67.

「このへんのはず……」

校庭の隅っこでゴム手袋を嵌めて、草根を掻き分ける。
応接室の窓から投げる映像を見てきたから、落下地点の目星はついている。
あまりにも見つからないようならこの周辺の過去も調べなきゃいけないけど……。

「あった!」

雲の刻印のついた指輪が見つかった。
正式にはハーフボンゴレリングというらしいソレ。
私には酷くおぞましい物に見えた。

トラウマに触れて、冷や汗が吹き出る。
絶対に触りたくないし、虫酸が走る。
それでもなんとかゴム手袋ごしに拾い上げて、震える手で持ってきていた木箱にしまう。

――恭弥はこの指輪がいらないと思っている。
でも捨てる行為に至ったのは私のためだった。
戦いに参加するのなら、いつか必要だと感じるかもしれない。
少なくとも沢田君たちにとっては大きな意味を持つ指輪だ。
私のことによって彼らに損害を与えたくない。
だからそれまで預かっておこうと決めた。

きっとそれが、今私にできることだ。
自分を納得させるのにこの行動を選んだ。


それから一週間。
私は穏やかな日常を過ごしていたが、ある朝。
登校すると学ランの生徒たちと黒いスーツの人たちが校庭で探し物をしているようだった。
風紀委員と、ディーノさんの部下かな。
それがどの方向に集中しているかわかれば、何をしているかもわかった。

急いで応接室へ駆けた。
ドアを開けると、久しぶりのいとしい人。
黒いソファには恭弥が座っていた。ようやく訓練から戻ってきたらしい。
私を見て少し不機嫌そうに……違う。気まずそうに、口を結んでいた。

「あの指輪、探させてるの?」
「勝手に探してるんだよ」

ほら やっぱりこのときが来た。
ディーノさんに指輪捨てたってバレたのかな。
予想が当たったのをはしゃぐように聞いた。
進んでっていうわけじゃなくても、やめさせないことから邪推したい。

「……君には近づけないから」

そう言ってくれるということは少しは気にしてくれているらしい。
自由で在ってほしいと願った。傍に在りたいとも願った。欲しい物をあげたいと思う。
私は うん と 頷いて、棚に隠してあった木箱を取り、鍵と一緒に恭弥に渡した。

「はい」

恭弥は何気なく受け取り、鍵を開けて驚いていた。
なかなか健気なプレゼントでしょう?
指輪を首から下げるためのチェーンも買ってあるの。

「探し物は得意だから」
「……そう」

委員長殿はケータイを取り出して、探し物が見つかったと連絡していた。
それが終わると恭弥は心情を推察しようとしているかのように私を見つめた。

「ねえ、それ置いて」

ねだると、恭弥は雲の刻印の指輪の入った木箱を机の上に置いた。
私だってもう絶対に近づきたくない、触らないようにするよ。

危険物が取り除けたから思いきって飛び込んで、ぎゅっと抱きつく。
寂しかったのは本当だし、ちょっと甘えすぎなくらいでもいいよね?
そっと頭を撫でられるように手が添えられた。そのあたたかさに涙が滲んだ。


  夜の校舎。窓ガラスが割れて、壁もヒビが入ってる。
  恭弥、沢田君、山本君、獄寺君、リボーン、銀髪の剣士とその他知らない人たち。
 「今すぐってわけじゃねーが、ここで我慢して争奪戦で戦えば、
  遠くない未来 六道骸とまた戦えるかもしんねーぞ」リボーンが恭弥に言う。

  
それだけ見えればもう十分だった。事情が変わったんだ。
六道骸が絡んでいるなら、恭弥にとって重大な事情だからしかたない。
私はただ指輪に触らなければいいだけ というのはたしかなことだ。

自惚れじゃない、あのとき迷わず指輪を捨ててくれた恭弥の気持ちを疑っちゃいけない。
「ありがとう」と言って離れて、胸の中でささやかな我が儘を押し殺した。
恭弥は戦いを選んだ。私は彼の一番ではないの、ちゃんと知ってるよ。





痛みを堪えた表情で、かえでは離れていく。
かける言葉さえ見つからない。
なぜ彼女がこれを持っているのか、探そうとしたのかわからない。
触れるだけで尋常でない苦痛を伴っていたはずだ。

考えてもわからない。
他人の気持ちを憶測することが煩わしい。

かつて雲雀恭弥の中には自分しかいなかった。
他はただ煩わしいものだと切り捨てて、咬み殺した。
自分がやりたいことをやりたいようにすればよかった。
誰かを好んで、思いやりたいと感じたときに、どうすればいいかわからない。
変われないし、変わるつもりもない。

その上で選べるなら、かえでが傷つかないほうがいいのに とは思う。





それにしても。
あの過去の映像がいつだったのか正確にはわからないんだけど、この一週間の話だ。
窓ガラスが割れたり校舎にヒビ入ったり、ボロボロだったように見えたんだけど、今はなんともない。
どういうことなのかな と 何気なく手をついた放課後の廊下。
過去は――見えなかった。

「え?」

"他人や物に触れると過去が見える"。
それは私に取って息をするのと同じくらい自然なことで、
それに対して目を塞ぐのはとても疲れる。塞ぐというか、見えるものから気を逸らして視界を今に繋ぎとめるのだ。
見ようとしても見えないのは、"自分の過去"と"自分と一緒にいる人や物が一緒にいる間の過去"。
あとは大気とか……見ようとすれば見えるかもしれないけど、って考えると怖いから考えないようにする。

見えないはずのものが見えるのも良くないけど、
見えるはずのものが見えないのも不安になる。

たしかめるために触れながら目を凝らすと、"見えない"が割れた。

「きゃあああっ!」

校舎の床が抜けた。そんな馬鹿な。でも抜けた。
夢じゃないのは捻って打ちつけた足が痛いからよくわかる。
さっきとは違う光景が広がっていた。
割れた窓ガラス、ひび割れた壁、床の抜けた校舎。

「なんなの……」

放課後だからか、周囲に人はいなかった。
理不尽な痛みと奇天烈でホラーちっくな事態に泣きそうになる。踏んだり蹴ったりだ。
半泣きで携帯を握り、恭弥に電話をかける。
取ってもらえないかもしれないと思ったけど、5コール目で通じた。

「もしもし、恭弥、助けて。足を打って動けないの。
廊下の床が抜けて……校舎がぼろぼろだよ」

またディーノさんと屋上で戦っているさなかだったんだろう。
申し訳なさを感じるけどこれは緊急事態だと思う。
了解の返事が返ってきたので、場所を伝えてひとまず待機した。

「かえで! どうした?」

駆けつけたのは、ディーノさんとその部下の人も一緒だった。
恭弥は勝手についてきたと言わんばかりに鬱陶しそうだ。

「なにがあったの」
「"見"ようとしたら床が抜けて……さっきまでこの天井に穴が開いてるのが見えたんだけど、今は綺麗だね」

いつのまにか光景は正常に元に戻っていた。
天井を見上げても穴はなく、壁にヒビも入っていなければ窓ガラスも割れてない。
幻? どっちが幻?

「校舎の破損は直るんじゃなかったの」
「すまん! さすがに一日じゃ直せねーから、幻術で補ってるはずだ」

幻術……つまり幻か。
触って過去が見えるも何も、触る対象物が本当はなかったというわけだ。
学校中がそんなふうだとしたら、私にとって障害物だらけじゃないか。

「かえでは幻術を見破ったのか」

ディーノさんに言われて、はっと顔を上げる。
また私は特異性を表に出してしまった。
きっとこの幻は、普通の生徒が日常生活を送る分には何も支障がないのだろう。

「リボーンから少しは聞いてるが……」
「私はごく普通の一般生徒です」

もう明日から学校にいる間は手袋つけていようかな。
少し季節外れだけど日焼け対策の手袋ならそこまで不便ではない。
と、わりと真剣に検討したくなるところだ。

恭弥に負ぶされて保健室に行く道中、ディーノさんにリング争奪戦のルールを教えてもらった。

守護者がそれぞれ1対1で戦っていて、恭弥――雲のリングの守護者同士の戦いは明日の夜だそうだ。
あれから、やっぱり沢田君たちにとっていろんなことがあったんだなぁ。
怪我をしたりしているが三人とも今のところ無事だそうだ。

知っても知らなくても、見送るのは不安だ。
でも知った上で見送ろうと決めたのだった。

「恭弥、勝ってね」
「当たり前でしょ」
「うん」


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