12.ガラクタ姫

資料室で書類をコピーする。
それはこの前の、各委員会の代表が参加した生徒会の予算審議の結果をまとめたものだった。
次の風紀委員会で配られることになっている。

その内容は、恐ろしいことに、私が一学期に作成した予算案がそのまま通っていた。
そして、部屋割りでは風紀委員会は応接室を与えられていた。
ちなみに一学期も当然のように応接室を使用していたが、それは校長に臨時の許可を貰っていたかららしい。校長に。

いろいろと詮索するべきじゃないんだろうけど、
暗黙の了解、ならともかく、表立った会議でこんな理不尽な決定をしたら反発があるんじゃないだろうか。
平気なのかな?それとも、そんな反発など大したことじゃないんだろうか。
恭弥先輩は、自分で望みを叶える力を持っているから凄いと思う。
風紀委員の人たちが憧れるのもわかる。


二学期になっても、私は相変わらず応接室に通っていた。毎日ではない。
私は仕事が速いらしく、毎日通っていると仕事がなくなって暇になってしまう。
何も用がないのに応接室に留まる理由や方法を見つけられないから、
仕方なくある程度の量の仕事を待って、2,3日に一回という頻度に収まっている。
自分で決めた制約だけど、私はその2,3日が過ぎるのが待ち遠しくてたまらない。

恭弥先輩は相変わらず美しく、麗しく、孤高で、気高く、強くて冷ややかだ。
夏休みの前の出来事については何も触れてこない。
だから、まるで許されてしまったかのような錯覚に陥ってしまう。
やばいな、と思っている。

その横顔を、授業中に思い出すことがある。
気付けば名前を呟いて、唱えている。
傍にいたい、役に立ちたいと思える。

やばい。と、何度も警鐘を鳴らす。
危ない。とわかっているのに、どうすることもできない。
したくないから、我侭だ。
抑えつけても湧き上がってくる感情。先輩のことをもっと知りたい。
それは危険で、いけないことだ。
だって、私は知ろうと思えばすべてを知ることができてしまう。
人道に反する、最悪な形で。

大切な人ほど、過去に土足で踏み込む真似はしたくない。
誰にでも知られたくない過去の一つや二つ、ある。
というか基本的に過去を知られたいなんて人はいない。
監視よりもタチが悪い行為だ。
嫌われたくない。それに恭弥先輩の過去は決して平穏ではない。あまりに鋭すぎる。

私はパパと違って、自分で眼を瞑ることが出来る。
力が強いとか弱いとかじゃなくて、性質に違いがある。
それは普段からマインドコントロールを繰り返している成果であって、
他人と距離を置いて壁を作っているからであって、完璧に力を操れているわけではない。
精神が未熟なせいで、ちょっとした好奇心にも反応する。目を開けてしまう。

胸が熱くなるような思いが湧き上がる今、
恭弥先輩に触れたら私は確実にあの人の過去を見るだろう。
わかっているのに、逃げ出したいとは思えない。
なんて愚かなんだろう。
でも意外なことに、私はそんな自分が比較的嫌いではない。

コピーが完了して、資料室を出る。
当然向かう先は応接室だ。


応接室に近づくにつれて、中が騒がしいことに気付いた。
話し声と、物が倒れたりぶつかったりする音が聞こえる。
恭弥先輩以外に誰かいるようだ。
風紀委員……にしては、穏やかでない。恭弥先輩を怒らせたなら別だけど。

ドアの前に立って黙ると、その、恭弥先輩以外の声に聞き覚えがあることに気付いた。
同じクラス、隣の席、いつも一緒にいる三人組。沢田君、獄寺君、山本君。
なんで此処に。

沢田君がまた「死ぬ気で〜」とか叫んでる。
あれ、もしかして今恭弥先輩が殴られた?
獄寺君と山本君の声は聞こえない。
中の状況が知りたい。

私は息を吸いなおして、失礼します。と言ってドアをノックした。
小さくなってしまったけど、返事はないけど、勝手に開けることにする。
そのとき、あの赤ん坊の声がした。

「そこまでだ。やっぱつえーな、お前」

なんでリボーンが。
窓際に座って恭弥先輩に話していた。
この前も何故かいたけど、此処は中学校なのに。

あの夏の日から、私はこの赤ん坊が苦手だ。
自分の醜さを見透かされる気がするから。

そのとき、男子三人の視線を感じた。

「君が何者かは知らないけど、僕 今イラついてるんだ。横になって待っててくれる?」

ぞっとするほど冷たい口調と共に鋭い攻撃が放たれる。
容赦のない凶器。
リボーンは、こともなくそれを受け止めた。

「ワオ 素晴らしいね、君」

先輩が感嘆する。やっぱり只者じゃない。
幼い外見に似合わず、リボーンは先輩と対峙しても涼しい顔をしている。
動かない相手にあそこまで思い切り武器を振り下ろせる、恭弥先輩もだ。
取り込み中の二人は私には気付かない。

「おひらきだぞ」

リボーンが突然そう言って、えっ、と思って見れば、
彼は冗談みたいな爆弾……を抱えていた。
ドカァーン!と音を立てて、それは爆発した。応接室の中で。

黒い煙が充満して、コホコホと咳をする。
ドアの傍に立っていた私は、人影が応接室から出ていくのがわかったけど、どうしようとも思わなかった。目が痛くなりながら、窓を全部開けなきゃと思って窓際に近づいくと、鋭い眼光の恭弥先輩と視線が合う。

「来てたんだね」
「はい。ええと、大丈夫ですか?なにがあったんでしょう」
「……さあね」
「あ、これコピーし終わりました」
「……」

先輩は黙ってプリントを受け取ると、机の上に放り投げた。
長い会話をする気分ではないらしい。
私は諦めて、机の上から次にするべき仕事の書類を探し出して、椅子に座った。
しばらくすると先輩の視線が解けたので、応接室を見回してみる。破損物はなさそうだ。

一つ仕事が終わった頃、先輩がこう呟いた。

「あの赤ん坊、また会いたいな」

複雑な気分だった。


「内藤さん、ちょっといいかな?」
「いいけど」

次の日、待ち構えていたように廊下で沢田君に話しかけられた。
隣の席なのにわざわざ廊下で、ということに警戒したけど、大方昨日のことだろうと思った。
獄寺君と山本君が遠巻きに見ているのがちょっと嫌な感じだ。

「えーっと、昨日応接室にきてた……よね?」
「そうだけど」
「理由聞いてもいいかな?」

正直に答えろよ、と獄寺君が睨みを利かせる。
しょうじきにも何も、隠すことなんてない。
私は自分の役目を果たしていただけだ。

「私、風紀委員だもん」

それ以上語ることはないので、そう言って教室に戻った。
一拍遅れて、「ええ!?」という叫び声が聞こえた。

だって、クラスで係と委員会を決めたじゃない。
各クラスに一人はそれぞれの委員会に所属している。
私が風紀委員だからって、何も不思議はない。
入学してすぐに決まったことだから、忘れていても無理はないけど。

人を驚かしたらちょっと気分がよかった。


その日のホームルームでは、体育祭の出場種目について話し合われた。
全員参加の競技の他に、一種目には出場しなくてはいけない。
私は200メートル走にしておいた。

体育祭か……。
小学校低学年のときは運動会にパパとママと、ときどき並木さんが来ていた。
並木さんは私の思い出の中にかなり頻繁に出現する。

でも、次第に私は学校が好きじゃなくなっていって、
「忙しいでしょ?来なくていいよ」なんて言って親を行事から遠ざけていた。
高学年になる頃には、お知らせもあまり見せなくなった。
今年も家族を呼ぶことはない。親不孝者だ、と思う。

だって私自身、積極的に行事に参加するつもりはないのだ。
出番は全員参加の種目と200メートル走だけだからすぐに終わるし、優勝にも興味がない。
体育祭じゃなくてもパパのお弁当は美味しいし、
学校に来てくれるくらいなら一緒にお出掛けしたい。

楽しみにしている人も多いみたいだけど、勝手にやってくれればいい。
私は義務だけ果たして、多分木陰で傍観してるから。

恭弥先輩はどうするんだろう。学校行事に燃えるタイプには思えない。
でもさすがにズル休みとかはしないだろうから、やっぱり応接室かな?
じゃあ私もお邪魔させてもらおう。


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