まるで愛していると言われたような

 十年と九ヶ月の未来から帰ってきて数日。
 応接室で資料の整理をしながら、恭弥が問うた。

「君は高校もこっちにいるの」
「こっちって?」
「引っ越してきたんでしょ」
「ああ、うん。安住してるし、そのつもり。恭弥は?」

 たしかに出身小学校は少し遠いけど、転勤族ってわけじゃない。
 恭弥には受験生という響きが似合わないけれど、進路を決める時期だ。あんまり考えたくなくて、聞いたことはなかった。もう決まってるのかな。

「並盛高校に進むよ」

 公立では都内有数の進学校だ。
 具体的な答えを突きつけられて、予想以上に動揺した。今と同じはいつまでも続くわけじゃないんだって実感する。徐々に引継ぎも行われるだろう。

「そっか……。恭弥ならきっと余裕だね」

  来年はこの応接室に、彼がいなくなるのか。
 今までみたいに、待っていれば現れてくれるわけでもない。
 外でどれくらい会えるだろう?
 恭弥と出会って二年。長く愛しかった時間。環境が変われば、人は変わってしまう。きっと恭弥はまた自分の学校を統治するのに忙しくなる。
 学区としては近いけど、今より遠い。今までが会いすぎだったのかもしれないけど。

「君もでしょ」

 淡々と答えを返される。たしかにこのままに順調いけば、私の成績でも並盛高校を目指すことができる。
 近くて公立の進学校だから条件もいい。
 両親も反対しないだろう。

「一緒に来なよ」

 うん、とほとんど反射で頷いていた。
 望まれたことが、こんなにも嬉しい。
 それは恭弥よりも一年も後になってしまうけれど。
 その一年を諸共しないくらい、ずっと先まで、傍にいられるだろうか。

「じゃあ、責任取ってね?」
「いいよ」冗談めかして言ったのに、さらっと受け流されてくやしい。

「わかってるの?」

 志望校の選択間違いなんて責めたりしない。
 それよりも、もしも二年後に同じ学校に通えたら、この関係が続くって、期待してしまっていいの?

「わかってるよ。君を不幸にはしないから」

 資料から顔を上げないまま、なんでもないことのように、恭弥は言った。
 果てしない未来も一緒に、隣にいる光景が、恭弥には見えている?

「……それってプロポーズみたい」
「だからなんなの」

 顔が綻ぶのを止められなくて、書類に隠れる。 
こんなに幸せでいいのかって、こわいくらいだ。

「嬉しい。……本当に、嬉しい」

 覗き見た未来は、変わった。変える。変えていく。
 新たな白紙がこの掌の中にある。
 病めるときも健やかなるときも、きっとあなたのそばで、あなたと共に、歩んでいける。



【終】


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