3.

あのときもっと必死で止めていれば、未来を変えられたかもしれないのに。

どうして簡単に諦めてしまった?
この力は何のためにある?

(でも、自殺しようとするなんて思わなかった)

そう言い訳を浮かべる自分に吐き気がする。
意外なほど追い詰められたってことじゃないのか。あの山本君が。
怪我をする未来を知っていて見捨てた、私はまるで悪魔だ。


「野球の神さんに見捨てられたらオレにはなーんにも残ってないんでね」


誰の言葉にも耳を貸さず、山本君はその似合わない暗い表情を変えない。
屋上に悲鳴が飛び交う。

こういうとき、私は何ができるんだろう?
私が自由に見えるのは過去だけで、通り過ぎた過去にも、訪れてしまった未来にも成す術はない。
自分を責めるたびにこの場から逃げ出したくなる。
それなのに、足が竦んで動けない。目を逸らせなかった。

そのとき、沢田君が群集から飛び出した。
……というか、山本君の手前で思いっきり転んだ。
何をやってるんだろう。こんなときに。
本人も慌てているから、誰かに押されてしまったのかもしれない。それにしても。

「止めにきたならムダだぜ」

山本君が言い放つ。
二人は色々言い合うけど、私はその内容よりも壊れかけてクラグラの屋上のフェンスが気にかかった。
もしもあれが倒れたら二人は。
そう考えると、見てるこっちの心臓が持たないほど危なっかしい。

言うだけ言って沢田君は山本君に背を向け、山本君がその制服を掴む。
足を滑らせた沢田君が後ろに倒れ込み、
頼りなかったフェンスと山本君と一緒に、屋上から落下した。

衝撃と共に悲鳴が木霊した。
私は声も出なかった。
耳を塞ぐことも、目を閉じることも出来ずに呆然と立ちつくしていた。
そのとき、


「おい、あいつら無事だぞ!?」


下を覗き込んだ誰かが叫んだ。
そんな馬鹿な。校舎は三階建てだ。
それなのに続々と下を覗き込む生徒たちは次々と「なーんだ」と安堵の声を上げる。
ついに私も、恐る恐るフェンスに近寄り、下を見下ろした。
するとそこでは、暢気に二人が笑っていた。


「嘘……っ」


私は自分の目が信じられなくて、屋上を立ち去り、急いで階段を駆け下りた。
二人のいる校庭まで行くつもりだったけど、途中で階段を上がってきた山本君と鉢合わせする。
「内藤」と呟いて山本君は気まずそうに目を逸らした。
私は不躾にも、問答無用でその手を掴んだ。


目の前につい先ほどの、山本君過去が現れ、浮遊感に襲われる。
それはまさに落ちている最中だった。
すべてを見逃さないように瞬きもせず目を見張った。
落下する二人。大きな悲鳴。

そこで、私の常識ではありえない出来事が起こった。


 3階の廊下から一人の赤ん坊が銃を放つ。
 「今こそ死ぬ気になる時だぞ」と言葉を添えて。
 それが命中した沢田君は衣服をすり抜け、まるで別人になったかのような動きをする。
 「死ぬ気で山本を助ける!!」と叫び、先を落ちていた山本君を抱え上げた。
 地面に墜落する瞬間、鈍い音はせず、二人は何故かボールのようにバウンドした。


私が地面に着地すると同時に映像も途切れる。

「信じられない……」

呆然とする意識の中で呟いた。
まだ腕を掴んだままの私を山本君は目の前でもう一方の手を振って「大丈夫か?」と呼びかける。
そこでやっと私は我に返り、視界に現在の山本君が映った。
じっと顔を見ると、やっぱり気まずそうに逸らされる。
視線を泳がせたまま、彼は言った。

「その……、悪かったな」
「え?」

意図が理解できず首を傾げる。

「内藤の言う事ちゃんと聞いてればよかったな。怪我は自業自得だ」
「ああ、そのことか」
「? 怒ってるんだろ?」
「どうして?」
「どうして、って……」

ああ、“腕を掴んだ”のが“掴みかかった”ように見えたのか。
正直言ってその行動には[好奇心を満たす]という意義しかないんだけれども。
未だ掴み続けてる、っていうのがさらに感じが悪いのだろう。
普段じゃありえないほど距離も近い。

「ごめん」と断って腕を放した。
どんな場合だったとしても、過去を見てしまったことへの謝罪でもある。

「私は勝手に口を出しただけだから、怒る理由がないよ」
「や、でも」
「生きててよかったね」

私は今まで、道行く人の様々な暗い過去を見てきた。
犯罪現場、狂ってしまった人、奪われた人、傷つけた人、傷つけられた人……。
犯してしまった罪、後悔、必死で隠すこと、忘れたいと願うこと。
誰にでも嫌な過去ってあるものだ。

沢山ある人生の中で、山本君はとってもマシな部類に入ると思う。
正直、山本君が自殺するなら世界中の何割の人が死ななきゃいけないかわからない。
勿論その中に私も含まれる。でも一度も死なず、私は生きているんだよ。
まあ“死にたくなるほど人生を賭けるものがない”っていう沢田君の言葉に私も当てはまるだけかもしれないけど。

「挫折したことがない偉人って、いないと思うよ」

私は言い逃げるようにその場を後にした。
敢えて偉人という単語を使ったのは、将来彼はきっと大物になるだろうと思ったから。
残された山本君が呆気に取られて、小さくなる私の姿をいつまでも眺めていたことや、
少しずつ運命に絡め取られていくことなど、知る由も無く。


それから、沢田君と山本君は友達になったみたいだった。
それだけなら構わない。構わないのに……、

「――そうなんだよ、内藤もそう思うだろ?」
「うん、まあ」
「だよなぁ、それでさ――」

山本君は、沢田君のついでに隣の席の私にまで話を振ってくるのだ。しかも頻繁に。
無視するわけにもいかないのでテキトーに返事をすると、更に話題を膨らまされる。
「山本と内藤って仲良かったのか!?」という沢田君の視線をビシビシ感じた。
しばらくすると私からは話しかけないことに気付いて、
「もしかして山本は内藤のことが……」みたいな勘繰りに変わった。
下手に繋がりが出来てしまったせいで獄寺君の睨みも強くなる。

ちょっと、誤解されてるよ、いいの?と声を大にして言いたい。
“予言”したことで興味を持たれたようだった。
私の正体を暴こうとしているのかもしれない。
私は、ただの私なんだけどね。


ふと、沢田君と、あの赤ん坊のことが気になった。
彼らは一体何者なんだろう?
パンツ姿で京子ちゃんに告白したことにも関係あるのかな?


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