の中で恭弥先輩の名前を五回唱えた。
それでも声は震えた。

「私は人に触ると、その人の過去と未来が見えるんです」


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