15.

そんな姿を見ながら、私はふと首を傾げた。
そんなに忙しかったのだろうか?
私の中で疑問が湧いた。
果たして本当に会長さんは、並木さんの力を借りるためだけにはるばるやってきたのだろうか。そんな人だっただろうか。

私たちは私たちの意思でしか力を使わない。
利害関係だけで結ばれるというのは悲しいことだから。
優しさと思いやりで守られているから。
ありがたいことに、力を知ってくれている人たちも、
受け入れているからこそできる限り“利用”しようとはしない。
それは、私たちお互いに言えることでもある。

特に会長さんは、普段力のことを知らないみたいに振舞ってくれる。それは私たちを安心させる。
元々責任感が強いから、誰かに頼ろうとするような人じゃない。
だから、会長さんが並木さんの力を頼って会いにくるってよっぽどのことなんだ。
逆に、どうしても並木さんを頼らざるを得ないような切羽詰った状況だったなら、
私の提案をちょっとくらい考慮してくれてもいいように思う。
仕事で近くまで、って言ってたけど、その『近く』がどのくらいの範囲なのかわからない。

結論。会長さんは他にも用事があったんじゃないだろうか。

「会長さん、何か言ってた?」
「なにかって?」
「変わったこととかなかった?」
「……そういや様子おかしかったか」

思い当たる節があったらしく、並木さんは呟くように言った。
違和感を感じてはいたらしい。

「どうかしたのか?」
「うーん、気のせいかなぁ。会長さんってどれくらい前に此処に来たの?」
「2時間ほど前だな。相談したいことがある、って言って」
「相談って殺人事件のこと?」
「……多分」

もしかしたら、他に相談事があったけど言い出せなかったのかもしれない。
どんな会話の流れかわからないけど、並木さんの力を借りるのに何時間も時間は必要ない。
余計な詮索かもしれないけど、気になってしまった。

「そういえば、そんな紅茶あったっけ?」
「これはアイツのお土産」
「へえ、美味しい?」
「飲むか?」
「うん。じゃあ淹れてくるね」

そして紅茶の葉が入った瓶に触れた。
何かわかるかもしれないという無意識の好奇心を持って。
案の定、会長さんがそれを購入した過去が見えてしまう。


 レジを通って、袋に包まれたそれを持って外に出てた会長さんは微笑んでいた。
 外は暗いから、きっと仕事帰りなんだと思う。

 店の外には待っていたみたいな男の人がいて、
 それは会長さんの知り合いで、多分部下の人だと思う。
 会長さんより年下の、スーツがあまり似合わない若い人。

 「こんなところでどうしたの?」と会長さんが聞いた。
 「せ、先輩にお話があります」と男の人が言う。
 やっぱり待ち伏せしてたみたいだ。
 「いいわよ、何?この間の件なら気にしなくていい……」

 「染谷さん。俺と結婚して下さい」

 呆気に取られる会長さんの顔。


私も驚いて、瓶を落としそうになって、ようやく我に返った。
まさかまさかの展開だ。
会長さんはこのことを相談しに来たに違いない。
だとしたら、私はとんでもない邪魔をしてしまった。

でもどうして二時間もの間、言い出せなかったんだろう?
わざわざ並木さんのところに来る、っていうのも意味深だ。
ああせっかくならもう少し見ておけばよかった。
そんなことを考えてしまって、首を横に振る。最低だ。

「おい、なんか見えたのか?」
「たいしたことじゃないよ」

思わず嘘を吐いた。
だって会長さんの秘密を勝手に喋るわけにはいかない。


それにしても。結婚して下さい、なんて。
他人の恋愛事情に触れるのって妙な気分だ。

たしかに会長さんはあんなに綺麗なのにまだ独身で、勿体無いとは思う。
もしもプロポーズしたあの人が良い人で、会長さんを幸せにしてくれるなら応援したい。

私も目の前の並木さんも、こんなにカッコよくて経済力もあるのに独身なんだけど、
それは一生結婚する気がないからだ。
能力という障壁があるから一般人と分かり合うのは難しいし、
この忌々しい力は、正確に子供に遺伝されるのだということを私が証明してしまったから。

並木さんは私の倍以上生きていて、
今更、力について悲観したり私に弱みを見せるようなことはしないけど、
それでも過去は悲しいことを沢山体験していて、
この力を恨んではいないにしても、あってよかったとはきっと思ってはいない。

子供を作れば、私のように力を持ってしまうかもしれないから、
並木さんは家庭を作ることを恐れている。かかわりのないことだと線を引いている。
子供を作らないことは女の人を不幸にすると思っているのか、結婚さえしない。孤独な人だ。

並木さんはいつだって涼しい顔をしているけど、
私が悪いわけじゃないけど、申し訳なく思ってしまったりする。
私の目隠しがガラクタだから、いろんなことが歪んでしまう。

そんな並木さんに結婚相談をするのは少々酷な話かもしれなかった。
会長さんだって、薄々でもなんでもそのことを知っているはずなのだ。
どうせ相談するなら身近な人のほうが良いに決まってるのに、
電話でもなくメールでもなく、わざわざ並木さんのところにきた理由は一つしかない。
まっさきに浮かんだのが並木さんの顔だったってことだ。


「そうだ、私 本を返しにきたんだよね。これ、面白かったよ。続きある?」
「ああ、ちょっと待ってろ」

並木さんは私から本を受け取って、隣の部屋に消えていった。本棚がある部屋だ。
それを確認して、私は好奇心を抑えられなくて、会長さんが座っていただろう椅子に触れた。
見えるのは、一時間ほど前の、会話する二人。

会長さんはぎこちないけど、安心しきったような笑みを浮かべていた。
並木さんも心成しか楽しそうに見える。

二人が結ばれてくれればいいのに、と思う。
でも言葉でいうほど人の心は簡単じゃないんだ。
どうして世界はこんなにも複雑で、どうしようもないことが多いんだろう?

会長さんに何か言いたかった。
伝えるなら電話しても、職場まで行ってもいい。
けど肝心の、何を言えばいいかがわからなかった。
どうしようもなく無力だ。役に、立ちたいのに。


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