中庭の方向から爆発音が聞こえる。
何事かと思って窓から外を見ると、そこにいたのは、
沢田君と獄寺君、山本君、あのときの赤ん坊と、幼稚園児くらいの知らない男の子だった。
銃弾や爆弾が飛び交っている。私は驚きも通り越して、ただ「危ないなあ……」と呟いた。
そんなことしてるといろいろと目を付けられるよ?と言ってやりたかった。
先生たちは一体何をしているんだろう。
なんとなく集中が解けてしまったので、私は読んでいた本を借りて図書室を出た。
私は図書室にもかなり頻繁に訪れている。
にもかかわらず図書委員にならなかったのは、自分が借りるときだけならともかく、
貸し出しの手続きで一々他人と接触することに耐えられないと思ったからだ。
結局、所属したのは最後まで誰も立候補せずに残った委員会だった。
けれど私は現在の委員会を気に入っている。
廊下を歩いていると、その麗しい姿を目にした。
「雲雀先輩!」
「……何?」
少し不機嫌そうな声だけど、人を怒らせることには並木さんで慣れているから平気。
並木さんにしてもそうだけど、綺麗な男の人の姿は見ていて嬉しくなる。
目の保養って大事だ。私は同年代の男の人でこれだけ綺麗な人を知らない。
委員会で雲雀先輩の姿を見たときは、風紀委員になってよかったと思えた。
「どこに行くんですか」
「外が五月蝿いから見回りにね」
返答をしてくれたので、一応私の顔は覚えてくれているみたいだ。
まあそれは私が柄にもなく、こうして事あるごとに自分から話しかけているからだろう。
先輩にすれば煩わしいに違いないけれど、
私は先輩が嫌いな“群れ”を作らないから今のところ“咬み殺される”対象にはなっていない。
仕事はマジメにやっているし、優等生ぶっているから学校の校則は完璧に守っている。
ちなみに、雲雀先輩は基本的に怖い先輩らしく、先輩の前で群れを作ると“咬み殺される”らしい。
近づいても未だ怪我をしていないのは奇跡だという。
少し観察してみると委員会どころか学校中の生徒、先生までもが雲雀先輩に怯えていることに気付いた。
そんなことは私に関係ないのだけれど。
雲雀先輩の言葉を聞いて、外にいるクラスメイトたちを思い出した。
怖いらしい先輩に目を付けられるのはさすがに可哀想かもしれない。
クラスメイトと隣の席のよしみがあるし、うん。庇ってあげることにしよう。
「それなら私が行きますよ」
「君が?」
「委員長が仕事をするのに、後輩がしないわけには行きませんから。
多分騒いでいるのは同学年の男子だと思うので、注意してきます」
「……そう」
少し考えたあと、雲雀先輩は了承してくれて、黒い学ランを翻して去っていった。
私は有言実行すべく中庭へ向かう。
するとどうやらすでに事件は終結し、山本君が部活に行ってしまった後らしかった。
残された、あの赤ん坊と沢田君、幼児と獄寺君が、それぞれ何か言い争いをしていた。
「あれっ、内藤さん!?」
私に気付いた沢田君が声を上げ、それを聞いた三人も私を見た。
睨む一人、見定める一人、首を傾げる一人。
なんとなく近寄るのが嫌になりながらも、先輩との約束を守りたかった。
「ど、どうしたの?」
「……余計なお世話だってわかってるけど、此処は学校だから。
爆発物とか、やめた方がいいと思うよ」
呆れ気味に言うと、沢田君はハッとしたようだった。
「んだとこの女……!」と絡んでくる獄寺君を鎮め、「ご、ごめん」と謝った。
どもりすぎだけど、同級生相手にこんなにあっさり頭を下げたことに少し驚いた。
どちらかというと沢田君は巻き込まれた側だと想像できた。
「謝ってくれなくていいの。忠告したかっただけだから。
でも、下手に目立つと、先生とか先輩とかに目を付けられるよ」
「……!」
沢田君の顔が見る見るうちに青くなる。
そういえば、沢田君は前科ありだった。
別に、私が思い浮かべたのは剣道部のウザイ先輩とか経歴詐欺教師とかではなかったのだけれど。
だって雲雀先輩は風紀を乱す人間に厳しいって聞くし。
調子に乗って、赤ん坊と、幼児を見て言った。
「それに、あの子達、勝手に入って大丈夫? 親はどうしたの?」
「オレはリボーン、ツナの家庭教師だぞ」
「家庭教師?」
目の前の赤ん坊は小さいわりにかなり口が達者で、神童と呼ばれるような子なのかも知れない。
けれど、だからって中学生の家庭教師が出来るんだろうか?
それとも沢田君はそんなに成績が悪いのか。
「そうだ。ツナはマフィアのボスになるんだぞ」
「マフィア……」
非常識な言葉が出てきて、一方で『勉強は関係ないのかな』と少し納得した。
両方とも本当かもしれないし、冗談なのかもしれないと思った。
私はマフィアという言葉を想像でしか捉えられない。
「ああもう!リボーン、何言ってるんだよ!!」
「本当のことだぞ」
「そういうことじゃなくて、内藤さん引いてるだろ!? あのっ信じなくていいから!」
爆発物の応酬を見たあとだから説得力がないことはないけれど、
それにしても沢田君がマフィアのボスって、似合わないなあ。
「お前も名乗れ」
そういってオモチャの銃口を向けるリボーンは、本当に口が達者な赤ん坊だ。
私は両親や並木さんに甘やかされて育った一人っ子だから、生意気な子供は嫌いだった。
同属嫌悪と思ってくれて結構。
けれど彼は単なる『生意気な子供』とは雰囲気が全く違うから、『嫌い』とは少し違った。『苦手』。
沢田君も呼び捨てにしているし、年下といえど、「君」をつける必要はないだろう。
「私は内藤かえで。沢田君と獄寺君と山本君のクラスメイトだよ」
「お前マフィアにならないか?」
「……やめとく」
見ていた限り、子供の遊びにしては物騒だった。
それに本物のマフィアだったとしたら、私の能力は利用価値がありすぎる。
並木さんみたいに自分の好きなように使うならいいけど、組織のためにと強要されるなんて最悪だ。
手当たり次第に誘うなよ!と沢田君が怒鳴り、リボーンは涼しい顔でだったらお前が見つけてこい、といって今度は沢田君に銃を向け、獄寺君は私が早く立ち去るのを待っているようだった。
「煙草は身体に良くないよ」
思いつきで言うと案の定睨まれたので、肩をすくめて逃げるようにその場を去った。言い逃げだ。
背中から獄寺君の怒鳴り声が聞こえる。私は耳を貸さず、振り向かなかった。
煙草の臭いと煙は嫌いだけど、それとは関係なく、私が言うことはいつも偽善っぽい。
理屈っぽく、大義名分ばかり振りかざそうとする自分があまり好きじゃない。
私が人とかかわろうとしないのは過去や未来が見えるせいだけじゃなく、自分の性格に失望しているから、初めから誰かに好かれようと努力できないのだ。
他人と境界線を引いて、諦めることで自分を守りたがる。
生まれたときから傍にいてくれるパパとかママとか並木さんなら、安心できるのだけど。
ちょっと暗い思考が巡り始めて、私は息を吸いなおした。
帰ろう、と思って自転車の駐輪場の方向に足を向ける。
けれどすぐに止まって、雲雀先輩のところに行ったほうがいいのかな?と思った。
見回りの代理を申し出たのだから、報告をするのが筋なのかもしれない。
私は結局校舎に戻った。多分先輩は応接室にいるはずだ。
委員会のときはそこに集められるから。
ちなみにその第一回風紀委員会というのは黒いソファに腰掛けた雲雀先輩が、
「委員長は僕がやるから。副委員長は草壁ね。君たちもう帰っていいよ。仕事が出来たら呼び出すから」
と一方的に用件を手短に話してすぐに解散になった。その後は指令を渡されて個別に仕事をすることが多かった。
応接室のドアをノックすると「入っていいよ」という声が聞こえたので、私は「失礼します」と断って中に入った。
雲雀先輩は私の顔を見ると、「ああ 君か」と、なんの感動もなく言った。
「見回りの報告をしにきました。既に騒ぎは収まり、(かろうじてだけど)破損物もないようでした」
「そう」
淡々とした声さえも音楽のように心地よく胸に響く。
この人の存在は私にとって荒野に咲いた花のようだと思った。
男の人に花という表現は失礼かもしれないけど、彼は麗しい容姿をしているのだから仕方ない。
だから、柄じゃなくても、ウザがられても、煩わしがられても、嫌われたって、
少しでも姿を見たい、会話したいという欲望に駆られるのだ。
ただし、好かれたいとか彼女になりたいとかそういう恋愛感情ではない。
あくまで『憧れの先輩』だ。年上好みなのは、否定しないけれど。
「忙しそうですね」
私は机の上に山積みにされた書類を見て、言った。
「何か手伝うことはありますか?」
「……これ」
雲雀先輩は少し考えたあとに一枚書類を渡してくれた。よっぽど忙しいらしい。
書類は『二学期風紀委員会予算案』と書かれた白紙の表だった。
「どうすればいいんですか?」
「合計が200万くらいになるように作って」
そんなアバウトな、とか、委員会の予算で数百万?とか思うところはあったけど、
先輩の顔を数秒見たら吹き飛んだ。
「資料はどこですか?」
「そこの棚」
まあいいか、私のお金じゃないし。
もしかしたらそれが普通なのかもしれないし……。
と思ったら、去年は半分以下、その前は比べものにならないほど少なかった。
じゃあこんな桁外れの予算案が本当に通るのだろうか? それとも多めに出しておいてあとで削る作戦だろうか。
いろいろ考えながらも、私は机の隅で作業を始めた。
項目の捏造は、始めてしまえば中々楽しめた。
学校では良い子ぶっているだけで、私は悪いことにスリルを感じる人間なのだ。
ただし自分に被害が及ばないという大前提の下で、だが。
雲雀先輩も無言で仕事を続けているから、静寂が響いていた。
私はときどき先輩の顔を盗み見ては、相変わらず綺麗だな、と口元を緩める。
そんな感じで2,3時間が経過した。
「出来ました」
「見せて」
書類を渡すと、先輩はそれをしばらく眺めてから、「君は有能だね」と言った。
一瞬遅れて褒められたことを理解した私は思わず震えてしまった。
「ありがとうございます。他に何かありますか?」
「今日はもう下校時間が近いからもう帰りなよ」
「……わかりました。失礼します」
私は深く頭を下げてから応接室を出た。
顔が綻んで仕方なかった。
帰り道自転車で風を切ることが、いつもより爽快に感じた。