13.

体育祭では縦割りでA,B,Cチームを作ってそれぞれが競い合う。
私たちのクラスはAチームで、現在その作戦会議が行われている。

「゛極限必勝"! これが明日の体育祭での我々A組のスローガンだ! 勝たなければ意味はない!」

拳を握って熱く語っているのは笹川先輩、京子ちゃんのお兄さんだ。
似てない兄妹だな、と思うけど、深く付き合えば共通点を見つけられるのかもしれない。
京子ちゃんがお兄さんの話をしているのをよく聞くから、きっと仲の良い兄妹なんだと思う。

「今年も組の勝敗を握るのはやはり棒倒しだ。
例年、組の代表を総大将にする慣わしだ。つまり俺がやるべきだ」

棒倒しは最後に男子全員で行われる競技で、たしかに配点は高い。
ルールは、棒のてっぺんにのぼった総大将を地面に落としたチームが勝ちで、
言い換えれば総大将は勝敗を分ける要を担わなくてはいけない。

「だが俺は辞退する!」

笹川先輩は声高々と宣言した。
当然、ざわめきが起こる。
中々大変なことになっていた。

「俺は大将であるより、兵士として戦いたいんだー!」

あ、そんな理由なんだ。いっそ清々しい。
ちらっと京子ちゃんを見ると、顔を赤くしていた。
個性的なお兄さんで、心配事も多そうだ。

「だが心配はいらん。俺より総大将に相応しい男を用意してある。
……1のA 沢田ツナだ!!」

(え?)

ぼんやりと傍観していたのに、突然コップの水をかけられたような衝撃を受けた。
沢田君が総大将?隣の席の?
あの、少し前までダメツナって呼ばれてた沢田君が?っていうか本名は沢田綱吉でしょ?
そもそも一年生に総大将って務まるのかな?沢田君って一体何者なんだろう。
次々と浮かぶ疑問符が連なっていく。
当の本人は笹川先輩の言葉を聞いて、呆けたあとに慌てふためいていた。

「賛成の者は手を挙げてくれ! 過半数の挙手で決定とする!」

さすがにこれで決まったら可哀想だ。
逆に手を挙げる人ってどんなだろう。総大将を1年に、なんて。
そう思って手を挙げなかったけど、笹川先輩は「手を挙げんか!」と叫んで強要するし、
獄寺君は「ウチのクラスに反対の奴なんていねーよな」と睨みを利かせている。
私もジロリと睨まれて、渋々手を挙げた。
なんとなく私は目を付けられている気がするので、こんなところで揉め事を起こしたくない。
でも、沢田君のことを思うなら此処は反対してあげるべきだよと言いたかった。
彼は沢田君が青ざめていることに気付いていない。

「この勢いならいずれ過半数だろう。
決定! 棒倒し大将は沢田ツナだ!」

最後に笹川先輩が強制的にまとめて、その日の会議は終了した。
頑張れ、と心の中で応援することしかできなかった。ご愁傷様だ。


そして迎えた体育祭当日。
200メートル走はすぐに終わったけれど、(ちなみに結果は一着だった)
他にも女子全員参加の玉入れなんかの競技があるから中々抜けるタイミングが計れなかった。
みんな席を離れて、家族のところに行ったり、友達やチームを応援しているけど、
校舎に向かうのはちょっと遠出になるから、少しの空いた時間じゃ使えない。
行きたいな、でも出番になったら嫌だな、なんて思考の繰り返しだった。

やっと玉入れが終わり、人込みを避けながら校舎に向かっていると、
少し離れたところで応援ではないざわめきが起こっていた。
関係ないと思ったけど、自然に耳に入ってきてしまう。
聞こえてくる単語は“A組”、“総大将”、“沢田”。また沢田君か、と思う。

『B組とC組の総大将が棒倒しの前にA組の総大将に戦闘不能にされたらしい』
それが事実なら悪質な不正行為で、許されるべきではない。
事実なら、だが。
相変わらず沢田君本人には否がないように思えてしまうから不思議だ。

「棒倒しの問題についてお昼休憩をはさみ審議します。
各チームの3年生代表は本部まできてください」

と放送があって、ちょうど良いからやっぱり応接室に向かうことにした。
巻き込まれたくはない。


応接室にやっぱり恭弥先輩はいて、しかも制服姿だった。
黒い学ランはたしかに似合うし、逆に体育着を着ている姿は想像できないけど、
外では当然人が賑わっていて騒がしいのに、
応接室の中だけはいつもと同じ、厳かな雰囲気が漂っていて、異質な感じがした。
体育着のままやってきた私の方がおかしいみたいだ。

先輩は体育の授業を受けているんだろうか。受けていない気がする。
だって先輩は、私が休み時間に来ようと、終礼後すぐに来ようとすでに応接室にいるのだ。
それって多くの時間を風紀委員長としての務めに捧げている証拠だと思う。

先輩は窓の外を眺めて、いや、睨んでいた。

「どうかしましたか」
「いくら行事とはいえ、こんなに人が群れているのは不快だね。咬み殺したくなるよ」
「そうですか。でも、体育祭ですから」
「君はどうして此処に来たの」
「お昼休みになったんです。お弁当を此処で食べてもいいですか?」
「此処は飲食禁止だよ」

なんとなくお弁当を持ってきてしまったけど、あまり細かいことは考えていなかった。
考えればわかることだったのに。
でも、そこまでお腹が空いているわけじゃないから、問題はない。
出て行けと言われるのが嫌だったから、お弁当を食べるのはあとにする。

「そうですか。じゃあ、何か仕事はありませんか」

先輩は黙って机の上から数枚の書類を取り出して、私に渡した。
そして「君はそんなに暇なの?」と聞かれる。短く肯定した。
でも実際は、許されるなら多少の用事を差し置いてでも来る価値があると思っている。
「ふうん」と先輩は興味がなさそうに相槌を打った。

私の言動は明らかに矛盾があった。けれど、恭弥先輩はそれを咎めなかった。
理由は私に関心がないからだ。
邪魔にならない距離を保つ。役に立つ。
この二点を守って、私は傍にいることが許されていた。

その事実がわかりきっているから少し苦しくなるけど、私は不毛な行動をやめない。
人の多い場所で気を張っていて疲れていたから、この雰囲気を求めていたという事実がある。

「そういえば、男子の棒倒しでちょっと揉めてるみたいですよ」

何気なくそんな話題を口にしてみる。
相槌はなかった。
けれど話し始めたからには続けないといけない気がして、繋げてみる。

沢田君は最近私にとって要注意人物だけど、
いろんな印象的なことがありすぎて肝心な実際になにがあったかは失念しがちだった。

「なんかA組の総大将が競技前にB組とC組の総大将を殴ったとか、襲うように指示を出したとか……」

沈黙が痛い。

「私は何かの間違いだと思うんですけど、
だってA組の総大将って一年生なのに無理矢理決められたみたいなもので、
本人はそんなことをするような人物には思えませんから」
「知り合い?」
「ええ、同じクラスで、隣の席で、……沢田綱吉っていうんですけど」
「……へえ」

恭弥先輩の表情がぴくりと動いた気がした。
そこで私ははっとした。
そういえば、沢田君はこの前応接室を訪れていた。
何の目的なのか、どんな会話をしたのか具体的には知らないけど、たしか穏やかではなかった。

そして先輩が言った「あの赤ん坊、また会いたいな」という言葉が頭を過ぎった。


「おまたせしました。棒倒しの審議の結果が出ました」

あまりに静かだったせいで、外の放送が響いてきた。
恭弥先輩は内容に興味を持ったらしく、窓を開けた。

「各代表の話し合いにより、今年の棒倒しはA組対BC合同チームとします!
男子は全員棒倒しの準備をしてください」

窓からは外の盛り上がりまでも伝わってくる。
B組とC組の熱狂具合が凄かった。
先輩は「ふうん」と呟いて窓を閉じたけど、さっきとは様子が違っていた。

「ちょっと行ってくるよ」
「参加するんですか?」
「まあね」
「……わかりました」

黒い学ランが目の前を横切って、
あっという間にドアの向こうに消えてしまった。

取り残された私は、今まで呼吸を忘れていたみたいに息を吸いなおした。
また書類に取り掛かろうとしたけど、まったくやる気が起こらなくて、
そろそろと窓に近づいて外の様子を窺った。

そこまで視力がいいわけじゃないから細かい様子はわからなかったけど、
グラウンドでは人垣の中心に二本の棒があって、その上にそれぞれ誰かが乗っていた。
片方、人数が少ない方は沢田君、私たちA組の総大将。
そしてもう片方の人物の肩に掛けた学ランが風にはためいていた。

「きょうやせんぱい……」

ついに棒倒しが開始した。
けれど、私は勝負の行方なんかどうでもよかった。
ただ、先輩が遠かった。

接触に怯えてる私は、距離を縮めることを望めない。
けれど、せめてある距離が保たれることを望んでいる。我侭だ。

私の中で恭弥先輩の存在は日に日に変化していたけれど、
馴れ合うことと、拒絶することしか出来ない私は好きになってもらえませんか。

倒れ込むように先輩が座っていた椅子に座った。
流れ込んでくる過去は、
応接室に先輩がいる光景だった。

私は暫くそこから抜け出すことが出来ずに、過ぎ去った過去を眺めていた。


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